
月が来る!
夜空にぽっかりと浮かぶ月。
空気が澄んで、しかも雲も見当たらない時の夜空の月は、実にきれいだ。
ロケットがなかった昔の時代から、人はそんな月を見上げては、様々な思いを抱いてきたことだろう。
現代人の我々がそうであるように。
特に満月か、もしくは満月に近い状態で見えている月が、くっきりと夜空に浮かんでいるのを見ると、私は妙な妄想を持ってしまうことがあった。
それは例えば・・
あの月がもしも、ある日突然、あの位置から急に地球に向かって来たら?
・・ということだったりもした。
もしもそんなことが本当に起こったら、地球に月がつっこむ形になり、地球も月も一巻の終わりだ。
当然、そこに住まう生物も自然環境も全て消滅。
きっと衝突の衝撃で爆発し、宇宙に大きな花火が現れるだろう。
その爆発でおこる現象は、文明の進んだ生物が住むどこかの星の天体観測員が「星雲」として認識するのかもしれない。
もしも、月が地球に向かってくる速度が光速だったら、わずか1秒ちょいで一気に地球に到達することになる。
そんなことになったら、人類は何の準備もできないだろう。一瞬の出来事で全てが消滅し、宇宙のチリの一部になって、宇宙空間を意思もなく漂うことになるのだろう。
生物は、霊にすらなれないかもしれない。
いや、霊が意思のエネルギー体なのだとしたら、無数のエネルギー体が散り散りになって宇宙空間をさまようのかもしれない。
いや・・それ以前に・・・わずか1秒ちょいで両星が消滅してしまったら、生物は自分が死んだということや、滅亡したという自覚すらできていないかもしれない。
形のない、単なるエネルギー体と化した生物の意識は、自分がまだ生きているようなつもりで、宇宙空間をさまようのかもしれない。
宇宙の広さは無限クラスなのだとしたら、そんな場所では、一度はぐれた生物は、もう永遠に再会できないことだろう。
一方、もしも月が光速のスピードではなく、ゆっくりゆっくりと地球に近づいてきたとしたら、それはそれで大変ではある。
その「ゆっくり」さが、途方もなく時間がかかる速度で、それこそ何百万年か、あるいはそれ以上ゆっくりなのだとしたら、その運命は未来人に託すしかない。
だが、もしも、人の一生に間に合う程度の「ゆっくり」さだとしたら?
例えば数十年、あるいは数年で地球に追突してくるとしたら?
その間に、相互の引力や、その他の理由で、様々な天変地異が起きるはずだし、そういうことがあると、人間の心も変わるだろう。対応策も考えるだろうが、文明がその天変地異をクリアできるほどの進歩は、急には難しいだろう。
だとしたら、人間たちの心は荒んでいってしまうか、あきらめによる絶望で無気力になっていくかもしれない。
そうなると、月が地球に追突する前に、精神面で人類は滅亡してしまうかもしれない。
・・・・と、まあ、随分飛躍してしまったが、空気が澄みきって、雲もない夜空にくっきりと浮かぶ月を見てると、随分地球から近く見える。
近くに見える大きな月を見てると・・・ふと、上記のような妄想を持ってしまったことが・・・ある。
まあ、こういう妄想は、これまでに色んな人が持ったことがあってもおかしくないし、そうなると、そういうネタの物語だって、すでに作られているかもしれないね。
ともかく・・
月と地球の距離は、広大な宇宙にあっては、かなり近い。
月と地球は、引力などで互いに影響を及ぼし合っている。
そして、月は、古くから人間が見上げて、人は月に対して様々な空想をめぐらせてきた。
その中には、夢のある空想も多い。
日本だけでも、かぐや姫や、月のうさぎなど。
月のうさぎなどは、私の自作曲の題材にもなったぐらいだ(笑)。
地球にとって、もっとも身近な天体、それが月であることは間違いない。
アポロ宇宙飛行士が月に降り立って、月面を歩いた時は、世界的に大変なニュースになった。
その一方で、そのニュースを知って、例えば劇画「巨人の星」の主人公などは、人間が月面を歩いたことに少し複雑な思いを持ったようで、月はできればそのままにしておいたほうがよかった・・みたいな心境を吐露した場面もあった。
おそらく、実際の人類の中でも、それと同じような感覚を持った人もいたにちがいない。
とりあえず言えるのは、いずれ人類が月に気軽に行ける時代が来ても、地球上の国同士の闘争を、月にまで持ち込んでほしくはない・・ということだ。
そんなことしたら、月だっていつか怒って、地球に向かってくるかもしれない。
その時は・・・まさに「運のツキ」なのだ。
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