この宇宙(そら)に、いったいいくつの星々が生まれ、散っていったのだろう?
この惑星(ほし)に、いったいいくつの生命が生まれ、そして地に空に還っていったのだろう?
それを知るすべは、誰にもありはしない。
西暦20X1年、秋……
天と地の理(ことわり)と同じく、人の作り出した存在にも、いずれ終わりは訪れる。
プロレス団体も、その摂理から逃れることは出来ない。
されどその終わりは、あるいは始まりに過ぎないのかも知れないのだ……
◇◆◇ 1 ◇◆◇
先の『ワールド夏の陣』で好結果を得た西の老舗団体【ワールド女子プロレス】。
大阪城アリーナ三連戦という賭けに勝ち、近年にない興行成績と注目を集めている。
言ってみれば、
――風が吹いている
状態、といっていい。
このような場合、多くの団体はいずれかを選ぶ。
すなわち、地道に足場を固めるか、はたまた、更なる大きなプラスを求め、大勝負を打つか――である。
この時のワールド女子がどうであったか?
それは、ほどなくフロントがブチ上げた一大構想によって明白であろう。
すなわち、『第一回ワールド×ジャパンリーグ戦』――W×Jリーグ。
海外から強豪レスラーを招き、外国人VS日本人対決路線で盛り上げようという企画である。
アメリカの有力団体【WWCA】と提携、更にヨーロッパからもスター選手を招いて、地元・関西のみならず、日本全国でシングルリーグ戦を行なうという。
日本人対決が主流の現在、この方向性は高い期待感を持って迎えられた。
しかし、すれっからしのプロレスファンたちも、ワールド女子が続いて発表したシリーズ詳細には度肝を抜かれたといっていい。
<ワールド×ジャパンリーグ戦:会場>
開幕戦:東京都=『有明スポーツアリーナ』(収容人数:20000人)
(2):宮城県=仙台市グランドアリーナ(収容人数:10000人)
(3):北海道=キター!!アリーナ(収容人数:10000人)
(4):愛知県=名古屋レインボープラザ(収容人数:12000人)
(5):大阪府=門真なにわドーム(収容人数:10000人)
(6):京都府=寿文化総合ホール(収容人数:12000人)
(7):福岡県=福岡ポートメッセ(収容人数:15000人)
最終戦:広島県=若鯉Zun-Zunスタジアム(収容人数:33000人)
まことに、強気きわまる計画であった。
業界最大手の新日本女子プロレスとても、たった1シリーズでこれだけの大会場を埋めるのは容易ではなかろう。
だがこの時のワールド女子には、それを可能にするだけの勢いが感じられたのは、事実である。
そう、確かに――
風は、吹いていたのだ。
◇
▼日本 大阪府大阪市浪速区 ワールド女子プロレス道場
「実を言えば――」
リング上の《メデューサ中森》こと中森あずみは、若手に関節技を極めるかたわら、口を切った。
「悩んでいる」(バキバキ……)
「~~ッ!! ~~、~~~!! ~~~~~~~~~~~!!」
「ふぅん? ……とても、そうは見えないけど」
バケツの水を床に――厳密にはそこに這いつくばっている弟子へ――注ぎながら答えたのは《神楽 紫苑》。
両者とも、ワールド女子所属のプロレスラーである。
現在は、ヒールユニット【G.B.W】のメンバーとして、行動を共にしていた。
きたるべき『第一回ワールド×ジャパンリーグ戦』にそなえてのトレーニング……
だけでも、ないらしい。
「このままではダメだと思って、ヒールに転向してみた……が」(ゴキッ、メキメキ……)
「~~~~! ~~~~~……」
「なに? 浮かない顔するのねェ。今の所、結構ハマってると思うけど。あ、ひょっとして、性に合わないってこと?」
弟子に活を入れ、髪をつかんで引きずり起こしながら、神楽は眉をひそめた。
「いや。……そういうわけではない」(グシャッ、ゴリゴリ)
「――……――――…………」
「でしょうね~。アンタ、すっごいイキイキしてるもんね」
弟子の顔面をリングの鉄柱にこすりつけながら、ニコニコ顔の神楽。
「でも、だったら何の悩みがあるってわけ?」
「それは――――」(ピキッ、メリ……メリ……ボキィ)
「……………………………………」
ヒールの道というものは、まことに深く険しい。
最初は無我夢中でやっていたが、次第に限界を感じてきた。
もっと己の幅を広げねば、ただの暴走キャラで終わってしまうであろう。
「なるほどね~……相変わらず真面目ねェアンタ。
私だって、誰かからスタイルを教わったわけでもないけど」
弟子をチェーンで引きずり回しながら、思案顔の神楽。
神楽紫苑はなるほどラフファイトや凶器も使いこなすが、元来、ヒールという立ち位置でもなかった。
あえていうなら『アウトロー』とでもいうべきポジション。
それは自分自身の汗と経験で作り上げたものであり、誰の教授を受けたわけでもない。
「そ~ね……でも、ツテがないこともないわよ」
業界屈指といっていい名ヒールの存在を、神楽は思い浮かべていた。
もっとも、今はいささか“取り込み中”のようであるが……
あるいは、かえって好都合かも知れぬ。
(――『提督』――)
神楽ほどのレスラーでも、その異名には身震いする。
(……壊れなければいいけどね)
弟子に気付けがわりのヘッドバットを食らわせつつ、神楽紫苑は中森を案じていた。
◇◆◇ 2 ◇◆◇
▼日本 埼玉県越谷市 葛スタジオ
『週刊レッスルG』は、プロレス情報誌の老舗である週刊レッスルの姉妹誌である。
つまるところは、女子プロレスラー専門のグラビア誌。
今日はこのスタジオで、レスラーがグラビア撮影を行っている。
その一人が〈Σ(シグマ) リア〉――〈紫熊 理亜〉。
「………………」
ふだんマイペースな彼女だが、今日ばかりはソワソワと落ち着きがなかった。
別段、撮影に緊張しているわけではない。
レスラーになる前はモデル経験もあるので、こうしたことには慣れっこである。
彼女の動揺の原因は、撮影を同じくしているレスラーにある。
「あ、リアさ~~ん、撮影終わりましたぁ?」
「いや……まだ、途中やけど」
「そうなんですか~。私、こういうの初めてなんですけど、筋がいいねって褒められちゃいました~♪」
「そう……そら、良かった」
原因は、このやたらと人懐っこい〈南奈 瑠依〉(みなみな・るい)のため……ではない。
彼女はリアと同時期にデビューした新人で、【東京女子プロレス】に所属している。
「リアさん、ワールドの人なんですよね? なっちゃん……じゃない、《成瀬 唯》さんって知ってます?」
「そらまぁ、あんなんでも先輩やからね……先輩やった、言うべきかもしれんけど」
成瀬は最近までワールドに所属していたが、現在はフリーになり、あれこれ活躍しているようだ。
「なっちゃん、高倉なんとかって人に追い出されちゃったんですよねっ? 酷いです!」
「あ~……せやなぁ、アレは極悪人やからねぇ。気ぃつけた方がええよ」
成瀬の離脱に〈高倉 ケイ〉が一枚噛んでいるのは事実らしいが、追い出されるようなタマでもあるまい。
「ん? あ~、あの人、どっかで見たよ~な……」
現在撮影中のレスラーを見やって、小首をかしげる瑠依。
「っ、知らんのっ? マジで? 《フレイア鏡》様やないのっ」
「あっ、そうそう、そうだった~。こないだ、うちの興行に来てくれてたっけ」
「マジで!?」
「マジで」
フレイア鏡――
その類まれな美貌と卓絶した妖艶なムードゆえに、プロレス界の枠を超えた人気を誇る、美女ファイターである。
長らくフリーの大物として活動してきたが、現在は【WARS】に所属、御大《サンダー龍子》とコンビを組んでいる。
リアにとっては、マット界入りの動機ともなった、憧れの存在であった。
先日、東京女子が神田でおこなった大会に、鏡も特別参戦していたのである。
「……あ」
丁度、鏡の撮影が終わった模様。
話しかけるなら、今しかない――
「…………っ」
普段は物怖じしないリアだが、流石に緊張し、一歩を踏み出せない……
「あ、鏡さ~ん、撮影終わったんですか~?」
「…………ぁ」
能天気に声をかけていく瑠依。
この図太さがうらやましい。
「あら……瑠依ちゃん。貴方も撮影だったのね」
「はい~。鏡さんとご一緒できて、嬉しいです!」
「フフッ……そうね。私も、目の保養になりそうだわ」
「…………あっ、あの……っ!」
ここでようやく、声をかけることが出来た。
「? 貴方は?」
「あっ、あのっ、わ、わ、わたし――」
「あ、彼女、リアさんって言うんですよ~。ワールドの人なんです!」
「あぁ……なるほど。噂には聞いているわ。神楽のお弟子さんね?」
「はっ、はい……っ」
厳密に言えば弟子とは言えない気もするが、細かいことはどうでもいい。
「ずいぶん人気だそうね。東のフレイア、西のΣリア――と呼ばれているとか」
「いっ、いえ、そんな大層なっ」
そこまで持ち上げてくれているのは、リアのファンクラブ【LTMT(リアたんマジ天使)団】の団員くらいのものだ。
「ところで今日は――水着撮影だったかしら?」
「は、はいっ、そんな感じで……」
「ふぅん……でも、勿体ないわね」
「え、えっ?」
「せっかくそんなに、いい体をしているのだもの――――」
――――もっと、魅せたらどうかしら。
「…………っ!!」
◇
そして――
『週刊レッスルG』は発売されるや否や、大きな反響を呼んだ。
何と言っても注目されたのは、表紙と巻頭を飾った、Σリアと南奈るいの“手ブラ&ふんどし”グラビアである。
両者の絡みも、いささかセクシーに過ぎるのではないか――と思われるほどのもの。
一説には、撮影に同席していたフレイア鏡に乗せられて……などという話もあったが、リアはこれを否定している。
「思い切ったらトコトンまでやる! それがリアのやりかたじゃ!」
普段は関西弁なのに、たまに中国方言っぽくなるリアであった。
このヒットにより、リアはすっかり“エロキャラ”が定着。
あやうくリングネームを〈Σ“エロカワ”リア〉に変えられそうになったほどである。
それはそれで、彼女の選んだ道ではあったのだが。
◇
注目を浴びた彼女の元には、ドラマ出演のオファーも飛び込んできた。
『仮面刑事アンタレス』――
日曜の早朝10時から放送されている特撮ドラマである。
ちなみに放映時間が日曜の朝なのは、放送後にオモチャを買って貰おうというスポンサーの算段に他ならない。
さておき、なかなか注目されている番組である。
「今、悪玉として闘っているので、イメージが壊れるような役はちょっと……」
と交渉した結果、リアのキャラに合わせ、
――悪の組織の手で怪人になりアンタレスと闘う、女子サッカー日本代表エースストライカーの女子高生
という、よくわからない役を担当することが決定した。
なお、ベースとなるのは女王蜂で、怪人“クイーン・サドンデス”と言うらしい。
あまり深くは突っ込まずにおこう、とリアは思った。
▼日本 東京都調布市 味の元素スタジアム
「クッソ……こんなに待たされるのかよ」
と文句タラタラなのは、〈安宅 留美〉。
リア同様、ゲスト出演で呼ばれているプロレスラーで、九州の【VT-X(ヴォルテックス)】に所属している。
「へぇ~、神楽サンの従妹なんや。そう言えば、ちょっと面影ある……ないわ。ごめん、勢いで言うてもた」
「フン。アイツにゃ、さぞかし、苦労させられてるんだろ?」
「ソッ……ソンナコト……ナイケド……」
「…………」
「そ、そういえば、ヴォルさんとこは大変らしいねぇ?」
「まぁね……」
VT-Xは【JWI】と抗争中? で、次の《ビューティ市ヶ谷》(JWI)vs《十六夜 美響》(VT-X)の一戦において、負けた側の選手は全員丸坊主になって練習生から出直しだという。
「丸坊主か~~。まぁ、ルミさんは似合いそうやし、ええんちゃう?」
「…………」
◇
撮影は無事終了、オンエアもされて好評を博した。
「アンタレス! アンタはコレでDEATHっちゃいな!!」
というクイーン・サドンデスの決め台詞をそのまま拝借、試合でも使うことにした。
それは良かったのだが、放映後、あらぬ噂が広まった。
――Σリアは、元々世界レベルのアスリートであった。
というもので、
――入団テストで(ランダ)八重樫や、高倉(ケイ)をフルボッコに出来たのも、そのためである。
――ドラマの設定は、そんな彼女の過去をベースにしたものだ。
というのであった。
「……そんなワケあるかいな」
と、リアは呆れるしかない。
もとより噂に過ぎず、そんな秘密も何もあったものではないのだ。
が、会社的にはせっかくだから乗ってやれとばかりに、
――リアは15歳まで世界レベルの“スーパーアルティメット・サッカー”の選手だった
――しかし高校になって蹴り飽きたので、止めた
などというプロフィールを追加する悪ノリを見せた。
(ちなみに“スーパーアルティメットサッカー”というのは、急所攻撃・目潰し以外は何でもアリのサッカーらしい)
――流石はLIA様! “世界”(ワールド)に君臨する女王!
――やっぱリアたんは天使や!
ファンが盛り上がる一方、
「リア、本当に普通の女の子やったのにな……」
と、独白するリアであった。
◇
芸能活動に追われるリアであったが、もとより本業はプロレスである。
いくら外でチヤホヤされても、団体に戻れば、まだまだ下っ端にすぎない。
神楽や中森からはコキ使われ、技の練習台として痛めつけられた。
顔を狙わないのは、“商品価値”は守ろうという気遣いであろうか。
外の仕事に、内部では雑用や練習に追われ……
これで、何事もなければ嘘であろう。
◇
▼日本 大阪府大阪市 お祭り門アリーナ
『関西に舞い降りた死神王女! 野望の乙女が今宵も恐怖と破壊を撒き散らす!
ワールド女子いちのダークヒロイン、Σ リア選手の入場です――』
――LIA様! LIA様ーーー!!
――リアーー!! オレだーー!! オレの子を産んでくれーー!!
――うおおーーーー! リーアッ! リーアッ!!
――リア様~! 首4の字かけてくださ~~~いっ!!
狭い会場に、熱狂的かつ、独特のファンの歓声がこだまする。
黒を基調としたドレス姿に、不似合いなヌンチャクを携えて入場するリア。
生白い顔に紫のペイント(本人曰くΣの文字)、紫の口紅という妖しいメイク。
『鳥取県出身、171cm、Σ“セクスィー”リーーアーーー』
コールされると同時に、黒と紫のセクシーなリングコスに早変わりのパフォーマンスを披露。
――リア様ーー! 踏んでくれーーー!!
――リアたん、もう一枚脱いでーーーー!!
――首! 首4の字! 首4の字--------!!
「人気者は辛いわねェ。うらまやしいわ~」
「…………」
決して羨ましそうでない口調の、パートナー神楽。
<メインイベント 60分一本勝負>
《神楽 紫苑》 & 〈Σ“セクシー”リア〉
VS
《芝田 美紀》 & 《グローリー笠原》
「芝田さん――貴方の時代はとっくに終わりましてよ! そろそろ御隠居なさってはいかが?」
「ビッグマウスだけは上達したようね!」
普段は(芝田仕込みの)上品な言動のリアであるが、乱闘になって血がたぎり始めると、
「芝田ァーーーッ!! てめーーはリアを怒らせたッ!! アンタは! コレで! DEATHっちゃいなーッ!!」
と絶叫、痛烈なΣキック(バズソーキック)を披露するなど大暴れ。
場内ヤンヤの喝采――というのが、ここ最近のリアのプロレス風景である。
もっとも、いくら人気はあれど、まだまだプロレスラーとしては半人前のリア。
芝田らトップクラスの選手と手を合わせるには、彼女の体はまだまだ華奢すぎる。
更に、最近は疲労も積み重なっていたとあっては、間違いが起きない方が不思議であったろう。
(……やってもうた……)
まず痛めたのは、左肘。
これは何とか誤魔化し誤魔化し続けていたが、更に左足も痛めてしまう。
(……っ、けど、休んでるわけには……)
目下売り出し中の今、欠場は許されない。
傷ついた箇所をリストバンドとサポーター、レガースで隠し、
「コレは……リアは、強化手術を受けたんじゃ!」
と言い張り、日々リングに上がり続けた。
ケガはなかなか完治せず、その左右非対称な格好はいつしかリアのトレードマークになっていった。
◇
▼日本 大阪府大阪市 ワールド女子プロレス寮
何とか強行出場を続けていたリアであるが、負傷は悪化の一途をたどり、もはや歩くことさえままならない……となると、流石にドクターストップがかかった。
(しゃーない……しばらく、ゆっくりしとこ)
そんなおり、彼女のケータイに着信があった。
「どちらさん?」
『あっ、どうも、わたしですっ、東京女子の高橋です!』
「タカ……ハシ? 誰?」
『ちょ、ちょっと!? この前の、大阪夏の陣で! アドレス交換したじゃないですか!』
「…………?」
リアは、記憶をたどってみる――
………………
確か、デビュー戦の直前……
リングを見つめている、【東京女子プロレス】のジャージ姿の女性を見かけたのだった。
「あの~……すみません、ひょっとして、東京女子の人ですか?」
「え……?」
「あ、やっぱりそうみたいですねぇ」
「そう……ですけど、貴方は?」
「うち、〈紫熊 理亜〉って言います。ワールドでプロレスやってます」
「っ、どうも、自分、東京女子の高橋です」
「たかはし……?」
………………
「あ~、思い出した思い出した。〈どっさり!いくらガール高橋〉さんやんね」
『それはもう忘れてくださいよ! 今は〈カナ高橋15世〉ですから!』
「…………」
どっちもどっちな気がするが、彼女的には重要な差なのであろう。たぶん。
「で、どないしたんですか、どっさり!いくらガール15世さん?」
『高橋入ってねぇ!? いや、それはいいんですけど……』
彼女が話し始めたのは、ちかぢか開催されるというTCG――
“Top of the Cruiser Girls”、クルーザー級(軽・中量級)の選手によるタッグリーグ戦についてだった。
「あぁ、そういや、うちのケイちゃんもそんなんに出る言うてた気がする」
パートナーは……あぁ、確か例の、ひだりちゃん☆ だったかな~?
『それでですね、わたし、パートナーを探してまして――』
「えぇ? そら無理やわ~。うち、クルーザー級って言うには無理あるよ?」
『っ、いえっ、そうじゃなくてですね……』
何でも、WWCAの《コリィ・スナイパー》と接触を図りたいと言う。
「あ~、あの人は凄いよね~。でも、しばらく来日せぇへんみたいやけど?」
『うぐっ……そ、そうなんですか……』
高橋のパートナー探しは、難航しそうな雲行きであった。
◇
それはともかく。
一日も早く復帰しなくては……と焦っていた矢先。
思わぬ電話が彼女の元に届いた。
『お久しぶり、リアさん』
「かっ! 鏡さん……っ!?」
何でも、リアが負傷したことを聞きつけて、連絡をくれたのだという。
それだけでも、リアにとっては光栄きわまることであったが、
『私の知っている温泉があるのだけれど』
そこで湯治をすれば、ケガの治りも早いかも知れない――
もちろん、リアが紹介を断る理由はなかった。
◇
▼日本 島根県松江市 温泉宿“墨西哥館”に程近い県道
「つ……っ、はぁ、はぁ……」
教えられた温泉は、秘湯と呼ばれるたぐいのもので、バスなど通っていない。
タクシーで行けば――とも思ったが、これもリハビリの一環と、歩きで向かったのだったが……
(……こ、こら……あかん……)
数時間歩いても、まるで着きそうにない。
(車が通ったら、ヒッチハイクさせて貰うのになぁ……)
ボヤきながらも歩き続けていると、前方に人影が見えた。
「おやぁ……ひょっとして自分、『墨西哥館』に行くとこ?」
「はっ?」
振り向いたのは、目が覚めるような、黒髪の美女である。
(こらラッキーや、荷物持ってもらお)
「なぁなぁ、ほんならちょっと、荷物持ってくれへん? リア、疲れてもうて~」
「…………」
「あ、ちょっと、なんでドンドン行ってしまうん? なぁなぁ~~」
「うっさいっ」
「え~? そんないけず言わんと~。リアちゃんのお願い~」
「……っ? アンタ――ひょっとして、なんとかリア?」
「な、なんとかって……うちは紫熊、理亜ですけど」
「……そういうことか」
「なぁなぁ、ええやん、うち、これでもケガ人なんやから~」
「こっちだって――」
ブッブーーッ!!
と路上で言い合っていると、車にクラクションを鳴らされた。
「おいっ、道路のド真ん中で遊んでるんじゃねーよっ!!」
助手席から顔を出した覆面姿の女が怒鳴る――ふ、覆面?
「……っ、ひょっとして、アンタたちもご同業?」
「……ッ?」
「良かった~、なぁなぁ、温泉行くんやろ? うちらも乗せてってくれへん?」
「あァ? なんでそんな――」
「……いいわよ。乗って行きなさい」
「ハァ? おい、ガングロ先輩――」
「それとも、このまま轢いていく? それでもいいけど」
「…………」
先の少女が【VT-X】の〈オースチン・羊子〉であり、この物騒な話をしている二人組が【プロレスリング・ネオ】の《森嶋 亜里沙》と〈ブラッディ・マリー〉だと分かったのは、轢き逃げされずにヒッチハイクを成功させた後のことである。
そしてたどりついた温泉では、また新たな出会いが待っていたのだが……それは後ほど。
◇◆◇ 3 ◇◆◇
湯治を行ったリアは、以前よりはずいぶんと快方に向かっていた。
が、まだ全快とはいかない。
おまけに、現在は映画の撮影に参加しており、リング復帰はまだまだ先のようだった。
▼日本 長崎県北松浦郡 『ソニックキャットvsゴリラ』ロケ地
この現場では、国内ジュニアの雄・【東京女子プロレス】の《ソニックキャット》と初対面。
「お~、クイーン・サドンデスだお! 例のアレ、見せてほしいのさね」
「ソニックキャット!! アンタはコレで、DEATHっちゃいな!!」
「うわ~い、生DEATHッチャイナだお~~」
などと和気藹々といけたのだが、
「………………」
これも共演者である【パラシオン】の《桜井 千里》からは、少なからぬ威圧感を感じられた。
(うわぁ……やっぱうち、嫌われてるんやろか?)
桜井とは『ワールド夏の陣』でも手を合わせたが、反則三昧での大乱戦。
現在、ワールド女子とパラシオンは冷えた関係にあるだけに、空気が冷たいのは是非もないか。
しかし、撮影を共にしているうち、次第に打ち解けてきたのか、
「高倉さんに聞きましたが――」
高倉ケイも、チョイ役で出演していたのである。
「貴方は、鳥取出身だそうですね」
「あっ、は、はい。千里さんは、広島ですよね」
「えぇ。……勿体ない。パラシオンに来ていれば、私が鍛えてあげたのに」
「あ、あはは……」
それはそれで、ありがたいような、そうでもないような。
「っ、それにしても、千里さん、うちが言うのもなんですけど……」
およそ、芸能活動に精を出すタイプには見えない。
にも関わらず、こうしてプロレス以外のことにも取り組むのは何ゆえか?
「……出来るなら、私も修行だけに集中したいと思っています」
しかし、それだけでは、本当の強さは手に入らない気がする――と彼女はいう。
「さまざまな経験をして、新たな試練に挑戦し、人間として成長しなければ、本当に“強く”はなれない気がするのです」
ある人の受け売りですが――と、桜井千里は微笑し、
「貴方には、貴方の闘い方がある。……他人を気にせず、思うようにやってみたらどうですか」
「…………っ」
◇
――せやな。うちは、うちが正しいと思ったことをしよ。
リハビリ・欠場中の今、目立った行動を取るのははばかっていたが……
桜井の言葉に、背中を押された気がした。
彼女の目が向けられているのは、新日本女子プロレス、福岡・九州ドーム大会である。
それは、先の『ワールド夏の陣!!!~大阪城アリーナ-3days-~ニューフェイスカップ』で優勝、勝利者インタビューで
『どっこい、こんなシケたメンツが相手じゃア、優勝するのは理の当然。
こッ恥ずかしくて、優勝でござい……なんぞと喜べたものではございませんなァ――』
と煽ってみせ、さらには
『文句があるならそれも結構、いつでもかかって来なせぇ』
『こちとら天下の【新日本女子プロレス】、いつでもお相手して進ぜましょうや――』
とマイクで煽った女、〈フランケン鏑木〉こと〈鏑木かがり〉。
「……いつでも、お相手して貰おうじゃない」
ヒール同士とはいえ、己の団体の晴れ舞台であんなことを言われてはリアとしても面白くない 。
とりわけ、高倉を指して
――八百長試合で笑いをとってご満悦のワールドの芸人
と罵ったのは腹に据えかねる。
(いやまぁ、ケイちゃんのことはいいとして……)
あたかもワールド自体が八百長団体のような言い草は、聞き捨てならない。
「そもそも、あんなトーナメント……リアが参加しておけば……」
当日は自分のデビュー&ヒールターンのことで頭が一杯、乱闘にすら参加しなかったことは棚に上げるリアである。
幸い、九州ドーム大会当日は、リアの撮影はオフ。
しかし流石に、
「……ひとりで乗り込んだら、ボコボコにされそやな」
ワールド女子は只今『ワールド×ジャパンリーグ戦』ツアーの真っ最中、仲間を呼ぶわけにはいかない。
ましてや最近の新女は《越後 しのぶ》らの【ジャッジメント・セブン】が勢いを増していて、
――――すごくピリピリしてます~☆
という【寿千歌軍団】の〈大空 ひだり〉からのメールも届いている。
文面にはピリピリ感は皆無だが。
そんな所に単身乗り込むのは、無謀と言うしかない。
「……でも、リアには切り札が……」
◇
そして当日――
▼日本 福岡県福岡市中央区 九州ドーム
5万人以上の大観衆を呑み込んだ新女・九州ドーム大会。
(っ、こら、やばいなぁ……)
デビュー戦の大阪も大会場ではあったが、あれはホームという安心感があった。
どっこい、ここは完全な敵地だ。
(けど……っ)
もはや、サイは投げられたのだ。
そして興行は進み、“お目当て”の試合がはじまった。
<夜叉紅蓮残党・共食い4WAYマッチ>
《村上 千春》vs《村上 千秋》vs《サキュバス真鍋》vs〈フランケン鏑木〉
*敗者は新女を追放される
ニューフェイスカップトーナメントで優勝した鏑木なのに、この扱いの酷さはどうであろう。
ヒールユニット【夜叉紅蓮】は、トップが姿を消して以来、迷走を続け、今やメンバーは鏑木ひとり。
リング上では、すでに脱退ずみの3人が、残った鏑木に集中攻撃を加えている。
1vs3という圧倒的劣勢でありながらも、歯を食いしばって立ち上がる鏑木。
顔面が変形するほど殴りノメされ、血だるまにされても、なお倒れず、立ち上がっていく。
なおも試合という名の制裁が続く――
と、ふいに画面が暗転した。
「…………ッ?」
停電――ではない。
闇の中、大音量の爆音が鳴り響く。
これは……大型バイクの音。
「ッ!!」
スモーク煙る入場ゲートに浮かび上がる、巨大なバイクを駆る人影――
――や、八島だッ!!
――何だ、あの覆面!?
――地獄から舞い戻ったんだ! ゴーストライダー!!
「………………」
覆面の女は無言のまま、懐から取り出した【夜叉紅蓮】のTシャツを放り投げる――
と同時に、鮮烈なパイロ(火薬仕掛け)が炸裂、一瞬にして焼き尽くした。
焦げ臭い匂いに場内騒然とする中、リングにカメラが戻ると、乱入者が暴れていた。
派手なメイクに黒いドレスという、その異様な風体の女は――
「テメーらは、これでッ! Deathッチマイナーーー!!!」
ヌンチャクを振り回し、村上姉妹らを次々とリングから追い出す。
――だ、誰だ、アレ?
――よく分からんが、結構美人だ!!
『初めまして、新女ファンの皆様――――』
マイクを取り、優艶とお辞儀してみせた彼女が誰であるか、もはや問うまでもない。
『自己紹介させていただきますわ――ワタクシ、ワールド女子のΣ リアと申しますの』
――しぐまりあ? 誰?
――オレ知ってる! あのエロいねーちゃんだろ?
どうやら、ワールド以外のプロレスファンにはまだまだ認知度が低いようだった。
そして、ようやく体を起こした鏑木と対峙する。
『本日は、あちらにおられる《アドミラル闇雲》さんにご協力いただき……
鏑木さん――あなたに言いたいことがあって、ここまで来ましたわ!』
「…………ッ?」
『先日のワールド夏の陣! ニューフェイスカップトーナメント、優勝おめでとう――
そしてあのマイク――リア正直さに感心しましたわ……確かに、シケたメンツでしたものね。
それにニューフェイスは数おれど、真にその名にふさわしいのはあなたではなく――
このワタクシ、Σ リアだけですもの!
そして、我がワールド女子のことをよくも八百長なんて言ってくれましたわね?
文句があるならいつでもお相手してくれるんでしょっ! 今ここでリアがお相手しますわ!』
「!!」
リアのクレイモア(水面蹴り)が鏑木の足を払い、更に顔面をキックがとらえる――
たまらずダウンした鏑木を見下ろし、大ブーイングの中、
『……次は、ワールド女子のリングで待っていますわ!!』
と叫ぶや、リアはマイクを投げつけ、そそくさと花道を逃げ帰った――
◇
「……手を貸していただいてありがとうございます、闇雲さ…いえ、八島さん」
「………………」
入場ゲートで、リアが話しかけたのは闇雲……否、【プロレスリング・ネオ】との抗争に敗れ、欠場中の《八島 静香》である。
例の温泉で湯治中、やはり治療に訪れていた彼女と偶然知り合い、同じ山陰出身ということもあって親しくなったのだ(もっとも、リアが一方的に話しかけていただけのような気もするけれど)。
天下の新女の興行にすんなりと乱入出来たのも、新女の影番と呼ばれる八島の協力のおかげであった。
もっとも、八島には八島の思惑があったようでもあるが。
(これで鏑木さん、ワールドに来るやろか?)
Σ リアは、期待に胸を膨らませていた……
◇
【ワールド女子プロレス】(World Woman Pro Wrestling)――
日本の、老舗女子プロレス団体である。
かつては“東の新女、西のワールド”と呼ばれたほどの勢力を誇った。
その長い歴史の中では、幾度となく危機に見舞われてきた。
老舗ならではの底力もあり、これまで難局を乗り切ってきたわけだが……
「……ちょっと、ヤバいかも、ね」
痛々しい包帯姿の《ファルコン香月》が、冴えない顔で言った。
ワールド女子が威信をかけて開催した『第一回ワールド×ジャパンリーグ戦』――W×Jリーグ。
結果だけ見れば、神楽がドイツの強豪《ノーラン・ワンツ》を下し、優勝を果たした。
が、興行的には――
プロレス史に残る、記録的な大失敗と終わった。
当初予定していた大物レスラーのブッキングに失敗したり(《ダークスターカオス》やスナイパーシスターズなど)、主要レスラーが負傷したり(《メデューサ中森》、香月)といった事態に加えて、寿文化総合ホール大会にいたってはダブルブッキングが発覚、急遽大会が中止になったり――と、惨憺たるありさま。
当然、観客動員も厳しく、各会場には盛大な閑古鳥が鳴いた。
(これはマッチメークの問題もあるが、大規模イベントに慣れていないフロント側の不手際も大きかった。チケットの手配ミスなどの問題も多々起きていたのである)
開幕戦:東京都=『有明スポーツアリーナ』(観客数:1000人(主催者発表)/収容人数:20000人)
(2):宮城県=仙台市グランドアリーナ(観客数:700人/収容人数:10000人)
(3):北海道=キター!!アリーナ(観客数:1700人/収容人数:10000人)
(4):愛知県=名古屋レインボープラザ(観客数:1400人/収容人数:/12000人)
(5):大阪府=門真なにわドーム(観客数:1500人/収容人数:10000人)
(6):京都府=寿文化総合ホール(中止)
(7):福岡県=福岡ポートメッセ(観客数:1000人/収容人数:15000人)
最終戦:広島県=若鯉Zun-Zunスタジアム(観客数:13000人/収容人数:33000人)
一応、最終戦はそこそこの動員を果たし格好はついたが、それも招待券を大量にバラまいたおかげとあっては是非もない。
結果、どうなったかと言えば――
――ワールド女子、解散!!
――ワールド女子、よくて身売り!!
そんな報道が、日々メディアを賑わせるようになった。
実際、既に“買い手”は名乗り出ているという。
それが《寿 千歌》の寿グループであると判明しても、さほど世間は驚かなかった。
「伝統ある老舗団体・ワールド女子プロレスを守ることは、プロレス界の義務というものですわ――――」
千歌はそうのたまったが、ワールド側、とりわけ選手たちの感情は収まるものではない。
「盗人猛々しいにもほどがあるんじゃない、センカちゃん――」
神楽紫苑が吐き捨てるのも無理はなかった。
そもそも、W×Jリーグの開催には、寿グループからのプッシュも多々あったのである。
カオスのブッキングや、他の大物レスラーを招聘するに当たっても、大きく関与することになっていた。
が、いざ本番となると、カオスはもとより、知名度のあるレスラーは全く呼べなかった。
のみならず、寿グループの仲介で提携したWWCAからも、人気選手は派遣されずじまい。
そこにワールド自体の問題が重なっては、成功などしようはずもなかった。
(最初から、ワールドを潰す気だったってこと? ……)
そんな風に考える者が少なくないのも、道理。
ワールド夏の陣に全面協力し、成功に導いたのは、つまるところ……増長させるための、布石であったか。
ともあれ、ことここに至っては、何もかも手遅れ。
ワールド女子のレスラーたちは、己たちの行く道を、いやがうえにも見定めなければならない事態に立たされていた……