1962年刊行。この詩集の背景には、三年間、群馬県の山の中で過ごした生活がある。なかんずく冬の生活は、ぼくのなかに『自然』をはげしくめざめさせてくれた。『見えない木』は、そういう意味で、この詩集の原型となりうる。 雪のうえに足跡があった 足跡を見てはじめてぼくは 小動物の 小鳥の 森の支配する世界を見た …… <現代詩文庫 思潮社>より 田村は、自伝のなかで、日本的な語法、日本的な抒情と論理を殺戮することが、生理的な快感にうったえた、日本の、七・五を基調とする詩歌はもとより、朔太郎、光太郎といった前世代の詩人たちの作品にも、まったく興味をもたなかった。そういう意味で「文学少年」としては、ぼくはかなり畸型的であった。と書いている。早川ミステリーの翻訳、エッセイなど、興味をそそる詩人である。こんなの周知のことかもしれないが、ぼくには発見だ。この『見えない木』好きな詩だ。
加藤眞琴プログ、ドローイングの日々。gallery,amk8
いきものは、生きている限り、視覚.聴覚.嗅覚.触覚…が躯を刺戟する…それをことば.形で表したい。