とやまお城探検隊→こちら
新川郡を治めていた椎名氏と、射水・婦負郡の守護代神保氏は、白岩川を挟んでにらみ合いが続く緊張状態にありました。かつては神通川左岸までが神保氏の勢力範囲とされていましたが、この鶯野城跡が発見されたことにより、神保氏の勢力が神通川を越え白岩川左岸まで支配に置いていたことが判明しました。
後に上杉景勝と織田信長の勢力がこの地で激突、佐々成政の越中初勝利となりましたが、目と鼻の先にある「小出城」は小出城の戦いの舞台となりました。
場所は富山市水橋三郷、市立三郷小学校から南に下がった国道8号線の付近の水田にあります。

北側からの全景

南側からの全景
城の痕跡を示す絵図もある事がわかり鶯野城跡の場所が特定されました。

土塁西面
2004年6月発見された長さ100mの土塁跡や堀の跡

土塁北側より南方向
小さな側溝はかつての堀か?
この先には小出城がある

※参考資料;とやまお城探検隊(北日本新聞)、富山県教育委員会発掘調査報告書
【鶯野城跡】
目標施設;富山市立三郷小学校
目標施設住所;〒939-3554 富山県富山市水橋小路345
地図;