Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

034‐証言

2012-10-21 20:05:30 | 伝承軌道上の恋の歌

 とあるオリジナル・シンのメンバーの証言
‐オリジナル・シンのアソシエイトの間で妙な刺青を入れるのが最近流行ってる。ちょうど丸首のシャツの襟に隠れるくらいの位置の首筋に入れるんだ。デザインは色々なタイプがあって、まるで首輪のように数字の羅列を並べてるのもいるし、ただ首の片側に二桁の数字をワンポイントで入れてるやつもいる。マキーナのデザインから影響されたって話だけど、本当のところはどうかな?どうも、アイツらの言うマキーナとあのアイドロイドとはもう別のものを言ってる気がするね…

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033-インターバル

2012-10-20 21:11:53 | 伝承軌道上の恋の歌

 スクリーンに灯が点くとアノンがそこに現れた。
「みんな端末化して!」
 そう言って叫ぶのは軍服姿のアノン。メイクからそれがマキーナなのは分かる。
「ほらほら、スクランブル交差点を歩いているみんな、注目!今日はアノンからのとっても大事なお知らせ。なんとみんなマキーナになれちゃう一大イベントの企画が進行中!その名も『管理-kanri-』!ここ、街中のクラブでマキーナ・ソングをオールナイトで流しちゃうよ。なんとデウ・エクス・マキーナのキャラクターたちを端末化した人はフリーで参加オーケー!それからプロデューサーの人達も楽曲を提供してくれたらどんどんかけちゃうからね。オーディエンスさんたちのリクエストも受け付けてるから、詳しくはマキーナの公式サイトをチェックしてね!」
 僕は片手にビラを持ったままその場に立ち尽くしていた。さっきまで家で一緒にいた女の子が巨大スクリーンに映っている。僕もあそこに移って『周知活動』すれば少しは成果も上がるんだろうか?そんな馬鹿なことを考えたりもした。まるで絶望した人のように見上げた視線をさらに上げて天を仰ぐと曇り空から小さな白い雪の粒が舞って落ち始めているのに僕は気づいた。
「…新しい機械。それは柔らかくて温かくて、私達によく似てる…」
 画面の向こうのアノンは最後にそうつぶやいた。

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032-フラクタル

2012-10-19 21:20:39 | 伝承軌道上の恋の歌

 聖地。イナギとヨミが死んだって言われてる偽りの聖地。でも私は知ってる。本当はそうじゃない。でも、みんなが信じたいことの意味は大事。
 私といつものスフィアのメンバーは床に座って輪になって写真の切り抜きを作ってる。ここはミヤコアトリエ。ガタガタと鳴るミシンを響かせて、揺れる長い髪を一つにしてる女の人の背中が見える。スフィアの衣装もそのほとんどを作ってくれてる。その代わりに私達はミヤコさんが店員をやってる服屋の飾りを作ってあげる。ミヤコさんに一度聞いたことがある。手間をかけて作ってもらってるのにこんなお礼だけでいいの?と。そうしたらミヤコさんはこう答えた。『君達の普段着ている服は海の向こうの貧しい少女の皮でできてるんだからこっちの方がずっとましだよ』って。
「モノ、最近見ないけどどうしてるんでしょう?」私の隣にいたアカが聞いた。
「いや俺も知らない。けど、イナギの秘密が分かったとか言って色々動いてるみたい」
 私はその言葉に少しどきりとした。
「モノは実はイナギの信奉者だったんだよ。そうは見えなかったけどね」
 もう一方の私の隣にいるのはミドリ。
「…ねえ、みんなイナギがオリジネイターだと思ってるの?」私は聞いた。
「もうそれは関係ないんだ。俺達は別に人類史上初めて中指を立てた人間に敬意を持ってないぜ?」他のメンバーがそう言う。
「でもソースは大切だよ。いつまでたったってそれはマンデルブロのように自己相似的にしか広がらない」ミドリがつぶやいた。
「なら全体がどうなるかもう少し見てみようよ。そこにモノが探してる答えもあるかも」
「アノンはどう思うの?それでいいの?」
「私の意見は今でも同じ。イナギはオリジネイターじゃない。でも、マンデルブロっていうのは素敵。神様って眼に見えないでしょ?だから私みたいな人がいる。マキーナを形にしてる。それが端末化。だからみんななれるの。それがマキーナの何かを表してるってことだとしたら、ヒントが私の中にも生まれるってことだよね」私はミドリにそう言った。
「とにかくでかくすることさ。スフィアやデウ・エクス・マキーナの世界を…」
「ああ、そうだな。アノンにはみんな期待してるんだ。みんなを乗せて遠くまで連れって行ってくれたんだから」
「はは。そうかな…」そう言って私は笑った。
 あれは聖地じゃない。ここは偽りだ。本当はあそこだ。初めの『ゆらぎ』のあったあの場所。待っててヨミ、私本当のマキーナを見つけるから。
「ほら、できた!」
 ミヤコが私達の眼の前に広げたオートクチュールは少しきわどい軍服風の衣装だった。

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イナギ07‐ヨミが倒れる

2012-10-18 21:54:26 | 伝承軌道上の恋の歌

 時々、ヨミは僕の部屋で一日を過ごすことがあった。真面目なヨミはためらったが、身体の弱い彼女が一人暮らしをさせるのは気がかりだったし、僕が無理を言ってそうしてもらうことがあった。仕事を終えてヨミの待つ僕の部屋に帰ると思うと、足取りは自然と軽くなる。その日も僕は胸が軽く弾むのを感じながらチャイムを一度押して合鍵でドアを開ける。いつもと違うとすれば、玄関の先の部屋には明かりがなかった。
「…ヨミ?」
 玄関の明かりをつけて部屋に上がると、背の高い椅子に膝掛けをしてもたれかかっているヨミの後ろ姿が見えた。僕に気づいてない様子で身じろぎ一つしない。首がぐったりとうなだれたように背もたれに力なく寄りかかっている。一瞬、最悪の状況が頭を過ぎって、思わず僕は彼女の肩を揺すった。
「ヨミ。おい…」
 彼女の頭が二三度、僕の手になすがままになって力なく揺れた後、
「…ん、ああイナギ?おはよう」とヨミの反応がようやくあった。
「…寝てたのか?具合が悪いのか?」
 そう聞く僕は内心ほっとしていた。
「ちょっとね。イナギは何してたの?」ヨミはまだ少し舌足らずに僕に言う。
「神宮橋のスフィアを遠巻きに見てた。結構賑わってたよ」
「イナギ、すごい」
「みんな僕達の噂をしてるよ」
「やっぱり嬉しい?」
「どうかな。嬉しくない訳じゃないけど…」
「どうかした?」
「分かったんだ。もう僕達が元型じゃないんだ。スフィアを動かしてるのはもっと深いところにあるんだ。あのヨミが話してくれた公園での話、嘘か本当かも分からない噂話。でも、あれが知らずにみんなの意識を動かしてるような気がするんだ」
「ねえ、イナギ、あの時見た字の色覚えてる?」
「暗かったから、定かじゃないけど、茶色かったな」
「あれね。『血』で書いてるの」
「血で?」
「そう。そう言われてる。だからあんなにはっきり残ってるんだって。なんで、あの文字を血で書かなければならなかったのか?それも大きな謎の一つね。だから、イナギの言ってることってすごく分かるの。だってあの二人はきっと生きていたんだから…」
「ヨミは詳しいんだな」
「…そうよ。詳しいの。イナギの感じてること、私には分かるよ。私達だけじゃないから…だってあの子たちは私達の…」
 しかし、背中で聞いていたヨミの声がだんだんとしぼんでいく。
「ヨミ?」
 その様子に気づいた僕が振り返ると、ヨミはわずかに開いた瞳が力なく彷徨っていた。具合が悪くなる時いつもそうなる通りに、顔が紅潮し微かに深くなった息が乱れている。
「ちょっとなんでもないの…大丈夫だから…」
「ヨミ…大丈夫か…?とにかくベッドに…」
 僕は急いでヨミを抱きかかえた。
「ちょっと、イナギ。急にビックリする…」
「大丈夫。薬飲んで休めばよくなるさ」
 いつもは気休めと馬鹿にしていたヨミのセリフを今は僕自身が口走っていた。
「イナギ、お願い聞いてもらっていい?」
 ヨミは僕に抱えられたまま、息のかかりそうな距離で僕に言う。長いまつげから覗く潤んだ瞳がとても綺麗だった。
「言ってくれ。何でもするから」
「ウケイ先生…先生のとこへ連れてって…」 

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031-モノの冒険

2012-10-17 21:09:53 | 伝承軌道上の恋の歌


 モノはイナギの部屋で手に入れたメモリースティックをノートブックに差し入れた。するとブラウザが立ち上がって、ログイン画面が現れる。『…これがキーコードの役割をしてるってことか』画面を進めると目の前のモニターには見慣れた街の風景が広がった。『これは…』
 まるで今、スフィアの集まる聖地、神宮橋に立っているようだ。それくらいに3DのCGで街が完璧に再現されてる。しかしモノにはどこか違和感が残った。そうだ。向こうの方に第二東京タワーがまっすぐにそびえている。いつかアノンと眺めたように真ん中が曲がっていない。並行世界のように色んなものがどこか少し違ってる。
 もうひとつの違和感の訳も程なく知れた。橋の向こう森の中に見覚えのない建物があったから。だだっ広いショッピングモールとビルの中間みたいで、外観は中央に広く長い階段が見えなくなるまで続いていて何か古代の神殿のようにも見えた。空中庭園。南米の金字塔のような形だ。中がショッピングモールやオフィスのテナントになっているらしい。モノはそこに歩を進める。通りを歩く人は誰もいない。ただモノの操作するキャラクターが背中を向けている。
 そういえば聞いたことがある。第二東京タワーの計画と一緒に下町の再開発をするという話を。どうもこれはその都市計画のためのプロモーションやシミュレーションを兼ねた仮想世界の箱庭のようだ。利用者に一人ひとりアカウントと与えてこの世界の住人となってもらって計画の第二東京タワーが曲がったのと同じ日、その計画も頓挫したはずだ。これはその残骸で、どういう訳かサーバーから消されずに残っているようだった。イナギがなぜそのアクセス権限を持っているのかは分からない。ただ、イナギ自身が夢に終わったテナントビルそのものには関わりがあるとは思えない。
 だとすれば。あの事故のあった場所。あそこに行ってみよう。モノがキーボードを押すと視点がゆっくりと旋回して辿ってきた道を引き返す。無音の中、中に浮いた幽霊が彷徨うようにテナントビルと入り口に掲げられたアルファベットばかり並んだ看板、街灯を追い越していく。すると、視界の横から誰もいない道路を追い越して行くのに気づく。車だ。黒いセダンでゆっくりとモノの横を通り過ぎる。その先にあるのはあのスクランブル交差点だ。誰もいないのに信号だけが規則正しく変わっていて滑稽に思えた。次第に小さくなるリアバンパーを追っていると、車は一度大きく反対車線に膨らんで交差点の角のデパートにスピードを上げて突っ込んで行った。
『これは…』モニターの前の仮想空間で淡々と起こった現象にモノは自分の中に沸き起こる期待をなんと名づけていいか分からないでいた。車はデパートの入口に突っ込んだまま止まっている。早く追いつかなくては。確かめたいことがある。これが事故の再現をしているのなら。ゆっくりと動き続ける視界の中に徐々スクランブル交差点が広がっていく。もう少し、もう少しだ。モノの見立てが正しければそこには…
『あっ…』しかし、すんでというところで黒いセダン車は一瞬で姿を消してしまう。『くそっ』それでもモノは望みをつなぐように向かった。シルシが事故にあい、そして皆に呼びかけていた場所に。ようやく近づく。もう跡形もない。ダメか。そう思った矢先、すぐ目の前に別のキャラクターがノイズ混じりに現れた。
 それは、マキーナだった。マキーナが目の前に立っている。無表情にぼんやりとそこにいる。しばらくモノはそれを眺めていた。それと知っていなければ、マキーナとは気づかない程度のものだ。イナギが改造をしたのかも知れない。今はこれがここに立っている意味を考えなくちゃいけない。でもマキーナのイメージは答えずただ呆けたように正面を見て突っ立っているだけだ。少なくともこれが作られたのはマキーナが生み出された以降だろう。この仮想空間ができてからはずっと後だし、ごく最近に違いない。他に何か手がかりになるような…と、その時だった。モノの目の前を再び黒いセダン車が通り過ぎると、そのままの勢いで立っているマキーナにぶつかり、それは操り人形のように力なくモノの視界いっぱいに広がって潰れて消えた。それから。モノは幾度と無くその光景を眺めた。それは延々と繰り返した。『これはあの事故の再現に違いない。でも、どちらの?三年前の…それとも一月前…』モノは自分に聞き返した。『いや違う…そのどちらともだ…つまり…』
『イナギは過去の事故を完全に再現したんだ』

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030-瞳の色

2012-10-16 21:10:39 | 伝承軌道上の恋の歌

 歯ブラシをくわえてパソコンをいじる僕の斜め後ろにアノンはきりっと立っていた。
「見たの?」
 そう言われると、アノンの着てるぶかぶかのトレーナーはより意味深になってくる。その格好がつい今しがた見た柔肌をひどく忠実に再現してくれている。
「ああ、いや、湯けむりでそんなには…」
「見たんだ?」
 ああ、見た。確かに見た。顔を隠しても首から下だけで誰がアノンかを当てられるほどにまじまじと。
「その…悪かった。つい一人でいた頃の癖で…」
 悪気はなかった。それは本当だ。
「いいよ…このくらいは覚悟の上だよ」
 アノンは僕に濡れ衣を着せて、一宿一飯の恩に身体を差し出したとでも言いたげだ。
「いや、だから見るつもりは…」
「とにかく!事故だと思って忘れて」
「…ああ」
 だが、残念だな、アノン。僕は忘れない。まだ幼さの残る顔に似て小ぶりな…いや、やめておこう。しかし、あのバーコードみたいなタトゥーだけは今は忘れておいた方がいいだろう。この子にはまだ何か隠していることがある。多分それが僕と彼女を結びつけた。不思議なものだ。偶然にしてもでき過ぎてる。心の奥でくすぶる好奇心を抑えて僕はアノンの顔をぼうと見つめていた。
「…何よ」
 その様子にアノンは思わず構える。
「アノン…お前良く見ると両目の色が違うんだな…」
 アノンの顔を見る度に胸の中のどこかにあった微かな違和感。初めはアノンのどこか異国風の彫りの深い顔立ちに対してだと思っていた。その謎が今ひとつ解けた。その正体は少し薄く青みがかっているように見える彼女の右目にあったんだ。
「へへ、いいでしょ。オッド・アイ。マキーナと同じなんだよ」
 アノンの青く透き通った左の目を指さした。僕は机の上に無造作に置いてあった雑誌を手に取って、表紙に映っているCGのマキーナとアノンを見比べる。
「…コンタクト・レンズか?」
「ううん、元からこうなんだ。すごいでしょ?」
「アノンはマキーナ以上にマキーナなんだな」
「マキーナを程度で表さないで」
「褒めてるんだよ」
「ああ、そうなの?やった」
 一時はだいぶ傾いていたアノンの機嫌もどうやら直ったようだ。彼女が単純でよかった。その背後は複雑でも。

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029-刻印

2012-10-15 21:02:07 | 伝承軌道上の恋の歌

-僕は夢を見ていた。宇宙船の中で周りに生えている花や木と一緒に水浴びをしている女の子を、僕は曇りガラスの向こうに眺めている。その子は歌を歌っていた。ヤエコの歌だ。僕はその女の子が誰だか知りたいと思った。
…うっすらと目が覚めた。きっとここは手を伸ばした先にある夢の延長だ。歌が聞こえてくる。僕はベッドのすぐ横に立てかけてある衝立につまづきながら声のする方へ歩いて行く。そうだ。顔も洗わなきゃ。朝だし出かけなきゃいけない。そうして僕は曇りガラスでできたスライド式のドアを開けて洗面所に入ろうとした。その時。


「…え?」
 女の子の声がした。それは案外近く…いや、目と鼻の先だった。見ると濡れた髪をタオルでぬぐっている裸の女の子が目の前に立っている。あいにく後ろ姿だけど、鏡には寝ぼけ眼の僕の顔に並んでアノンの顔が覗いている。程よく引き締まったおしりはまだ少女らしさを留めていて、背中越しに斜めから覗くのは思った通り小ぶりで形の良い胸がその稜線だけを柔らかくなぞっている。そしてタオルで描き上げた首筋は色っぽく…
だが、そこまでで僕の目は留まる。首筋から肩にかけた辺りに少し青みの入った黒色で模様のようなものが入っている。今までも気づかないはずだ。丸首のシャツでもぎりぎり隠れるくらいの位置だ。さらに観察すると何か識別番号と言うかバーコードのように見える。身体を洗っても流れないんだから、タトゥーか何かだろうか?確かマキーナにもあの位置に識別番号『001』が描かれていた。が、それを真似たにしてもアノンのそれはデザインが大分違う。
「アノン、お前…」
「…な、何?」
 呆然と立ち尽くす僕を前にしてアノンはさっとタオルで身体を隠す。
「お前、やっぱり…」
「何?やっぱりって…なんかおかしい?」
 本来なら怒りたいところだろうけど、僕の様子に調子を狂わされて普通の反応ができずに困ってるようだ。
「いや、随分…その…なんだ…なかなか」
 思わず視線を下に向かわせてしまう僕の本能。
「いいから、もう、早く出て行って!!」
 アノンはようやく僕を追い出した。

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028-研究室のゆらぎ

2012-10-14 21:09:48 | 伝承軌道上の恋の歌

 僕とアキラが二人並ぶ前にはステンレスのプレートに刻まれた『ムスビ研究所』のロゴが夕日に赤く染まっていた。ゲートの向こうには高級ホテルにも似た広いエントランスのスペースと、上から見ると正六角形に見えるように作られた研究棟が物々しく構えていた。重い足取りで立つ、その場所の先にある眼の前の現実は決定的に断定的に現実を歪めてたっていた。
「…聞いていいよね?どうしてここに来たのか…」ずっと黙っていたアキラが口を開く。
「ヤエコが生きてるのか確かめるんだ。あの日本当に死んだのか」
「…シルシ君…」 
 最後の職員だったウケイ先生が失踪して以来、一年半前閉鎖されたきり誰も訪れることもなく、この場所はただ周囲の壁をスプレーの落書きだけを増やしてる。懐かしいというには複雑過ぎる感情を抱きながら、すっかり汚れてしまった高い壁を眺めているとその中に僕は気になるものを見つけた。スプレーで描かれたキャラクターイラストだ。いびつにデフォルメされてるけど、髪型や服の特徴でマキーナの姿だと一目で分かる。スフィアの中にも何かを嗅ぎつけてるやつがいるんだろうか?その発見が次の僕の足取りを確かなものにしてくれた。固く閉ざされた正門から少し離れたところにある通用口にカードスロットを通すと僕達は研究所に足を踏み入れる。
「すごく懐かしい感じがするね。シルシ君一度もここに来たがらなかったから」
 狭い廊下を抜けて職員の休憩室になっていた吹き抜けの空間に出る。ちょうど六角形の中心にあって、そこからそれぞれの研究部屋に入れる仕組みだ。
 多少ほこりは被っているけど、記憶の時のまま何も変わらずに同じ通りにあった。しかし、ひとつだけ違うところがあった。それは一角からその先に伸びる廊下があった。
「…これって…」
 僕はそこに向かって歩いて行った。
「あれ?こんな廊下あったっけ?」アキラが言う。
 その先にあったのはドーム状の屋根が覆うテラスだった。周りはガラス張りになっていて、辺りに注ぐ陽の光をただこの空間だけに集めて閉じ込めたみたいに光ってる。真冬なのに温室みたいに暖かい。辺りはポンプが水を循環させる駆動音で騒がしいのが、妙に熱帯雨林の動物のいななきを思い出させた。ポンプは長い長い透明な水槽に通じていて、水の中に様々な植物がその中に根を生やしていた。
「知らなかった、こんな所があったなんて…」
「近い将来、食糧難で餓死者が出るっていうのがウケイ先生の持論の一つでさ。ここはそのために作られた完全自給自足の可能な循環システムなんだって言ってた。僕らの事故の後は立入禁止になったから。アキラは知らなくて当然さ。それ以来僕も入ったことはないよ。非常用の防火シャッターが下りてて中には入れなくなってたから。でも今はなぜか開いてる」
「あれからも誰かが来てるってこと?」
「ああ、間違いない。問題はそれが誰かだよ」
 僕は早々にテラスを出ると、真ん中の空間から伸びる螺旋状の階段を早足に上る。二階には蜂の巣のように小さな部屋が六角形の外周と同じ形の廊下にそって重たい鉄のドアを並べている。廊下はさっきまでとは打って変わって暗い。僕は階段を上りきった所で立ち止まり、後ろに駆け寄るアキラを制した。
「ちょっと待ってくれ」
 僕は携帯電話で廊下を照らす。絨毯が敷いてあった一階部とは違い、ここの床は白い樹脂のようなものでできていて埃が積もっているのが分かる。
「何?どうしたの?シルシ君?」
「これだ」
 僕は膝を折って屈んで、それを指さした。
「…足跡?」
 そこには誰かが歩いた跡がくっきりと残っていた。一人。それは迷うことなく確かな足取りで一つの方から伸びている。ここから、ひとつ、ふたつ…六つめの扉に向かって。そしてそこは…かつてのヤエコがいた場所だった。

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027-心霊スポット

2012-10-13 20:24:33 | 伝承軌道上の恋の歌

 今日も僕の部屋にはアキラとトトがいる。トトはイヤフォンを片耳につけてPCを開いてる。僕はと言えばベッドに腰掛け救命箱を傍らにおいたアキラの世話になっていた。
「…いてて…」
 呆れ顔のアキラは僕の目の上にガーゼを当ててテープを貼ってくれてる。
「もう…だから行くのやめろって言ったのに…」
「アノンは?」僕がトトに聞くと
「まだイベント中…ネットでストリーム放送してます」
 その反応は冷ややかだ。椅子に座ってトトが顎をついて見てるのはつい一時間前まで僕がいたスフィアのイベント会場。そこには包帯を巻いてチラシを配る男の姿が映っていた。
「どうやら、既に僕も『スフィア化』してるらしいな」
「…または見世物ともいいます」
 トトの目は座ってる。
「これに懲りたらしばらく大人しくおくことだね」とアキラがぱたんと救命箱を閉める音。どうやら僕を同情する雰囲気は皆無のようだ。
「でも、こんなことやってるのを許しちゃいけない」
「確かにそうだよ?でもシルシ君、もう、この一件はもう君の手を離れてるんだよ…」
「どういう意味だよ?」僕がそう言うとアキラとトトが目を見合わせた。
「あのね…この前シルシくんも見たでしょ?これが、その『神のまねび』という小さな教団が配ってるやつなんだ…」
 アキラがA4の紙を差し出す。そこには『死は彼女を永遠に生かす』と題した散文詩のような文字の下に重ねるように女の子の顔が描かれていた。問題はその女の子の顔立ちが一風変わっていたことだった。少し異国人ぽい大きな瞳と短い鼻筋、まるでこれは…
「アノン、ですよね…」
 トトが傍らに立ってる僕の顔を覗き込む。あの時の僕も同じ印象を持った。そしてそれは今も変わらない。
「どうせまた新手のスフィアなんだろ?」
「スフィア?…思いもしなかったけど言われてみれば、その可能性もあるにはあります。新しいスフィア…でも、ただ雰囲気が全然違ったんですよね…本気っぽいっていうか」
「やってる本人達がどうであろうと、単にアノンをネタにしたのは間違いないはずだ。だってアノンは今や有名人だろ?あいつ似せてこういうものを作るんだって簡単だろ」
「だから、余計に不思議じゃない?だって、アノンちゃんは別に死んでない。そんな誰でも知ってるでしょ?だから嘘をつく意味がないのに、なんでそんなことをするのか」
 アキラはいつももっとも過ぎて今の僕には少し窮屈だ。
「…じゃあじゃあ予言とか?」
 そういうトトはどこか好奇心を抑えきれてない様子だ。
「おいおい…お前、縁起でもない事言うなよ」
「アノンの生き別れた双子の妹とか…」
 アノンのあてつけにトトはふざけてるのか。
「あのな、トト…お前、かぼちゃの馬車の迎えでも待ってるのか?」
「はあ?何言ってるんですか?今夜九時に待ち合わせしてるんですけど?」
「待ちぼうけして凍え死ぬ前に教えてやるけどな。そんなのおかしな連中が始めた夢みたいなは話じゃないか。別に論理的じゃなきゃいけないって訳でもない。理由があるとすれば本人に聞くしかないだろうが、それだって…」
「聞きました。私聞いたんです」
 トトが即座に答えるので思いがけず僕は黙ってしまう。トトも黙る。黙ってすねた子供のように僕の目をにらんでる。それまでとは打って変わって、この先に決定的な何かが待ち受けているかのようなそんな雰囲気だ。それを見かねたのかアキラが続けた。
「その教団の人が言うには、『この女の子はここで三年前に死んだ』んだって…」
 その時心臓が一度大きく脈打った。女の子が三年前に死んだ?あの場所で?それじゃまるで…
「その女の子はまだここをさまよっているって、そう言っていました」
 僕は思わずその場に立ち上がってアキラとトトの二人を見下ろした。
「…僕が…僕が嘘をついてるっていうのか?ふざけるなよ…朝からあんな場所につったって嘘ばらまいて、それでスフィアの連中に馬鹿にされて…それが…それが嘘だっていうのか?!」
 僕の言い方は自分が思っていたより強い調子になってトトを責めているように彼女に伝わった。
「…先輩?」
 トトは僕の様子に怯えてる。
「誤解しないで。ボク達がそう思ってるんじゃないよ?ただ、嘘を言うにしてもあんまり変だから一応伝えておこうと思っただけ」
「で、アノンは、アノンは知ってるのか?」
「知らないんじゃないかな。ボク達もその集まりを見たのは最初で最後なんだ」
「…そうか」
 僕はベッドに力なく腰を下ろす。アキラの言ったとおりなのかも知れない。どうも事態は僕独りで片付く問題じゃなくなってるらしい。どうにかしてもつれてばかりいる物事を解かなきゃいけない。そうしないといずれもっと大きなモノに巻き込まれていずれもっと大きな事件が起こらないとも限らない。しかし、そのほつれを見つけるには…
 わずかな期待を賭けて、僕はとある場所へ行く決心をした。

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イナギ03-続・セラピー?

2012-10-12 21:05:26 | 伝承軌道上の恋の歌


 例のセラピー帰りの夜の街を僕はヨミと歩いていた。
「どうだった?」ヨミが聞く。
「全部嘘だから別にどうってことはないな」
「罪悪感もない?」
「ないね。それを信じてるやつらは見てて面白かったけど…」
「次も行くでしょう?」
「…どうかな…」
「ね、行こうよ?」
「ああ、考えておくよ」
 僕は遠回りして駅までの道を並んで歩いてる。まだ初めての演劇セラピーの興奮が冷めてなくて道路に行き交うたくさんの車のライトや街のネオンが妙に眩しい。頭の中まで照らされてるような錯覚の中、真夏の夜、夜の風が心地良かった。
「ちょっと夜風に当たっていこうか」
「…うん。ちょうど向こうに公園あったわね」ヨミが言った。
 ヨミがあまり遠くに出かけられないこともあって、公園も僕達の大事な気晴らしの場所になっていたんだった。
 そこは少し物騒な場所だった。遊具には呪術で使うようなよく分からない落書きで覆われ、奥にはブルーシートで作った棲家が並んでいた。一番通りに近くて明るい場所にあるベンチに二人並んで僕達はしばらく黙っていた。と、
「あ、この公園にこんな噂話があるの知ってる?」ヨミが不意に明るい声で僕に聞く
「なんだよ、急に…」
「えーとね、海外から売られてきた男女の物語。人身売買ね。詳しくは知らないけれど、多分そういう需要がこの国のどこかにあるのでしょうね。そこから逃れてきた二人がここに逃れてきたって話。その二人は結局引き裂かれてしまったんだけど、この公園でまた会おうって誓い合ったって」
「ふうん。随分、物騒な話だな。それっていつくらいの噂なんだ?」
「噂が出たのはそんなに前じゃないみたい。多分ここ十年くらいのことだと思う」
「どうしてそんな噂が?」
「この公園でね、落書きの中に不思議な文字があるのが見つかったらしいの。単なる落書きなのかも知れないんだけど、それを面白がった人の作り話なのかも知れないけれど」
「その文字ってまだあるのか?」
「うん、こっち…」
 そう言ってヨミはゆっくりと立ち上がって僕の前を歩いた。街灯に照らされた白いレースのワンピースを着たヨミは薄暗い中で白く浮いて見えた。夢を見るようにヨミの後を僕は死地にでも赴くような気分でついていく。ヨミが足をとめる。そこにあったのはコンクリートでできたドーム状の遊具だった。公園の砂場の真ん中においてあって、表面に穴が空いていたり出っ張りがある。中は子供が三、四人入れるくらいの広さだろう。
「…ここ」
 するとヨミは屈んで、スカートの裾を砂に引きずりながら中に入って行く。
「お、おい…」
 驚く僕の顔を見て、ヨミは笑った。
「ここを見て…」
 ヨミが自分の頭の少し上にある天井を携帯で照らす。そこは下品なものから単に人の名前まで、元の色が分からないくらいに雑多な落書きで溢れかえっている。ヨミが言う外国の文字というのも、その中かから探し当てるのは難しい。
「ほら、この赤茶色いの…」
 ヨミがそう言うのを、ささやかに照らされた明かりの範囲から探す。
「…あった」
 ヨミが示した文字が僕にも分かった。確かに見たことがあるどんな国のものとも違う赤茶色い文字がそこにはあった。極端に崩した文字なのかも知れないけど、いずれにしても何を意味してるのか分からないことに違いはない。わずか四行、文字数にしても三十文字くらいだろうか。誰が言い出したのか知れないけど、普通は気づかないか、こじつけくらいにしか思えないシロモノだ。
「それで、ヨミはなんて書いてあるか分かるのか?」
「ううん…でも、ほらこれ、この文字、文字同士の間隔からしても二つの短い意味の言葉だと思うの。だとすれば、思いつくことは他の落書きを描いた人とそんなに変わらない」
「名前だってことか?」
「うん」
「二人の名前。本当にそんな二人がいたとして、現実にこうやってその跡が残っているそう考えると、確かに面白いかもな…」僕はそう言った。
「それにね、イナギ。この話、少し私達と似てると思わない?」とヨミは笑う。
「ああ、そうかもな…」
「それとね。その子たちの国の歌があるの。遠く離れた国を懐かしんでそれを歌ったって言う。歌詞は分からないけど、メロディは伝わってるの。それを私は知ってるの。素敵でしょ?」
 そう言って暗がりに微笑むヨミを僕は初めて少し怖いと感じた。

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