天上天下唯我独尊

夢に生き、夢のように生きる人の世を
憐れと思へば、罪幸もなし・・・

国家Ⅱ 2

2007-07-04 15:18:27 | アルキビアデスⅢ

6.
ソクラテス「では、アルキビアデス、ここでいよいよ君は、国家とは『ある地理的領域内に存在する人民の生命財産保全のために統治が行われている共同体である』という僕の定義に賛同してくれるだろうか」
アルキビアデス「ソクラテス、あなたの足を引っ張るつもりはありませんが、もう一点だけ確認をさせてください。国家というのは保全のためにのみ構築されるべきなのでしょうか。つまり人民の生命財産の増進のためであってはならないのでしょうか。私が思うに<増進>という言葉には<保全>という意味も含まれていると考えられ、寧ろ増進させることで減退の危惧を減らせると思うのですが」
ソクラテス「いいところに気付いてくれたね。ただ、足を引っ張るなんて言わないで欲しい。それどころか僕の歩んだ道に躓く石や穴が残っているのを取り除いてくれていると思っているから、疑問があれば遠慮なく追及してくれたまえ。
ところで、今君が使った<人民の生命財産の増進>という言葉は、一体どういう意味を持っているのだろう。それは量的なものなのか、それとも質的なものなのか。例えば果実のようなものの量的な増加を図れば、質の低下は避けられないだろうし、質の向上を図れば、量の減少は避けられないと思うのだが。また仮に、質の低下を来さずに量を増やすことができたとしても、それによって一つ一つの価値は低下することになるだろう」
アルキビアデス「なるほど」
ソクラテス「それにね、質量共に向上させることに成功したとしても、それによって寿命が短くなってしまっては元も子もないと思う。つまり人口が増大し、生活水準も向上したとしても、それによって滅亡を早めることになっては何の意味もないだろう。実際、健康な木に栄養剤を与えれば、一時は急激に繁茂したり沢山の実をつけるようになるけれども、それによってダメになることがあるのはよく知られているからね。
国家や民族の場合も、これまでの歴史を見れば、他民族まで支配するほど繁栄を遂げたものはその後瞬く間に衰弱したり、時には滅びているということがわかると思う。結局、人類という種族にしても個々の民族にしても一つの生命体であり、自然に成長していくのであってみれば、成長を急がせようとして薬を与えたりすると、かえってそれが原因で病になって、衰弱してしまうと考えられるんだ。
そのようなわけで単に言葉の問題ではなく、その本質として<増進>とか<繁栄>というのは<保全>とは必ずしも一致しないどころか、相容れないものである可能性もあるから、それを国家の目的に掲げることはできないと思う」
アルキビアデス「なるほど、わかりました」
ソクラテス「しかしながら、その国家という一つの生命体の<健康の増進>というのであれば、それは寿命をすり減らすことではなく、寧ろより長生きできるようにするだろうし、成長を促すことにもなるだろうから、とてもよいことだと思うし、また必要なことだとも思う」
アルキビアデス「具体的に、国家の健康の増進とはどのようなことだとあなたは考えておられるのですか」
ソクラテス「それはね、今はまだはっきりとは言えないけれども、人民の絆を固める家族愛とか友情とか隣人愛とか同胞愛などの深まりだと僕は考えている。国家に人民同士の争いがないということは当然のことであるのだけれども、それだけでは恐らく国家という共同体はいつまでも維持できないと思うからね。というのは人民相互の絆がしっかりと結ばれていなければ、苦難に陥っている人がいるのに誰も助けようとしなかったり、ひとたび国難に陥ったときには人民の離散ということが起こり得、それは共同体に取り返しのつかない衰退を齎すことになるだろうからね。そうなってしまえば、もはや国家は消滅したも同然で、人民の生命財産の保全どころか種族の保存さえも遂行できなくなるだろう。
これこそまさに急激な繁栄を遂げた国家がほとんど一瞬にして消滅する原因であったのではないかと僕は思っている。つまり人口も財産も増したけれども、国民相互の絆は結ばれておらず、それどころか家族の絆までずたずたに寸断されていて、生命の継承保存さえできなくなったというわけだ」


アルキビアデス「わかりました。おかげさまでようやく私も国家の本来の目的というのが理解できたようです」
ソクラテス「では、アルキビアデス、その地理的領域内に存在する人民の生命財産を保全するためには、国家はどのような仕事をしなければならないのかそれを考えてみたいと思うのだが、その前にそもそも人民の生命財産とはどういったものなのかそれをはっきりとさせておこう。というのは、それは単に<生存している事実>と<所有している物体>に過ぎないのか、それともほかのものも含むのかということだが」
アルキビアデス「それは私がお引き受けしましょう。まずこの生命というのはそれだけでは存続できないもの、つまり動物においては肉体と精神が必要であり、肉体に関して言えばそれを維持する水や食料からはじまって運動や休息、衣服や家屋などが、さらに衣服や家屋は材料となる資源のほかに知識や技術を必要としていて、知識や技術は研究と伝承が必要です。
次いで精神は健全性を保つために理性や学習などが必要なほか、生きていくためには記憶、想像、忘却、そして夢や希望や欲望といったものも必要としています。このように肉体と精神が必要とするすべてのものの係累を挙げれば、生命はかなり多くのもの必要としています。
さらに生命は突然発生するものではなく、父母先祖がいてはじめて現在の生命があり、また子孫によって伝えられるものであってみれば、その継承を成就させるには男女の愛や親子の愛が、それが生じるには健全な倫理観なども必要と言えるでしょう。
そして財産というのは、今挙げた生命を維持するために必要なもののほか、人民にとって大切なもののこと、それは子供のころの思い出かも知れませんし、先祖伝来の仕来たりかも知れないし、美しい自然の風景かも知れないし、また地域の人々で催すお祭りとかかも知れませんが、そういったもののことではないかと私は思います」
ソクラテス「実に見事な展開で舌を巻いてしまったよ。この定義上の<人民の生命>という言葉は<必要なもの>のこと、<人民の財産>とは単に個々や公共が<所有しているもの>に限らず、<大切なもの>のことだと言うのだね。まるで山から山へ飛び移るような飛躍だね。この調子だと僕の出番はなくなってしまうね。でもアルキビアデス、大事なものを忘れているよ」
アルキビアデス「それは何でしょう」
ソクラテス「今君が挙げた人民の生命財産を守るもの、すなわち国家であり統治だよ。これも人民の生命財産の保全のためには必要なものではないのかい。もし必要でないならば、もうこの時点でこの議論は終了してしまうのだが」
アルキビアデス「そうでしたね、肝心なものを忘れていました。すると国家が成立し、人民の生命財産を保全する力を維持するのに国家が必要とするもの、人員、機関、資金、権威、法律などもすべて、国家が統治の目的とする<人民の生命財産>という言葉の中に集約される、ということになりますね」
ソクラテス「その通り。しかしそれはあくまでも、国家が<人民の生命財産の保全のために統治を>行っている限りであり、たとえば専制君主などが人民の生命財産を損なっているのであれば、それは国家が保全すべき対象ではあるとは言えなくなるだろうけどね。いずれにしても、君のおかげで<人民の生命財産>というのは、有形無形を問わず国家にあるほとんどすべてのもの含むということがわかった。では次に、それらに対する脅威というのはどのようなものがあるか、これに関してはアルキビアデス、僕にもわかるようにゆっくりと説明して貰えると助かるのだが」


アルキビアデス「わかりました。ではまず、以上に挙げたものに対する直接的な脅威としては外国からの侵略であり、国内で発生する略奪や殺人、暴力、詐欺などの犯罪であり、また飢餓や疫病であり、干ばつや洪水、竜巻、大地震などの自然災害などが挙げられるでしょう。間接的なもの、つまり人民の生命財産を保全する国家の機能に対する脅威としては、外国による政治的干渉、国内の権力争い、権力者の横暴、税金の未納、国民の不満や不和、さらに放逸や不従順などがあると言えるでしょう。」
ソクラテス「どれもこれも一筋縄ではいかない大問題だね。序に言うと、犯罪でも自然災害でもないかも知れないが、火事も大きな脅威だね」
アルキビアデス「そうですね」
ソクラテス「では面倒だけれども、一つ一つ片づけていこうと思うのだが、まず侵略というのはどのような行為であり、それに対して国家はどのような仕事をすれば防ぐことができ、その危惧を減少させることができるのだろうか。というのも<人民の生命財産>というのが単に生存と所有物に限らず、君が先に述べたように知識や技術とか、理性とか倫理観だとか伝統行事だとかにまで及ぶというのならば、単に目に見える国土や人民が傷つけられたり奪われたりしなければいいわけではないからね。丁度、城を守るには城の正門を真昼間だけ見張っていればよいのではないのと同じだ。裏門や通用口はもちろん、堀を埋め立てて塀を打ち破ってくるかも知れず、空や地中から攻めてくるかも知れず、内通者が夜中に火を放つかも知れないからね」
アルキビアデス「仰る通りです。侵略というのは必ずしも軍事力による国土接収や人民の虐殺や奴隷化、財産の略奪という形ではなくて、表面上は平和友好的に装って例えば自国のものを高く売りつけるだけで買いはしなかったり、ごっそり買ってもひどく理不尽な価格であったり、或いはもっと直接的に、人民を大量に送り出して永住させるなどの方法もあります。
でももっと恐ろしいのは、低俗卑劣な文化を送りこんで他国の民心を堕落させ、その上に成り立つ文化や価値観、道徳などを滅ぼした上で、自国の文化を植えたり売りつけるという手法です。譬えるならば、他人の田んぼに害虫を大量に送りつけて稲を滅ぼし、雑草が増えてきたら自分の家畜の餌にするというような話です。こういう侵略行為は、している方もされている方も滅多に気付かないけれども歴史上ではかなりの頻度で行われています。この場合、国土も人民の生命或いは財産も量的には変化しておらず、寧ろ部分的には増えていたりするのですが、中身が全く違うものになっているというわけです」


ソクラテス「なるほど、それは本当に恐ろしいね。ではどうすれば、そのように様々な侵略から人民の生命財産を守ることができるだろうか」
アルキビアデス「それはまず外交でしょうね。まず自国には他国に対する侵略や政治的干渉の意志がないことを示して、こちらに対する侵略の意志を殺いでしまうこと。それから自然災害などでどちらかが壊滅的な被害を被ったときには、相手を助ける約束をすることだと思います」
ソクラテス「なるほどね。要するに君は、自国が他国の脅威とならないこと、次いで他国と信頼関係を結ぶことが大切だと言っているわけだね。相変わらず大変な飛躍だけれども、僕も賛同するよ。しかし、何か大事なことが抜け落ちてはいないだろうか。
というのは、誰かが盗みを働くのは、盗んでもつかまらないと思うから、或いは手の届くところに貴重なものが無造作に置かれているからではないだろうか。こちらは戸締りもろくにせず、貴重品の管理もせずに、周囲の家々を一軒一軒回って、私の家のものを盗まないで下さいというのは何か筋が違うのではないだろうか。貴重品の管理をしていないなら、いつ無くなったのかもわからず、ただの紛失と盗難の違いもわからないのではないだろうか。
僕が言いたいのはね、盗人に入られたくなかったら、自分の貴重品はちゃんと保管し、そして戸締りを厳重にすることが第一であるのと同じで、侵略から人民の生命財産を守るためには、何はおいても内治を充実させて、ちょっとでも異変があればすぐに気付き、対処する策と力を保有していること、そして万一侵略を受けたときにも慌てず速やかに対応し、奪われたものを取り返し、或いは報復できる力を有していること、要するに侵略は困難だ、或いはかえって危険だと思わせる国作りだと思うよ。
これをしていなければ、いくら外交に力を入れても全く相手にされないかも知れないからね。だって、こちらは内治もろくにできていない、他国が手を出さなくてもそのうち自滅するかも知れない状態だというのに、外に攻め込むほど力のある国に対して侵略の意志はないと言ったり、そちらに何かあったら助けますと言っても、身の程知らずと笑われるのが落ちではないか」
アルキビアデス「なるほど、外交の前に内治ですか。あなたの仰る通りでした。しかもそのように考えると、外からの脅威に対する備えがそのまま内に潜む脅威への備えともなり、内に潜む脅威に対する備えもまた外からの脅威に対する備えとなっているわけですね」
ソクラテス「いいことを言ってくれたね、アルキビアデス。その通りだよ。でも内政さえ万全にしてあれば、すべての脅威はなくなるというわけではなくて、内政を充実させることは基本条件としながらも、個別の脅威に対しては個別の備えが必要となると思う。そして侵略という外からの脅威に対しては、さっき君の言った、外交という備えが登場するわけだ」
アルキビアデス「ということはソクラテス、今私たちは侵略という外からの脅威への対策を考えていたのですが、それは後回しにして国内を治める方法を考える方がいいのでしょうか」

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