「ひときれのパン」 ・・なんだか、そんなタイトルだったような、気がします。
* * *
第二次世界大戦中のお話でした。
ユダヤ人の男性が、ドイツから逃げていて、
その逃げる途中に、ご年配の男性に会います。
飢えていた二人ですが、別れの際、
その(ユダヤ人の)男性は、同じくユダヤ人の年配の男性から、布きれに包まれた 「かたまり」 を 渡されます。
その 「かたまり」 は、「パン」 だと云われ、
「逃げ切れたことが確実にわかるまで、布を開くな」 と、云われます。
男性は、飢えに耐えながら、布の外側から指でそのパンの形をなぞり、
「食べたい」 「食べてしまいたい」 「今こそ、食べよう」 と、何度も思いながらも、
「オレには、いざとなったら、このパンがある」 との思いが、その男性の支えになっていました。
そして、ドイツ兵に会うなど、幾度かの危機を乗り越えます。
それから、何日かをかけて、自宅に帰りつき、
奥さまとの感動的な再会を果たしたその男性は、
キッチンから流れてくる、奥さまの手料理の匂いに包まれながら、
年配の男性から渡された 「かたまり」 の 布を開きます。
そこに現れたのは、 「木片」 でした。
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国語か、道徳の教科書にあったお話でした。
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「そのとき」 ・・・・ わたしは、↑ このお話を思い出していました。
10年くらいまえの、職場帰りのスーパーのなか。
菓子パンの並ぶコーナーでした。
明日はお休みの日だったので、何か甘くて美味しい菓子パンを
食べてみたくなったんです。
スーパーの中はとても混んでいて、レジには大量の人々が並んでいるのが見えました。
「早く選んで帰らなくちゃ」 と、思いながら、私は、パンコーナーの棚を
ひとつ、ひとつ、見ていました。
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気が付くと、時計は20分もの時間が流れていました。
どの菓子パンも美味しそうだったけれど
これを買うのを何回か我慢すれば
何かの足しになることもある、…と、感じました。
* * *
そして、私は、何千万円ものローンを組んだ、マンションに帰りつきました。
* * *
今、実は、ダンナの体調があまり良くありません。
ダンナの母が、幾らかの財産を残してくれたので、
今、ダンナが無職であっても、なんとか、やっていけていますが、
それも、もちろん、無限ではないし、
来年は三回忌、今年のお盆の帰省もしたいし、
先日に亡くなった、ダンナの叔父の法事にも行きたいし、・・・
いまは、旅行といえば、帰省になっていますが、
行きたいところがあるんです。
「橿原神宮」
奈良県だそうです。
伊勢神宮へも、また、行きたいナ・・☆
Ray
おかえりなさい
教科書の物語(小説)
授業のときよりも
いま手にしたときのほうが
心に滲みる
「ひときれのパン」(実は「木片」だった)は
危機や困難を乗り越えて行く
希望だったのかな
心の拠所である地に行きたい
それは小さな倖せであり希望でもある
ドン子です ♪
欲望に優る、友との約束の重み。
オイらには到達出来ない仁義を思いました。
「
声、届いたかナ~~?
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教科書。
ほんとうに、今こそ、読みたいと思います。
…特に、小学生・中学生のころの。
だけど、引越しのたびに、父が捨ててしまったんです。
このお話も、国語の教科書だったのか、道徳の教科書だったのか・・?
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このお話は、戦争が背景にあったし、
過去のこと、未来のこと、現在のこと、
人のこころや、希望や、・・いろいろを考えさせられて。
もし、感想文を書く時間があったら
子ども達それぞれが、いろいろな切り口で、文章を綴るのではなかな。。と、感じます。
今も載っているのでしょうか・・このお話、教科書に・・
第二次世界大戦のことは、本当に何十年も遠くなってしまったし、
今は、震災などの災害からのお話が、教科書に、
載っていたりするのかもしれないなぁと、思ったりしています。
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こちらの方の今回の冬は、本当に雪の積もらない冬でしたけれど
だけど、今回の春は、例年よりさむ~い気がします。
…星光輝さま・・お元気にお過ごしでいらっしゃいますか?
旅にでたとき、案外、すれ違ったりするかも?ですね☆
Ray
夜ですね~☆
サンギ?
サンギって・・から揚げのことなんですね。
いま、ネットで調べました。
言葉って、本当に生きていて、ふしぎですね~☆
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「走れメロス」
冒頭の部分が、それこそ、たしか、高校の教科書に載っていました、国語の。
約束
友情
友情・・を、考えるとき。
人として、どうあるべきか、と、考えていることがあります。
職場の中でもそうですけれど、
時おり、「人としてどうあるべきか?」と、考えることがあります。
そして、結果として、我慢してしまうことがあります。
我慢は逃げ、かも知れないと、思うこともあって
難しいです・・
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通勤時間が、睡眠時間になりがちな私ですけれど
この時間が読書になれば・・と、思うのですが、なかなか・・(・・;)
Ray
へぇ。
どこか見どころみたいなのがあるんでしょうか。
興味深々。(^^♪
我慢は少しだけ息抜き程度に開放してあげてもいいのかもしれません。
「その少しだけ」が「小さな幸せ」に繋がることもありますから。
昨夜は、職場から帰宅→ご飯をつくって食べる→10時ごろにお布団に入り、今日は起き出したのが10:30。
最近は、夜、起きていられなくて、朝、3:30頃に起きて、お風呂に入って出勤したりしています。
・・自称夜更かしなのにぃ~夜、起きていられない~(・・;)
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ダンナの数代前が、神主さんだったんです。
だからでしょうか?
ダンナも私も、寺社巡りが好きなのですけれど、
ダンナはどちらかというと、神社が好きらしいです。
で、一番好きだったのが、「伊勢神宮」だったのですけれど
ダンナが何かで見て、行きたくなったのが、「橿原(かしはら)神宮」でした。
天皇陛下もお詣りしていらっしゃるらしいです。
伊勢神宮同様、緑豊かな景色の中にあるみたい。
奈良県だから、伊勢の地域より近い?でしょうか?車で行けそう♪
あれ?…ダンナの叔父が亡くなったから。。喪中になるのかしら?
だとしたら、行けない?
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私は、自分が「ずっと我慢してきた」 と思っていて
それがプライドみたいになっていた感じがします。
だけど、数年前から、「我慢はラクなのかもしれない」 って、思うようになりました。
だけど、からくさんの 【 「その少しだけ」が「小さな幸せ」に繋がることもありますから。】 というお話は
私にとって、「とても新鮮」 でした。
昨日も、お昼の休憩中、ぼんやりと、休憩室から見える桜を眺めながら
からくさんからのお話を考えていました・・
Ray