天上天下唯我独尊

夢に生き、夢のように生きる人の世を
憐れと思へば、罪幸もなし・・・

国家Ⅱ 1

2007-07-04 15:17:34 | アルキビアデスⅢ


ソクラテス「やあ、アルキビアデス。いい天気だね」
アルキビアデス「おはようございます。本当に雲ひとつないお天気で」
ソクラテス「いや、これだけ雲ひとつない空をみると気分もいいし、何だか頭の中がすっきりしているよ」
アルキビアデス「おっしゃるとおりですね。ところでソクラテス、どこへ行こうとしていらしたのですか」
ソクラテス「どこへということもないのだが、のんびりと散歩して、君に出会ったら議論でもしようかと思っていたのだよ」
アルキビアデス「とすると、私は能天気にもこの陽気に誘いだされて、まんまとあなたにつかまってしまったというわけですね」
ソクラテス「そのようだ」
アルキビアデス「どうか、ソクラテス、お手柔らかに願いますよ」
ソクラテス「いや、こちらこそそう願いたい」
アルキビアデス「で、今日は何について議論しましょう」
ソクラテス「ずばり、<国家>だね」
アルキビアデス「またそんな大物を、何の準備もせずに論じるのですか」
ソクラテス「何の準備もしていないなどと、君はよく言ったものだね。君はこの間多数決を完全に否定したのだから、国家の在るべき姿についても考えている筈だよ」
アルキビアデス「確かに私は多数決を、つまり民主主義を否定しました。しかし正直に申し上げると、民主主義に代わる体制というものまで考えていませんでした」
ソクラテス「それが本当ならばよくないことだよ、アルキビアデス。家を壊すときには、新しい家や仮住まいを用意しておかねば、みなが野宿することになってしまうだろう」
アルキビアデス「おっしゃる通り。でもこれは私一人の力で成し得るものではありません。あなたと共に一から考えなければならないと思っておりました」
アルキビアデス「とすると、君も今回の議題を待ち望んでいたということになる」
ソクラテス「そういうことになるようですね」
ソクラテス「では、まだお昼前だし、時間はたっぷりある。念入りに新しい設計図を描いて行こうではないか」
アルキビアデス「わかりました。しかし、今日の議題はあなたが進めてください」

2.
ソクラテス「では、アルキビアデス、早速だけれども、僕たちが<国家>というものを論じるならば、どこからどのような方法で進めていったらよいだろうか。つまり、国家には大まかにわけると既に民主制と君主制と共和制があって、そのそれぞれの特徴を詳細に比較し、そのどこが優れていてどこに欠陥があるかという方法かね。それとも、そもそも国家とは何のために在るのかというところからはじめて、どのように在るべきかという結論に持っていく方かね」
アルキビアデス「そのように仰られるなら私も覚悟を決めて、後者と答えなければなりますまい」
ソクラテス「そう言ってくれて嬉しいよ。ではまず、国家とは何なのかということだが、これについては『その有する地理的領域内で統治の行われている共同体である』と取り敢えず僕は答えるが、君は異存があるだろうか」
アルキビアデス「いいえ、とても模範的な回答だと思います」
ソクラテス「ではこの中で最も大切なのは、どこだろうか。すなわち<地理的領域>だろうか、それとも<統治>であろうか、<共同体>だろうか」
アルキビアデス「どれも国家に欠くべからざる条件だと思いますが、中でも<統治>が一番大切だと私には思われます」
ソクラテス「つまり、国家とは何はともあれ統治を行っていなければならないということかね」
アルキビアデス「そうです。なぜならどれだけ広大な領地をもっていても、人が一人もいないならば、とても国家とは言えますまい。またどれだけ莫大な人民がいたとしても、統治が行われていないならば、これは共同体とは言えず、国家とも言えないでしょうからね」


ソクラテス「なるほど。では、そもそも統治とはいかなるものだろうか。何故それが行われなければならないのだろうか」
アルキビアデス「まず第一に、統治によって国力を動員できなければ、異民族などからの侵攻に対して領土や人民の生命財産を守ることができないからでしょう。次に統治によって国内での犯罪の抑制ができなければ、人民の生活や安定した生産活動は維持できないからでしょう」
ソクラテス「なるほどね。でも、今の話は要するに、人間が自分の欲望を満たすためには手段を選ばない、愚かで邪悪な動物だから統治が行われるということであり、仮に人類がこれから何かの拍子で賢く善良になったとしたら統治は必要なくなるということになるね」
アルキビアデス「確かにそうですね」
ソクラテス「本当にそうだろうか。国家の領土や人民の生命財産に対する脅威というのは人間の行いだけなのだろうか。この世には人間よりも恐ろしい脅威が沢山あると僕は思うよ。例えば、飢饉であり、噴火であり、大地震であり、竜巻であり、洪水であり、疫病だ」
アルキビアデス「なるほど。これらは人類が賢く善良になっても人類の脅威としていつまでも残るでしょうね」
ソクラテス「それどころか、豊かな生活を与えられたことで大人しくなっていた人間たちも、そういった自然の途方もない力によって何もかも失ったとしたら、またヤケクソ暴慢な振る舞いをするようになるかも知れないよ。丁度、猛獣が大人しくしているのは満腹で眠いからであって、また空腹になればすぐに群れをなして獲物を探し始めるのと同じように」
アルキビアデス「その可能性は大いにあります。ということは、統治というのは人間からの脅威だけでなく、自然をはじめとする人間以外の脅威からも領土や人民の生命財産を保護する必要があるということになりますね」
ソクラテス「そういうことだ。寧ろ人間以外の脅威に対する備えの方が優先されるべきだと思うよ。なぜなら、隣国と戦争が始まってあと一歩で勝利するところまで来たのに、災害が発生してすぐに引き返す羽目になったらすべて水の泡だからね。
いずれにしても僕たちは統治の最も根本的な目的を見出したと思う。それは、『個々の人民では対応できない様々な脅威に対する備え』ということだ。だから、国家とは『ある地理的領域内に存在する人民の生命財産保全のために統治が行われている共同体である』と新しく書き加えるとしよう」


アルキビアデス「なるほど。随分と早い展開となりましたね。しかし、ソクラテス、今一度この定義を検討してみましょう。国家が統治によって保全すべきものは、ある地理的領域内に存在する人民の生命財産だけで本当によいのでしょうか。と申しますのは、ある地理的領域内に存在するのは人間だけではないでしょう。つまり人間以外にも存在するものがあり、それは森林であったり、河川であったり、植物であったり、資源であったり、動物であったりします。それらに対する保護は行われなくてもよいのでしょうか。また人民の生命財産保全のためならば、人民や国家は自然に対してどのようなことをしてもよいのでしょうか」
ソクラテス「如何にも現代的な視点だね、アルキビアデス。確かに君の言うとおり、この地球は人間のために在るとは限らず、寧ろ地球のために人間は存在しているのかも知れず、或いは単に地球という途轍もなく巨大な生き物の背中に生える体毛、もしくはそこで飛び回る虱みたいなものなのかも知れないからね」
アルキビアデス「そうです。それに人間というのは人間だけでは生きれない、つまり大地や水や光や空気や植物や動物などがあってはじめて生きてゆけるのであってみれば、そういったものを守るということは取りも直さず人類の生命財産の保全ともなるわけですし、それを守らずに人類の生命財産を守るというのは、家を守らずに家財を守ろうとするようなもので、おそらく不可能なことだと思われるのです。そもそも人類自体が自然から派生したものと考えられますし、またその財産にしたって自然の中から得たものであってみれば、自然の生命財産を守るということと人類の生命財産を守るということは同じことである筈です」
ソクラテス「でも、自然の生命財産を守るということと人類の生命財産を守るということは本当に一致するのだろうか。というのは、生きている限り我々は何かを食べねばならず、また着る物や住む家も必要としてしまうのだけれども、それらを得るためには君の言うとおり自然からその生命や財産を奪わねばならないだろう、例え農業生産をするにしたって、それには土地や水が必要なのだからね。また我々だけでなく、ほかの動物たちも何かを食して生きている。だから何者かが生きていくためには何者かが犠牲にならなければならないという自然の摂理がある以上、全ての生命財産を守るならば全ての生命財産が失われることになる筈だよ」
アルキビアデス「確かにあなたのおっしゃる通りです。なるほど、私はどこかで推論を誤ってしまったようです」
ソクラテス「誤っているのではないと思うよ。ただ行き過ぎてしまっているだけだと思う。それにね、アルキビアデス、我々人類がたとえ自分たちを犠牲にして自然を守ろうとしてみたところで、野生の動物たちはそんなことには無頓着で自然の営みを続けるだろうし、そもそも生きているものは必ず死ぬという絶対不変の決まりがある。また地球が生きている限り続く火山活動などは全く容赦なく植物や動物たちの生命を奪ってしまうだろう。そういう自然の営みというのは妨げてはならないものだし、それを妨げる行為は自然を守るどころか害を与えていることになると思うんだ」
アルキビアデス「でも、ソクラテス、自然の営みを為すがままにしておくというのであれば、例えばあなたが言われた大地震や、洪水や、竜巻などの自然災害から人民を守るというのも実際は自然を妨げていることになりませんか。また究極的には我々人類も自然の一部だと言えないこともないのですから、人間相互で弱肉強食のようなことが起こっても手出しはできないということにもならないでしょうか。またそういった自然の脅威や人間の悪業から人民の生命財産を守らないのであれば、統治とは言えず、国家など必要ないような気がするのです」


ソクラテス「君が言いたいことはわかるよ、アルキビアデス。でも大地震とか洪水とか竜巻というのは、単なる現象であって、生き物を殺戮するために発生しているわけではないと思う。だから、もしそれを予知したり、回避することが可能ならば、そうすることは何ら自然を妨げていることにはならない筈だよ。
また、僕たちはつい忘れてしまうけれども、自然というのは全ての生き物に対して、自らの生命を継続し、次に継承することを要求している、必ず死に、何ものかは犠牲にならねばならないというのにね。また自分の属する種族の危機に対しては自己を犠牲にしても存続を図ることまで要求する。
だから僕たちは個々が永遠に生き続けることは不可能だけれども種族として存続するよう無駄な争いは避け、寧ろ協力していかねばならない。もちろん君の言うとおり、闇雲に自分たちの繁栄ばかり考えて他に犠牲を強いていると、結局は自分たちの存続も危うくなってしまうけれどね。
だけどね、一番大切なのは、自然というのはすべて自らの力によって存在し続けてきて、さらに高度なものになってきたのであってみれば、自然の自立を妨害することは弱体化させることになりかねないということだ。
だから結局、人類はさまざまな知識や能力を身につけ、さらに共同体を構成してどれだけ大きな力を得たとしても人類は自らを守ることだけが許され、或いは要求されているのであって、他のものに干渉することまでは許されていないと思うんだよ」
アルキビアデス「なるほど、干渉する権限がないと言われてしまえば異論の挟む余地がありません」
ソクラテス「だからね、アルキビアデス、君が言う自然を守るということに関して言えば、まるで地球の主か何かのように思いあがり、自分たちだけで生きていけるかのように勘違いしている愚かな人類の振る舞いから、人類のために守るという範囲では許されると思う。
それ以上は許されていないし、また必要もないと思う。自然は人間とは違って愚かではないし、人間が思っている以上に逞しいからね。神が滅びを定めたときには人間の力などではどうにもならないだろうしね」
アルキビアデス「わかりました。これで納得がいきました」

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