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The Alan Smithy Band

The band is on a mission.

バードドラゴンティ、そして秋。

2012年10月20日 | ヒデ氏イラストブログ

ひで氏です。

たまに行くチャーハン専門店がある。
チャーハン専門店といっても、モールのフードコートにある店舗で、路上の店舗ではない。
ただ、チャーハンはうまい。

厨房まで丸見えのシースルー構造になっており、料理人が大きな中華鍋でチャーハンをパラッパラに炒めている様子もよく見える。
その時の人出にもよるが、この料理人でありなおかつ店長っぽい中国人男性がオーダーをとるときもあれば、バイトの若者が窓口になるケースもある。

すでに何度か利用した時のこと。
ここは単品で頼むと、同じ値段で量を大盛りにしてくれる。しかし私ひで氏は、あえて普通でいくのだ。
普通でもそれなりの満足できる量なのだ。あえて食べ過ぎることはない。

あるときいつもと同じようにオーダーをした。この時点では、毎回前述の中国人店長A氏(としよう)がオーダーを取ってくれていた。
すると、注文した直後にクーポンをくれた。「飲み物無料サービス」とあった。
クーポンの常識的に、次回から使うものだと思いただ単にもらうと、「今回からドウゾ」という。

あ、そうなのと思い、じゃあ、ともらったばかりのクーポンを返すようにして「じゃあ烏龍茶もらいます」と言った。

すると、差し出したクーポンを押し返すようにして店長A氏が言う。
「また次回オツカイクダサイ」。

そんなクーポン珍しいな。。。なんとも不思議な現象だった。

それからしばらくして、また利用した。オーダー窓口は店長A氏だった。
クーポンを半信半疑で差し出し、烏龍茶くださいと言った。すると店長A氏は真っ直ぐに私ひで氏の目を見つめて「また次回オツカイクダサイ」。と来た。
特筆すべきは、自分のあとオーダーしていた人もとても似た注文をしていたのに、クーポンの利用もなく、新たにクーポンを渡す様子も皆無だったことだ。

「特別扱い」

言葉が頭をよぎった。

どうも何かの永久会員にクオリファイされたのだろうか。。。
得しているのだがどうも腑に落ちない気持ちで、それでもありがたくクーポンを財布に入れなおした。

こうなってくると、このクーポンがいつまで有効なのかという好奇心もあり、このモールにくると迷わずこの店に直行するようになった。
この日、オーダー窓口は初めて、バイトの若い女性だった。彼女も中国人だった。同じように注文し、クーポンを出してみた。

烏龍茶は無料になったが、クーポンは回収された。
厨房の奥の店長A氏を盗み見た。店長はチャーハンを炒めるのに集中して、全く目が合わなかった。

失恋したような不思議な感覚だった。

数週間後、一時的に味わったVIP待遇のことも忘れたある時、このモールを訪れた。
やはり、数あるお店の中からこのチャーハン店を選び、並んだ。オーダーは前回と同じく、中国人女性のアルバイト店員がとっている。

手持ちのクーポンは前回回収されたため、ない。別に損したという気もなかった。
そして女性に告げた。「○○チャーハン、普通で」。

「ハイー」 

何もかも普通だった。当たり前なのだ。むしろ何もなかったことに少しがっくりした自分を恥じ、お金を払おうとすると、

「请给一个免费的饮料该人」

鋭く低い声で中国語で何かを言われた。
が、すぐ気づいた。言われたのは私ではない。バイトの女性だ。
言ったのは奥の厨房にいた店長A氏。顔も目も向けず、中華鍋のチャーハンを見つめたまま言った。

女性は「え?そうなんですか?」という感じの中国語で何かを言ったが、店長A氏は無言だ。
そして女性は私の方に向き直り、「飲み物無料でオツケシマス」と言った。

様々な飲食店が軒を連ねるフードコートで一切浮気をせずに通ったからか。
同額で大盛りにできるところを敢えて普通で行くことを潔しと評価されたからなのか。
最初のサービスでコーラでもなくオレンジでもなく烏龍茶を選んだことが何か重大なことだったのか。

原因はわからない。

店長A氏が作ったチャーハンを改めて取りにカウンターに行ったとき、店長を見た。
しかし直視できず、一瞬しか見ることができなかった。
自分の耳が少し赤くなっているのに気付いた。
わずかに見えた店長A氏の目は、相変わらずチャーハンに向けられていた。


動揺した私ひで氏の心の動きを表すかのように、烏龍茶の中の氷がひとつ、コロンと動いた。





I will keep going forward

2012年09月08日 | ヒデ氏イラストブログ
長年乗ってきた愛車がついに限界まで来た。
ある日突然エンジンがかからなくなり、ウンともスンとも言わなくなったのである。
別の車を使ってブーストしても、一旦はエンジンはかかるものの、しばらくチャージしてもエンジンを切るともう動かない。

ひで氏です。

もう10年近く乗っているのでいつでもリスクはあったが、ついに今回車を変えることにした矢先だった。
こういう時、車にせよ電化製品にせよ、驚くべきタイミングでその寿命を運命的に全うしたりするときがある。
実は大げさでもなんでもなく、私ひで氏は次の車が届くまで今の車は持たない、というかなり確信めいた予感があった。実際そうなった格好である。

車のトラブルにはアメリカに住んでいたころ、すさまじい頻度で経験した。
乗っていたのは、アメリカから本国に帰るという正体不明のブラジル人から買った91年製のジェッタだった。
ちなみにこの車はアランスミシーの「Going up to Ohio」という曲に登場する。

アメリカの車検というのは、住んでいた州でのことしかわからないが基本的にはInspectionと呼ぶ証明をとっておけば問題はなく、
そのInspectionもその辺の車のリペアショップみたいなところに行けば数十ドルであっという間にやってくれる。
だから中古を買うときはとりあえずInspectionをしてみて、大きな問題はないか見ておくべきなのである。
しかしそんな安く早くできるということも知らなかった私ひで氏はその車を購入。今思えばそういう交渉の立ち回りもヘタだったなあと思う。
その後アメリカで言うところのJAFであるAAA(トリプルA)という会社の窓口のおばちゃんに名前を覚えられるほどに電話を頻繁にかけることになる。

まあ、またあんたか。。。かわいそうに。

と。
しかし語尾には笑いをこらえている様子が伝わる。

そんなことで、この車を持っていた時はバッテリーをブーストしたり、押しがけしたりすることは日常茶飯事であった。

ありとあらゆる故障を体験させてくれたある意味貴重な車だったが、
そんな私も車社会アメリカにおいて経験した、いまでも信じがたいエピソードがある。

それはある時、いつものように?車が動かなくなった時だ。
住んでいた家の駐車場から車を出そうとしたがエンジンがかからない。
ファーストチョイスであるブースターケーブルを使った刺激療法をしようにも、車がもう一台いる。
運悪くいつもいるはずの大家も、ルームメイトもいない。

これまで何度ついたかわからない深く長い溜息を掃出し、さあどうしようかと途方にくれていた。

するとあまり車の通らない住宅地なのに、たまたまウチの前の道に一台の車が入ってきた。
今日はツイてるな、と思い手を挙げて呼び止めてみる。
瞬間、あ、大丈夫かなこれ、と思うぐらいその車がボロボロであることに気づく。

車は少し行き過ぎたところで止まり、中からおじさんが出てきた。

どうした、と聞いてくれたので事情を説明した。
ブースターケーブルもあるし、ちょっと車を貸してくれないか、と。

おじさんは快諾してくれた。
私はそれなら、申し訳ないが車の顔と顔を向い合せてくれないか、と頼んだ。
少し行き過ぎた車を、ちょっと下げて、うちのパーキングの方に頭を突っ込んでほしい、とリクエストしたのだ。


おじさんは右手親指を高々と突出しノープロブレムと言って、
車に乗り込み、

そのまま進行方向へ進んで、すぐ次の角を曲がりどこかへ去っていった。


「。。。」置き去りにされた私ひで氏は「これは新手の嫌がらせか。。。?」
などと思い、事態が理解できず立ち尽くした。今、OKっていったよね。。。と。


次の瞬間、遥か遠く、先ほど最初に入ってきた奥のコーナーにおじさんの車が現れた。
そしてまたこちらに向かってきた。

車は家の前で減速し、今度は行き過ぎることなくパーキングに入ってきて私の車に鼻をつけるように止まった。


中から出てきたおじさんが言った言葉は、私がこんにち「たいがいの車のトラブルには動じない」感覚を持つに至った基礎を作ったとも言える。

彼はこう言ったのだ。


「ごめん、俺の車、バックできへんねん。」













The End of the Stretch

2012年07月28日 | ヒデ氏イラストブログ
さて無事微笑みの国、タイに到着した私ひで氏。

タイと言えば皆、何を連想するだろうか。
あのワイと呼ばれる合掌のポーズで挨拶されるととても「ああ、タイだ。。。」という気持ちになる。
独特のタイ文字もすごい存在感。あれがオフィシャルな文字で、いろんなフォントがあるというのに圧倒される。

またなんと言ってもタイフードは相当な美味だ。道端で売っている果物なども異常にフレッシュ。
滞在中のタイフードは今回とても楽しみにしているもののひとつである。
そうかと思えば、ムエタイのような洗練された格闘技もある。
と、同時に性転換になどにも世界随一の寛容性を持つ国。

とにかくこうやって少し考えただけでもありとあらゆる表情があるということがわかる。
実に多様な国だ。

さて、さしたる混乱もなく無事入国。

到着して翌日の食事の席で今回のアレンジをしてくれたシンガポールからのY氏から偶然にもこんな提案が起きた。
「タイ古式マッサージを体験してみるか」、と。

いかがわしいバージョンではなく、本気の伝統古式マッサージとのこと。
しかも1時間はじっくりやってくれるというので、ぜひ、とお願いした。
食事に同席した数人と一緒にY氏の知るマッサージ店に行く。

リゾート感たっぷりというわけではなく、見た目はレストランのような普通の建物だ。
となりにムエタイのジムがあった。タイ語のかけ声としなる足技がサンドバッグを蹴る、乾いた音が響いている。

中に通されると50~60代くらいのおばちゃんたちがぞろぞろと出迎えてくれた。
まずは横一列に全員座らされ、足を洗われる。お湯の入った桶で、サッサッと手際よく洗われ、お茶も出された。
なんとなく直感的にとうもろこし茶ではないかと思ったが、果たして飲んでみるとウーロン茶であった。安心した。

そして足を洗い終わると二階に通された。
二階は大きな座敷になっており、マットレスが人数分ひいてあるオープンスペースだ。
薄暗くなっており、出迎えからこの時点まで終始無言。

担任制のようになっており、自分の足を洗ってくれたおばちゃんがやってくれる。
ここで初めて「これに きがえて」と日本語で言葉をかけられ、薄い浴衣のようなものが置いてあったので「あ、はい」と自分で着替える。

そしてマッサージが始まる。
タイ古式というと通常のマッサージではなく全身の間接をうまく利用した整体のようなマッサージという認識だ。
ゆっくりと、黙々と、しかし確実に始まった。

こ、これは。。。。

肘や膝、拳を巧みに使ってマッサージをしてくれる。
開始早々「え、これ1時間してくれんの?」と思った。自分はいいがおばちゃんは大変だな、やはりそう思ってみるとしっかりした腕をしている、
おそらくマッサージで鍛えられたのだろう。。。などとマットに横たわりながら全身を虚脱する。

驚いたのは左右不対称の動きであることだ。例えば左足をなんだかよくわからないけど凄い技でマッサージされ、「次は右か。。。」とうっすら思っていると、確かに右にはいくのだが左の時とやや違うやり方だったりする。でも効いている部分は同じのように感じる。

全員同じ場所でやっているので、無言ながらも暗黙のペース調整があるようで、見ていないようでなんとなくペースを合わせながらやっているようだ。

しかしここで私の担当のおばちゃんが時折持ち場を離れて、エアコンを調整したりしている。
そんな放置が時折あったのだが、それでも私ひで氏はあまりの気持ちよさにウトウトとしてしまった。
するとうつぶせになった状態でトントンと手をタップされた。私の手を持て、という合図だ。

次の瞬間、ぐぐっとエビぞりに引っ張られた。
しかしこれまでのマッサージが準備体操のようになっていたのだろうか、不思議と痛くない。絶妙な加減が入っているようだ。
そのあまりの心地よさに私ひで氏は宇宙にただよっているかのような感覚に襲われた。



コスモゾーンに突入しそうになると、またふっとおばちゃんがいなくなりしばし放置。

そうか。。。。私ひで氏の担当のあのおばちゃんはこのメンバーの中でいわば一番下っ端で、温度調整やその他の世話係もやらされているのだ。。。
そういえば最初ののとき、全員分のお茶を持って来たのもあのおばちゃんだった。

するとやはりそのおばちゃんが、また全員のお茶をもって下から上がって来た。そしてそれを部屋の隅においた。
そうか、残りあと数分にさしかかり仕上げのお茶を用意していたのだな。。。。大変だな、おばちゃん。

その頃には周りのみんなは絵に描いたようなタイ古式マッサージの派手なヤツを受けていた。
あちこちから「うう。。。」「ぐッ」とかいう声が漏れる程、ときにはキツいものもあるようで、かなり引っ張ったりされている。完全に仕上げ段階だ。

うつぶせで待っていると、おばちゃんがようやく戻って来てくれた。
スッスッ背中の簡単なマッサージが再開された。

おぼろげな感覚の中で私も「ああ。。。いよいよ醍醐味。。。まだえびぞりしかやってないもんね。。。あのカナディアンバックブリーカーみたいなヤツとかやるんだ。。。」
おばちゃん、下働きもあったのにみんなとおんなじだけマッサージするなんて大変だよね。。。ありがとうよ。。。


次の瞬間、パタパタッと無機質な蛍光灯が点灯し、
ハイ オチュカレサマー という誰かの一声でみんなぞろぞろと起き上がった。

私もお尻とポンポンと叩かれ「オワリネ」とおばちゃん。



。。。は、はしょられたーーー!






Never lose your smile

2012年07月13日 | ヒデ氏イラストブログ

また伝書鳩が窓に激突した。

一言でも連絡があれば窓を開けて待っておくというのに、かつて一度も事前に連絡があった試しがない。アランスミシー氏からのミッションはいつも突然にやってくるのだ。

ひで氏です。

今回のミッションは前回のストックホルムに続きまたしても未経験の地。同じアジアの中でも異彩を放つ都市ーーー。

バンコク。タイ王国である。

何度ミッションをこなそうとも、必ず通らなければならない道は「空港へ行き、飛行機で現地に飛ぶ」という当たり前すぎる行為だ。どんなに物事が便利になってもこれは瞬間移動でも実現されない限りまだまだ当分先の未来まで続くであろう身体的経験であり、絶対にスキップする事はできない。

毎回あるという事はつまり全く同じ行程は無いということであり、航空会社も違えば搭乗している時間も違うので環境も変わる。おのずとこちらも学習を重ね、対応能力も変わるので決して「たかが移動」と言って無視できるものではない。

前回のヨーロッパ編では機内での枕を新調した事を書いたが、今回は、これまでずっと相当のフラストレーションが溜まっていたある小さな、しかし自分にとってはとても大きな変化をもたらす物を持ち込んだ。

今更触れる事もないが私ひで氏は大の映画好きである。長いフライトであれば4本くらいは何のためらいもなく鑑賞できる。問題は、その際のオーディオだ。

飛行機によく乗る人はわかるかと思うが、機内で配られるヘッドセットのプラグがこのようなのをご存知だろうか。


まず、見慣れたはずのフォンプラグが二本突き出ている、というのが単純に異形で不気味だ。持って帰られないようにとの対策かと思うが、耳の部分もスカスカで、どう当ててもフィットせず聞こえにくい。かといって音量を上げれば音漏れが気になるし、下げると聞こえないという、はっきりいって頼まれても持って帰りたくないような代物だ。
自分でもよく今までこのヘッドセットで我慢していたなと思うが、前回のヨーロッパミッションの時に、こんな素晴らしいものを見つけたのだ。


そう、変換プラグである。これさえあれば、自分のイヤホンを差して映画を楽しむ事ができる。たったこれだけのことだが、私ひで氏にとってはとても大事なことなのだ。思わずイヤホンまで新調してしまったほどだ。
この変換プラグ、飛行機外で絶対に使う事はないので、忘れっぽい私ひで氏は出発前夜、パッキングのかなり早い段階でこいつを機内持ち込み用の鞄に忍ばせていた。

さてその初使用感はというと。。。
か、完璧すぎる。イヤホンとして採用したのはドイツの老舗オーディオ機器メーカSennheiser。クリアで上質なサウンドが耳に心地良い。。。
そのあまりの自然なサラウンド環境のおかげですっかりしばらくの間映画に没頭してしまい、隣のタイ人らしき人にトントンと肩をつつかれて我に返った。

トイレに行きたいので。。。とのことだ。
私ひで氏はかならず通路側に座るので、このように頼まれるケースが多い。それ自体は全く問題ないのだが、事件はこのあと起こった。

立ち上がって一旦通路に出て、このタイ人男性に出てもらった。ここで普段なら落ち着いてゆっくり戻るところが、背後から別の男性が妙に早いスピードで向かってきた。ほぼ走っている。トイレに急いでいるのか、有無を言わさぬ雰囲気だったので、私も間髪いれず自分の席に飛び込むようにして戻らなければぶつかってくる、というような速さだったので、慌てて席のほうに入った。

その感覚の一瞬のずれがすべてだった。

身を任せるようにして尻をシートに落としたその瞬間、右尻(と言うのか?)の腰に近いところに何かが当たった。

どすんと座った私のももの上に転がった物を見て私は声を失った。
それは変わり果てた変換プラグの姿だったのである。

「あ。。。あああ~~! 」



二本のジャックは無残に折れ曲がり、イヤホンのジャックまでやや曲がり。慌てて穴に差そうとするが、もはや穴にフィットしない。異形に見えたあの二本の棒が今や愛おしい。ハイスピードで向かってきた見知らぬ乗客に、というよりは、こうなるまで圧をかけた自分のデブさ加減と重力というものに言いようのない怒りがこみ上げる。

ここからは蘇生に必死だったためあまり覚えてない。

限られた空間の中でテコの原理を多用し、力が加わった方向と真逆の方向に力を与え続けた。かろうじて覚えているのは金属疲労でポキンといったらどうしよう、と怯えながら涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていたことぐらいだ。

そして格闘すること10分弱。
プラグはなんと復活したのだ。
いびつながらも穴にはいるまでになった。ジャックは少し曲がったままだ。

いいのだ。助かっただけでも有難いと思うべきだ。
神は私を見捨ててはいなかった。後遺症がなんだ。
考えられないほど微妙なある特定の角度を再現した時「のみ」左右聞こえるようになったというだけじゃあないか。気をしっかり持って、笑顔を絶やさずに。


私は今から微笑みの国へ行くのだから。



次回、バンコク上陸編。




My First Balance Ball

2012年06月07日 | ヒデ氏イラストブログ
前回までのあらすじ: いよいよ一連のヨーロッパミッションを終えストックホルムを出る日の朝、まさかのシャワー冷水問題に遭遇したひで氏。温水を求めて上階のフィットネスジムに行くがなぜか無人。成り行きで見つけた個室の中のシャワーブースで全裸になり確かめるがやはりここでも冷水。失望したひで氏を間髪入れず予想外の来訪者が。ひで氏に与えられた時間は5秒、そしてついに来訪者がドアを開けた。。。!

目が合った瞬間、入ってきた人の表情が目に入ってきた。
その顔は明らかに引きつっていた。
人間のコミュニケーションというのは8割方が non-verbal (非言語的な)ものであるという。確かにこの時の表情は言語を超えたものがあった。理解の範囲を超えた何かを見たような表情だ。

ひで氏です。

考える時間もなく急激に追い込まれた人間というのは時に異常な行動に出る。

数秒間の間に何が起こったのか。

まず、どうしてもパンいちだけには持ち込まなければ。。。その強い思いは私ひで氏にかつてないほどのスピードでパンツを身につけさせることができた。ここでむしろ何もせず堂々としていればよかったものを、まさにこのあと余計なことをしたばかりに怪しさが数千倍に膨れ上がった格好だ。

とにかく運動をしにきたのだということをアピールしようとしたのか、飛びつくように手にとったのは鉄アレイ。それもなぜか、それ意味あんの、というぐらい軽いヤツだ。

植毛をする人が、毛が増えていくにつれて「もっともっと」と、どんどん髪の毛を増やした結果、一目見ただけでそれとわかるほどに不自然なことになってしまうというケースが多々あるという。

まさにそれと同様に、もう一押しという想いがあったのだろう、実際は考える余裕もなかったのでまさに無意識レベルでの行動ということになるが、とにかくパンいちで鉄アレイをつかんで、そのままそのスピードの慣性を利用して目の前にあったバランスボールに身を任せた瞬間にドアが開いたのである。

ちなみに入ってきたのはしっかりとエクササイズ用の着衣をした男性であった。つまりなおさら、すべての行動は無駄であったということになる。彼の目に飛び込んで来たのはおそらくこんな感じだったはずだ。


足元はずぶ濡れ、息はすっかり上がっている割に最も負荷の軽い鉄アレイ。
通常では考えにくい、鉄の塊を持ったままのバランスボール騎乗。
なんと言ってもなぜかほぼ全裸であり、いかにも今のいままで相当集中してたんですけどわかります?という笑み。

当然のごとく何も話しかけられなかったのだが、ここですぐやめては余計不自然と思い鉄アレイの持ち手をスイッチしながら居座った。ただバランスボールなど乗ったことがなかったのでその間なんどもずり落ちたり、時折飛ぶように跳ね落ちたりしながら充実のトレーニングを装いジムを後にしたのである。その頃には全身冷や汗と運動による本当の汗が混じった状態で相当不愉快であった。

こうして逃げるようにホテルを後にした私ひで氏、
帰りのフライトでは異常な動きを突然集中的に行ったせいか、痛めた左ふとももの裏側の違和感と闘いながらつぶやき続けたのである。


俺はただ、シャワーを浴びたかっただけなんだ。。。



Searching for Hot Water

2012年06月01日 | ヒデ氏イラストブログ
前回までのあらすじ:
タクシー運転手と料理本編集者の二つの顔を合わせ持つ男から日本語の語彙力を試される試練に遭遇したひで氏。中途半端な回答をしてあわや無理心中かと思われた状況からなんとか脱出、ようやくホテルについて変に余裕が出てきたのであった。。。

さて巨漢タクシー運転手から開放された私ひで氏がたどり着いたのはストックホルム市内の小さなホテル。ど派手な色使いなのに嫌味な感じがしない家具の配色がいかにも北欧らしく、このホテルで珍しく平穏な二晩を過ごせたのだ。

欧米のホテルや生活様式の中で未だに「なんで?」と思うことの一つ、それはシャワーヘッドだ。ほとんどの場合、それは壁に据え付けてあり、日本のように引っ掛けるタイプを見ることはあまりない。あのシャワーを中心に自分自身が尻尾を追い回す犬のようにぐるぐると回るのがどうにも屈辱的な感じがするし、やはり身体中隅々まで洗おうと思えばヘッドが外れるほうが絶対に使いやすい、と思う。

ただまあ普通に機能している場合はそこまでは気にならない。

問題は、そうでないときだ。

それは帰国日のまだ薄暗い朝だった。
帰りのフライトは昼前だが、セーフに逆算して朝6時前ぐらいには起きてぼちぼち準備をしはじめた。どうしてもシャワーを浴びてから出たかったので、ささっと服を脱いでシャワーの蛇口をひねる。例のヘッド据え付け構造だと、最初に出る真水を避ける必要がある。ジュパアッと出た水を避けてお湯になるまで待つ。

待てど暮らせどお湯にならない。。。

認めたくないのもあり即座には「壊れている」とは思わず、しばらく全裸のまま待つ。しかしお湯は出ない。
3分ぐらい待ってもお湯にならないので仕方なくシャワーを止めるが、この止める作業がまた情けない。


こうなると何がなんでも浴びたくなってしまうのが人というものだ。
一旦服を着て洗面所の水道も試して見たが、やはり水のままだ。これはこの部屋だけの話なのか。。。?

そういえば数階上にジムがある。そこには必ずシャワーブースがあるはずだ。お湯が出ないのが自分の部屋だけの問題であれば、ジムのシャワーを使えばいいのでは。。。考えるより先に部屋の外へ出た。


土曜の早朝だからなのか、ホテルの廊下からジムの入り口まで、スタッフはおろか利用者も人っ子一人見えない。
まあ逆に好都合かと思いながら思い入口のドアを開け奥へゆっくりと進む。

ドアが後ろで閉まる音に自分で若干ドキッとなるほどの静けさ。誰もいない。ただうっすらとBGMが流れているのが不気味で、なんだかホラー映画でよくみる一場面のような感じがした。まずジムのロビーで、そこから伸びている廊下に沿ってドアがいくつかあり、部屋が複数ある。とりあえず一番手前の部屋のドアを見た。何か書いた札がかかっているが、スウェーデン語のためさっぱりわからない。

ギーと音を立てて一番手前のドアを開けて覗くと、やはり誰もいない。部屋は思ったより広く、数台のランニングマシン、バランスボール、そして鉄アレイが並んだ棚が雑然とあった。そして隠れるようにくぼんでいた左奥にオープンなシャワースペースが2つあったのだ。

タオルも棚に用意されている。今思えばなぜこの時、まずはシンプルにお湯が出るかどうかだけを確かめなかったのだろうと思うが、この時私ひで氏はほとんど迷うこともなく全裸になり、いきなり入浴レベルまで試すことにした。

例のごとく取れないシャワーヘッドから身をよじるようにして蛇口をひねり、しばらく待ってから水流に手を当ててみる。。。水だ。
いっそこのまま水で浴びてしまうか、とまで思ったが、はッ、はッ!と震えながら冷水を浴びる自分を想像してやめた。

ホテル全体の問題なら残念だがどうしようもないな。。。と思ったその時、ガチャリと遠くで音がした。
音の距離からしてあれはジムの入口の扉の音だ。もし入ってきた人が私ひで氏と同じように最初の小部屋のドアを開けたら、鉢合わせとなるということだ。

ここではじめて、自分が置かれた状況が以前のアメリカ編におけるジャグジーの時と酷似していることに気づく。
そんな自らの学習能力のなさに驚愕する間もなく、音から連想して頭に入ってくるイメージはネガティブなことばかり。入って来たのが女性ならどうする。そもそもシャワーがあるということは部屋の入口は男女がはっきり分かれていると考えるべきだったのでは。。。スウェーデン語で「女性」とでも書いてあったのではないか。。。はたまた誰もいなかったのは札に「休み」と告知されていたからで、人が入ったことを遠隔で検知したスタッフが見に来たのではないか。。。

シャワーブースに全裸でいる事自体はおかしいことではない。

しかし性の問題に発展するのは何としてでも避けたい。下手をすると向こうも全裸同然の姿で入ってくる可能性だってあるのだ。

さっきのガチャリがジムの入口だとすれば、可能性としては私ひで氏と同じようにこの部屋の扉、つまり最初の小部屋のドアを開ける確率が高い。
自分がジムに入ってからこの部屋のドアを開けるまでにかかった時間は15秒ぐらいだ。
音を聞いてからすでに10秒以上経過している。もう数秒しかない。


そして二つ目のガチャリが鳴り響いた。


次回、EU編最終回。


Bad things happen at the right time

2012年05月04日 | ヒデ氏イラストブログ
前回までのあらすじ:
嵐のようなミッションによりドイツへと飛び立ったひで氏。
新調したエアーまくらを携え飛行機へと乗り込むも、映画に夢中になりあれよあれよという間に目的地のハンブルグに到着したのであった。

ハンブルグは二度目だが、初訪問時にそのあまりの美しさに感動した覚えがある。
今回もせっかくなのであの美しい街並みを拝みたかったが、着いたのが夜遅くであり、これから更に別のN市に移動しなければならないということと、寝れていない上に明日のミッションが早朝からということでやむなく諦めることにした。

問題はハンブルグからそのN市への移動だ。タクシーが明らかに一番楽だが、1時間はかかり、相当高いはずだ。
それ自体は別に問題はないのだが、何か他に安い移動手段があるはずだという確信があるため、それをわかっていてタクシーに乗るのがどうも性格的にできない。

そうだ、とりえあず人に聞こう、ということでウロウロする。
空港内というものは、あたかも空港職員のような格好をして非常にヘルプフルな感じを全面に押し出しながら、下手に声をかけると後にチップを要求されたりする手合いがいるので気をつけないといけない。しかしここハンブルグにはその類の人はいなかった。結局正規のインフォメーションブースに行ったが、その割には異様にドライな対応で、タクシー以外では電車かバス、乗り場はあっち、あっちにいけばわかる、と言うのみであった。

言われるままに行って見ると、確かにバス乗り場ではあるがすべてドイツ語の案内になっているのでほとんどわからない。
N市という文字を必死に探して、ドキドキしながら乗車。言葉も通じない知らない土地のバスは緊張するものだ。

しかし結果的にこのバスは相当快適で、わずか16ユーロで目的地N市に到着した。
ただバスを降りた時に待ち構えていたタクシーが当然のように私ひで氏のスーツケースをトランクに積み込み、ホテルはどこだと聞いてきた。

余談だが以前インドネシアに旅行に行った時、空港を出たところに○○という旅行会社のロゴが入ったバンが迎えに来ているからそれでホテルにいってください、という指示を受けていたことがあった。実際着いて出てみるとそのロゴではないバンが止まっていて、運転手曰く「本来来るはずのバンの運転手が急用で来れなくなったので、代わりに来た」と言われるままにバンに乗った。いやあの時ホテルに着くまでの不安といったら人生でもトップ3に入るぐらいのドキドキ感だった。

それでも人間というのは同じ行動を繰り返す。この時も言われるままにタクシーに乗りホテルの名前を告げ向かった。
乗ってから「ああ。。。これは白タクかもしれない。。。」と自分の無防備さを呪ったが、結局数ユーロできっちり送ってくれた。ドイツって素晴らしい。

こうして深夜近く、ホテルに到着してとりあえず一段落、まずはメールやネットをとりあえずチェックしようとするが、ネットにつながらない。このホテルでは宿泊者には無料のWi-Fiアクセスをオファーしているはずだ。何かセキュリティコードでもいるのかと思い、受付に降りて行く。
すると受付には困り顔の若い青年がそこにいた。私がネットがつながらない件を告げると、彼も、そうなんだというように首を横に振り、実は今朝メンテナンスがあって以来どうもネットの接続が不安定になっている、と問題を認識していた。

その場で彼も色々と手を尽くしてくれたがやはり接続できない。すると彼が「もし急ぎなら、このPCを使うかい?」と提案してくれた。聞けば目の前の受付のPCは有線で接続されているため、いま現在も普通にネットにつながっているらしい。

そう言われると別にどうしてもメールをチェックしなくてはいけないというわけではないのだが、まあそういってくれるなら、と思い「いいかな?」というと、じゃあこっちへ、と受付のカウンター内に誘い入れてくれた。そして私をPCの前に立たせ、自身はサーバーを見てくる、と言って奥へ消えて行った。

しんと静まり返った受付デスクでPCを借り、ここで人が来たらやだなあと思いながらメールをチェックいると、嫌なことというのは完璧すぎるタイミングでやってくる。目の前のエレベータが開いたかと思うと、アラブ系の男性が足早に入ってきた。

しかも完全に、明らかに怒っている。
外から入ってきたわけでもないのに、帽子を被りコートを着ているのが異様だ。
私の顔が彼の目にロックオンされているのが言われなくてもわかる。


ああ。。。なんか怒ってる。



つづく!

Perfect Pillow

2012年04月30日 | ヒデ氏イラストブログ
Taxiway Lightsの興奮冷めやらぬまま、翌日からそれぞれのミッションに容赦なく駆り出されたアランスミシーのメンバーたち。ヒゲ氏はヨウジ氏のリハビリを兼ねた外出に同行し、もとやん氏もまた北陸方面に向かった。私ひで氏も例外ではない。翌日月曜日の朝のフライトで一路アムステルダムに向かった。今回の最初の目的地はドイツ、そして後半はスウェーデンである。

旅好きな人には多いが私ひで氏も空港が好きだと言う人間の一人である。さすがに利用回数を重ねている関西国際空港ともなるといろいろと歩き回るようなことはないが、いつも覗く店というのはある。これから迎える旅をサポートするグッズをなんとなく見て回るのは楽しいものである。

その意味で関空の無印良品はかなり利用している。いつも何かを買うのだが、今回は約12時間のフライトでもあるのでちょっとした買い物をした。

それは空気を膨らませて使うあの枕である。どれでも一緒のような印象を与えるが実はこれが相当製品によって差がある。そういえばこの日飛行機に乗る前にパンパンに膨らましたソレを搭乗前からすでに首に挟んだまま並んでいる外人を見たけどあれはいくら好きと言ってもさすがに間違っていると思う。


私ひで氏はそこまでの愛好家ではないが、今までも幾度か買い替えるぐらいのこだわりはある。

無印に必ず何かはあるだろうと行って見るとやはり個性的なものがあった。膨らませるパーツとカバーが分離できる。つまりカバーは洗濯できるということだ。ただでさえむさ苦しい飛行機の中で後頭部につけて使うこの枕が洗えるというのはいい。

そしてこの枕、膨らませっぷりも職人技を必要とする。使った人ならわかると思うが膨らませすぎてもムチウチ患者のようになるし、逆に弱すぎても枕の意味をなさなくなる。以前東京に夜行バスで遠征した時にヨウジ氏が寝苦しそうにしていたため貸したところ、「余計寝にくい」とつぶやくので見るとこんな風になっていたことがある。


この件については空気を送る口の部分が、吹き込んで口を離しても入れた空気が逃げない、「弁」がついた機構になっているかどうかが決定打となる。こればっかりは店頭で試すことははばかられたので、無印を信じて購入。

それと忘れてはならないのが収納の問題。この手の商品はとにかくコンパクトにたためるようになっているのが通例だが、空気を入れて使うために逆に使い終わった時は完全に空気を抜かないと、あまりのコンパクト設計だと空気が抜け切らないためにどう畳んでも入らないという惨事が待っている。

それをわかっての事かどうかは不明だが、無印版はゆったりと余裕のある巾着収納になっていてこの心配がない。それも購入の決心を固めた。

別に無印良品の信奉者ではないがえらく満足したため、あたかもネットショップの商品レビュー見たいになってしまった。が、トラベラーにとってはどれも大事なことである。

前回のアメリカミッションのように結石を抱えたまま飛ぶというワイルドな状況ではなかったのでなんとも能天気な記述でのスタートとなった。

そして離陸後、実のところあまり枕の出番はなかった。というのは見た映画がそれぞれになかなかキャラの立ったいい映画だったからである。

中でも、「The Girl with the Dragon Tatoo (ドラゴンタトゥーの女)」が今回の旅に不思議なアクセントを加えることになるとは思いもしなかったのである。。。

つづく。


刻め驚異のビート

2012年02月12日 | ヒデ氏イラストブログ
電車に長い年月乗っている人なら、誰しもが考えるのが自分だけの「ベストルート」だ。
どの車両で乗れば一番乗り換えの階段に近いか、どの道を選択すれば一番スムーズに移動できるか。面白いのがこれが単なる距離の問題ではなく、混み具合や「なぜか自分はこのルートが好き」というような曖昧な感性も交わってくるので人それぞれなのだ。だから電車ネタは尽きない。

ひで氏です。

電車の話だと行きの話が多いが、今日は帰り。
自分の駅に着く電車に乗る時は、上述したようにやはり最終降車駅の出口につながる階段に一番近いところで降りられるよう特定の車両、ドアを狙って乗る。
そして電車が駅に到着すると同時にドアの前に立ち、プシューとドアが開くのをおでこをドアに押しつけながら待つのが正しい作法だ。
余談だがエレベータでこれをやるとドアに顔面を押し付けるあまり目的の階かどうかの確認を忘れ、目的階以外で飛び出すだけでなく外側で待っていた人に頭から突進するという惨劇を招くためお勧めできない。そこからさらにエレベータ内に慌てて戻り突進した相手との目的階までのこの上なく気まずいショートトリップが待っているのだから、なおさらである。

さて話は駅に戻る。
そんなに急いで降りてどうする、と言われればどうしようもないが目的地がある以上(この場合家)、一分一秒でも早く家に帰りたいというごくシンプルな欲求から起こる行動だと思う。
そのほか、いち早く誰もいない階段を降りるのが気持ちいい(この駅は降りる構造)、というのもある。降り切ったときにもう一つある対面の階段からもトップの選手が現れ、表情には出さないもののお互い無意識に改札を出るまで競ってしまうという自然の法則も見逃せない。

今日もまた、ドアから飛び出し階段を下りた。
誰にも踏まれていない階段を下りる。降りるとき私ひで氏が推奨するのは、もちろん「タタン降り」だ。
言葉を知らずとも聞けば「あーあの降り方ね」とわかってもらえると思うが、そう、極小のジャンプを連続してタタンタタンとリズムを刻んで降りる、あれだ。
別に正式名称ではない。しかしどっかでこう呼ぶのを聞いたことがある、ただそれだけのことだが、的確な表現だと思う。

一日の疲れをそれによって散らすかのように、軽快に階段の表面にリズムを刻みつけていく私ひで氏は、次の瞬間自分の目を疑うことになる。
右斜め後方から超高速の「何か」が近づいてきたのだ。

「…パタパタパタパタパタパタパタパタッ!」

極上のドラムロールのような速さのそれと共に私ひで氏を悠然と追い越したのはロングコートを着た男性だった。
ドラムを連想したためか一瞬「も、もとやん?」と思ったが髪がふさふさしているので違う。

パタパタ降りである。

パタパタ降り自体は珍しいものではない。たまに見かけるし、アンチタタン降りの急先鋒としても有名だ。
しかし、これほどの高速パタパタ降法はかつて見たことがない。そのスピードも去ることながら、驚くべきは姿勢の安定感だ。
小刻みに慌ただしく動くのは足首から先のみで、そこから上は微動だにせず階段を舐めるようにスーっと下方向にスライドしていく。
一流のモーグル選手を見たときのような衝撃だった。

「彼」はさらに私をあざ笑うかのように右から追い抜いた後その進路をやや左にスライドさせ、私の真ん前を驚愕のスピードで降りて行った。


完敗だった。
圧倒的なスピードの差。揺るぎのない安定感。迷いのないコース取り。
習得したい、という思うことすら憚られるような、余りの格の違い。

軽快とは程遠くなってしまったマイナーコードのタタン降りで階段を下りきった私ひで氏は、それでも彼以外の他の誰よりもまだ早かった。
しかしそんなことにも最早何の意味も感じない。タタンが何だ。時代はもうパタパタなのだ。ネットで言うならダイヤルアップとブロードバンドワイファイだ。俺は化石だ。もうだめだ。。。


ピンポンピンポンピンポーーーン!


コンコースに鳴り響いた突然のけたたましいサウンドで我に返った私ひで氏が音のした方に目を向けると、
改札ゲートで膝を強打して顔を歪める「彼」の姿があった。


あ、そこはだいぶ下手やったみたい。





鞄を忘れた少年

2011年09月02日 | ヒデ氏イラストブログ

ひで氏です。


朝の電車の中にいる人というのはそのほとんどが会社勤めの人だ。

しかし夏休みシーズンになると、割合早い時間に見かける、この時間帯に似つかわしくない、新しい人種がいる。子供である。
お出かけだと思うが、8時台にすでに電車に乗っているというのは、結構な気合の入った「お出かけ」のはずだ。
テンションも得てして高く、ただでさえ通勤という朝の沈黙に、お出かけ中の子供が一人混じるだけで、車両が何やら楽しげな雰囲気になる。

そんなある夏の日、同じ車両に子供が座っていた。例によって半袖半ズボンにリュックを脇に置き「ザ・夏休み」という風体だ。私ひで氏は近くに立っていたのだが、この少年、実によく眠っている。

夕刻の電車で疲れて寝てしまった子供というのはよく見るが、朝のスタート時点で爆睡している少年は割と珍しいのでなんとなく気にかけていた。

見るとDSを持ったまま寝ている。

ははあ、朝から張り切って電車に乗って、座った途端DSを始めたものの、思わず寝てしまったか。。。

落とさなければいいが、と思っていた頃、ちょうど電車が大阪の中心である梅田駅に近づいた。

たいていの人はこの梅田で降りる。ありとあらゆる方面へのハブ駅だからだ。私ひで氏は無意識にこの少年の動向が気になった。


「君も梅田じゃないのか」、と。


しかしまさか寝ている子供を、憶測だけに基づいて、降りなくて大丈夫かと揺り起こすなどというのはさすがに異常だ。
梅田を超えても、まだ主要駅はあるし(事実私ひで氏も梅田では降りないのだ)、さらに路線の最後のほうは郊外の住宅地エリアである。そこに住んでいるおばあちゃんを訪ねに行ってるのかも知れない。

そんなことを考えているうちに電車は梅田駅に到着してドアが開いた。
仮に梅田で降りないとしても、せめて主要駅についた時のこの独特のざわざわ感で目覚めて確認してほしい。

「梅田、梅田」というアナウンスと喧噪。しばらく開いたままのドア。主要駅の停車時間は他より長めだ。

頼む!起きてくれ!

そう心で念じていた。

すると思いが通じたのか、彼は目を覚ました。
そして誰もがそうするように、きょろきょろとあたりを見渡しここがどこなのか確認しようとする。
そしてすんでのところでここが梅田だと確認した彼は、「あっ」とまだ声変わりもしていない声を上げて座席から飛び降り、あわてて電車から出る。

そこからドラマが始まった。

瞬間、降りた彼は振り返り、二度目の「あっ」を発した。
私も思わず彼の居た座席を見た。リュックがあった。
ドアが閉まることを伝えるブザーが鳴り響く。少年に車内に戻る時間はない。

大人なら一旦中に戻って次の駅で折り返して、という判断も可能であろうが、こんな年端もいかない少年にそれを求めるのは酷だ。

体が勝手に動いた。

私は無我夢中で彼のリュックを掴み、プシューと音を立てて閉まりゆくドアに向かってそれを放り投げたのだ!

すれすれで閉まるドアの間を通り抜けたリュックは美しい弧を描いて見事に少年の足元に落ちた。
すべてがスローモーションだった。

一仕事終えた充実感でいっぱいの私の心は満たされ、すっかり閉まったドアの窓からとびきりの笑顔と最後のサインを彼に送るべく、そっと右の親指を立てた。


「大丈夫。気にするな。」 


朝の殺伐とした通勤の中に一滴の潤いをもたらす、少年と、あるバンドマンの心の交流。

あわただしく行き交う人々の間にようやく彼の姿を見つけたとき、彼は、


DSの続きをしていた。


リュックももう背負ってた。


あ、結構慣れてはったんやね。。。こういうアクシデント。