加藤諦三さんの本で「高校生日記」という本があった。
高校の頃に読んだ記憶がある。
これは、高校生カップルの交換日記を本にしたものであった。
交換日記。
今ではその言葉すらあまり聞かなくなった。
というか、交換日記という言葉は、今じゃ口にするだけでも恥ずかしい感覚がある。
こう思うのって、私だけ??
仮に私が言ったとしても、パロディみたいな扱いでしか言えないかも。
「高校生日記」を読んだ時、自分も好きな子と交換日記をしてみたいなあ・・などとしみじみ思ったもんだった。
だが私は、交換日記なるものは、一切やったことがない。
今の平成の世で、交換日記をしてる十代のカップルって・・どれくらいいるのだろう。
交換日記という交流手段、今もあるのだろうか。
今じゃ、メールというものがあるし、コミュニケーションは気軽になった。
交換日記というものは、手紙のやりとりに近いイメージがあった。文での会話に近いメールとは、ニュアンスがちょいと違う。
でも、今時の若いカップルは交換日記などという手段は使わずに、メールでやりとりしてるんだろうね。
そういや、高校の時、校内で有名なカップルがいた。
目立っていた。いつも一緒だった。
しまいには、卒業アルバムの校内スナップにも、そのカップルはツーショットで写真を載せられてしまった。
なんか噂によると、卒業後そのカップルは別れてしまったという。
学校時代、そのカップルを見る度に、「このカップルは交換日記とかかわしていそうだなあ」と私は思ってた。
そう考えると、羨ましくてしかたなかった。
まあ、実際に彼らが交換日記をかわしていたかどうかは分からないけど、加藤諦三さんの「高校生日記」という本の内容を、私はそのカップルにイメージをオーバーラップさせていたのは事実だ。
交換日記は、やはり、十代のカップルのイメージがある。
メールが普及した今、交換日記なるものをかわしてるカップルって・・・いるのだろうか・・・。
自分の中では「死語」と化している言葉ではあるが・・。
「昔、僕は交換日記を彼女とかわしていたよ」なんていう人がいたら、話を聞いてみたい気もするが、シャクだから聞きたくもない気もする(笑)。
だって、それって、ちょっとした自慢になるもの。今となっては貴重な体験だろうし。
でも、・・年をとって、それを読み返したら・・・相当恥ずかしいだろうね(笑)。
ちなみに私、中学の頃「交換日記」というタイトルで曲を作ったことがある。恥ずかしい~~~。
実体験もないのに、まさに「妄想の産物」だったなあ。
今思うと、よくそんな歌詞が書けたものだ・・と思う。まったく。
それはそうと、前述の高校時代の「校内で有名だったカップル」。卒業後に別れてしまったんじゃ、高校の卒業アルバムなんて中々見れなかっただろうね、当初は。ツーショットの写真が載せられているんじゃ、ちょっとねえ・・。
今では・・たまに見ると「胸キュン」なのかな。
でも、家族には絶対に見せられないだろうなあ。
「ふ~ん、あなた、高校時代はこういう子と付き合ってたの。ふ~ん。」だの
「俺とつきあう前は、こういうヤツとつきあってたのか。どこまでいったんだ?」だの(??)。
「ねえママ、どうしてこの人と結婚しなかったの?」だの
「オヤジ、こんな写真載せられて、恥ずかしくねえの?」だの。
「こんなの、見つからない場所に隠しておきなよ!」「こんな写真、見たくないよ!」だの。
おお、ハズカシ・・・。
卒業アルバムに載っていたんじゃ、処分するに処分できないもんねえ・・。
しかも!
昔付き合った相手との、そのツーショット写真が、いかにも「付き合ってました」みたいな感じの内容で写ってたら、なおさらねえ・・。
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