
ことの発端は、なんとも小さなことだった。
僕は彼女とレストランへ行った。
もう何度か行っているお馴染みのレストランは、2人共気に入っていて
どこへ行こうか迷った時には、気付けばそこへ足を運んでいる、そんなレストラン。
そこへ、
2人はいつものように、いつもの足取りで、腹こしらえに行ったのは
残暑厳しい八月の或る日。
彼女は、僕が生まれた時から良く知っている人物である。
9割がた父親似である僕だけど、1割がたは彼女に似ていると言われる。
彼女は、笑いたい時は笑い、機嫌悪い時は憮然とし、哀しい時は哀しんでいることは
なるべく隠す…人前では泣かない、そんな性格で
人当たりは良く、笑顔が良いねと人に言われるような、どっちかといえば明るい女性である。
どんな人にも平等に接するので、そういうところは幼い頃から尊敬しているそんな彼女だ。
幼稚園の頃はずっと一緒にいたいと思って
隙さえあらば、幼稚園をずる休みしようとさえした記憶がある。
そんな彼女は、レストランに入り席に座るなり、溜息をついた。
『はぁ~…』
これは、時々、誰しもが出す息である。
彼女は繰り返す。
『はぁ~…』
アンニュイで気だるい吐息が、レストランの一角でモヤモヤと発せられる。
微妙に空気が変わる。
『はぁ~…あーあ』
気だるいモヤモヤが何度か繰り返された後、『あーあ』まで付け足されてしまった。
僕は、周囲が気になった。
僕は聞き慣れているそれであるが、そこは一日の嫌なことを忘れて
リラックスしながら食事をする憩いのレストランである。
隣の席は、人一人がやっと入れる位の接近距離である。
ザワザワしている飲み屋さんだったなら、いくら溜息ついてもザワザワにかき消されるだろうけれど
そこはBGMもはっきり聴こえるレストラン。
『はぁ~…あーあ』
を聴きながらの食事なんて、きっと嫌な気持ちになるに違いない。
…と僕は無性に気になってしまった。
隣の席は、無言で食事している親子だった。
レストランを出、僕は、そのことを彼女に車の中で注意した。
『溜息つくのは良いけど、周りのこと考えて、せめて2度くらいにしてくれないかなぁ。
きっと聞いた人は嫌な気分になるにさぁ』
食事は気持ち良くするべきである。ひととき至福の時であってほしいではないか。
今後のことを考えて、敢えて気持ちを言ってみた。
『あら、そう?溜息ついてた?』
彼女は答えた。
気付いてなかったのか…?
あんなに何度もついてたのに??
『えっ、気付いてなかったの?本当?』
『ダメだよ、人に気を使わないとダメだよ』
『溜息のコントロールくらい出来なきゃあ…』
僕は訴えた。
無邪気に『あらそう?』と答える彼女に。
すると、さすがに3人きょうだいの中で一番の劣等生であった僕に言われたことが気に食わなかったのか、
『じゃあ、一人でいるようにする。これから一人でいられる場所にいる』
彼女は、気を使って生きるより
一人を選んだ。(大げさだけど愕然)
その台詞を聴いた僕は、多分、人生初でキレた。
『…何で、そんなこと言うの?そんな哀しいこと言うの?どうして?』
今思い出しても、
なんとも陳腐な台詞を言ったものだなと後悔してしまう。
ストレスたまってるのだろうか?
そして、続けて言ってしまった。
『親がそんなこと言って嬉しいわけない、何でそんなこと言うの!』
気持ち的には、星一徹。
ちゃぶ台引っ繰り返して、ワーッと泣き崩れていた。(←弱冠、飛雄馬のお姉さんが入る)
声を荒げてしまった。
親に…。
だってね、還暦を過ぎた親が、老後に向かっている親が
一人でいることをのぞむって、それはそれは哀しい気持ちになるのだ。
老後は、社会と繋がりを持ちながら、趣味や料理や色んなことをエンジョイしてほしいものなのだ。
お友達と、エコな石鹸作りとかしていてほしいのだ。(理想は)
それなのに、孤独を選ぶとは…。
しかも、人に気を使うことも億劫に感じるなんて。
声を荒げたといっても、世間的には、普通音量の声だろうとは思う。
くだらない痴話喧嘩は、10分くらいのもんだったと思う。
でもしかし、親に向かって声を荒げるとは何事か…と、かなり落ち込むのである。
落ち込みすぎて、遊びに来た甥っ子の相手もろくに出来ず、自分の世界に引きこもるしか術なく
今に至る。
彼女の方はというと、今はもう、いつもと同じ。
あっけらかんと朗らかな彼女。
テレビを観て笑い、お土産に喜び、いつものように僕に話し掛ける。
いつもと同じ、安心する母親である。
何か…きれてしまった僕って、何なんだろう?しかも、人生初のキレがこんな形で来てしまった。
原因は、『はぁ~…あーあ』である。
人生初の親に向かっての爆発。
我ながらショックで、ショックになってる自分にもショックで(やわだなと)、
こんなところに綴ってる。
笑い話になれば良いなと願いつつ、何やってるんだろうな。
率直に言って
書くことでスッキリしようという魂胆で綴ってます。
今回ばっかりはね、星一徹になってしまいました。
そんなこんなの
日本のどこかの、親子のワンシーンでした。
まぁ、明後日くらいにはまた仲直りしてると思います。
いつもそうですからね。
でも、最後に一言いうと…
母親は尊敬してます。心から好きです。
愛してるって言えるくらいに。
本人に言うことはないだろうけど