たんぽぽ日和

吠えます。
噛みます。
そんな遠吠え日記。

とうちゃんなさけなくて涙出てクラぁ

2008年09月29日 00時26分58秒 | つぶやき・・ほとんど毒
この題名が分かった方。

仲間ですね。。。


そうです。あの「あばれはっちゃく」の名台詞。
いつもはっちゃくが悪さをして、父ちゃんが怒るのです

「とうちゃん、なさけなくて涙でてくらあ!」



ほんとなさけなくて涙が出てくる
自分になさけなくて涙でてくるよ。

ばかだったな




延長32回の裏

まだ延長戦は続くみたいだ。
もう疲れてバッターボックス立つ気力がない。


うちのほうは寒さで「こたつ」を出しました。


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だからやめよう

2008年09月27日 00時32分21秒 | つぶやき・・ほとんど毒
今まで「えぐざいる」をよく知らないし、興味もなく、また、かっこつけてる風がどうもダメだった私が、金スマをみてうっすら涙を浮かべながら「頑張れ・・えぐざいる」とつぶやくほどすっかり「えぐざいるまんセー」になっているのでほんとテレビの力はすごい。そらバナナも売り切れるわ(ちなみに今日買えました)。単に私が影響されやすいというのも大きいが・・

そんな影響力大のテレビで、えぐざいるの新曲を聴いたら、こってこてのアノ手の歌だった。

えぐざいるのようなかっこいい(すでにかっこいい)人たちが、素敵なボイス(よく聴くと素敵。あつしがんがれ)で、アノ手の歌を歌ったら、きっと、その環境にいる人たちは「そうなの。。そうなの。。涙涙」と聴いているにちがいない。

だから、それがいかんのだ!!と私は言いたい。
声を第二位して。
声を大にして言いたい。

お前が言うなと言われてようといいたい。
あの手の歌を悲恋のように歌わないでいただきたい。
さも、「真実の愛」のようにメロディーにのせて切なげに公表しないでいただきたい。

うめみやさんちのアンナさんが、このたび過去のお話を「裏切られた」という完全にひできかんげきのヒロインで(無理があるな)世間様にお伝えしたらしいけど
あんた、そらあてつけだろが。
どんだけ自分中心に世界が回っちゃったら「うらぎられた」といえるのかと
私は言いたい。


あんた、そら傷つくこと分かっててその道に進んだんなら終わったあとゴタゴタすんなと申したい。

あんたでなく、元の場所に戻っていることが全ての答えだ。

残念なことに、恋愛においては何があってもそれは
「しかたがない」としか言えないようなことばかりだ。

裏切られた!と思っても、7股されてても、実は付き合ってるのは勘違いでただのSFだったとしても、結婚してるなんてしらなかったとしても、

結局はどんなに怒っても

「色恋沙汰」は何が起こるかわからないって私は思う。
(あくまで個人的見解。絶対唯一の愛を見つけて幸せな人は多数いるはず。しかし、多くの場合、落ち着かず恋愛期間が長い我々世代は様々な場面に遭遇する機会が多い。若くとも遭遇することはあるだろう)

その環境にいるときは、今回のえぐざいるの新曲のような歌は「大好物」だ。
ちょっと間違えば「私の気持ちを代弁してくれてる唯一の存在。。涙涙」となる。
部屋や車で声に出して歌って涙したりしちゃうんだ。(みなさんがそうだとはかぎりません。)

「ああ。切ない。。アア切ないわ~」のボルテージも上がる。
仮装大賞でぴぴぴぴ~デュグシャーデュグシャーん(あ。いちお効果音)となって20点満点だ。

まさに「仮想大笑」だ。

私は、「アノ手の曲発進撲滅委員会」とかを作って、世間のその環境にいる方たちが、一刻も早く抜け出せるようにしていただきたい(余計なお世話)

「もっと早く出会ってたら」・・・であってないから・・現実見よう。
「すぐに別れる」・・・別れないから別れてもその先つらいよ。

大きな口はたたけません。
「ばかだ」「あほだ」と言われても、
その時はどんな言葉もどんな規制もどんな罪も・・・何も入ってこなくなるものだと思うのです。


時間をかけて分かってくることもあるだろうから。

ソレがどんな「真実の愛」のようにみえても第3者の目を持つことができるように


アノ手の歌は流すのやめましょ。
ヒゲキのヒロインにさせるような環境はやめましょ。

ソレが、過去であれ、現在であれ、あんたも私もただの罪人。


















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バナナがない!

2008年09月25日 21時31分29秒 | つぶやき・・ほとんど毒
びりーもレコーディングもてんで続かない私は、森久美子がバナナ食べて痩せた(でも110キロから-6キロ?)という映像(ものすごい似合ってた!むちゃくちゃ違和感なかった)に感化されて

さっそく、バナナばかりの朝にしてみた(まだ3日目)
成果は今の所確認できていない。

そして、仕事の帰りに明日のバナナを求めてスーパーを3店も回ったけど
全て


完売だった。


・・・・・

みんな・・もりくみこみたのかな?


バナナ・・・・4日目で挫折?

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バベルの塔

2008年09月21日 23時15分26秒 | つぶやき・・ほとんど毒
聖書というものにふれる前は知らなかったけど聖書の中には、「人間の行い」についての数多くの話が多い。
私はまだまだ勉強不足でほんとに数箇所の話しか知らないけどその中でも、すごく心にとまった箇所があった。

「バベルの塔」という話だ。





旧約聖書
バベルの塔の記事は旧約聖書の「創世記」11章にあらわれる。位置的にはノアの物語のあとでアブラハムの物語の前に置かれている。そこで語られるのは以下のような物語である。

もともと人々は同じ1つの言葉を話していた。シンアルの野に集まった人々は、煉瓦とアスファルトを用いて天まで届く塔をつくってシェム(ヘブライ語、慣習で「名」と訳されている。名誉・名声の意味も有る)を高く上げ、全地のおもてに散るのを免れようと考えた(偽典の「ヨベル書」によれば、神はノアの息子たちに世界の各地を与え、そこに住むよう命じていた)。神はこの塔を見て、言葉が同じことが原因であると考え、人々に違う言葉を話させるようにした。このため、彼らは混乱し、世界各地へ散っていった(『創世記』の記述には「塔が崩された」などとはまったく書かれていないことに注意)。「創世記」の著者は、バベルの塔の名前を「混乱」を意味する「バラル」と関係付けて話を締めくくっている。

原初史といわれ、史実とは考えられないアブラハム以前の創世記の物語の中で、バベルの塔の物語は世界にさまざまな言語が存在する理由を説明するための物語であると考えられている。と、同時に人々が「石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを」用いたという記述から、古代における技術革新について触れながらも、人間の技術の限界について語る意味があると考えられる。



以上うィキペディアより

ものすごいむずかしい感じだけど
これを園児たちにつたえるときの言葉で書いてみる。

『昔、人間達は自分たちの与えてもらった「知恵」や「技術」に自信を持ち始めた。それが、神様から与えてもらった特別なことだということを忘れて
「さらに強く」「さらに豊かに」となにより「こんなにも自分たちには力があるんだ」ということを見せ付けるために、そして、「ここがてんへの階段の入り口にちがいない」と「塔」を建て始めた。

あっという間に人間達が集まってきて、じめんを堀り、石やレンガを積み上げて
「もっと高く」「もっと高く」と・・・

「私たち人間はそいういう力がある」

毎日毎日、塔は少しずつ高くなりある日雲より高くなった。
雲の上の塔のてっぺんにかけあがった人間はがっかりした。

青空がまだまだ上にあるのだ。

下は荒れ果てて草も生えないようになっていたが、そんなことよりも「さらに高く」「さらに上へ」と・・

そしてちいさな声で言った
「そうすればかみさまとおんなじだ」

しかし、そんな人間に神様は怒り、お互いが何を話しているか分からないように言語を変えてそれぞれが話せないようにした。

人間達は相手が何を話しているか分からなくなり、そこらじゅうで喧嘩になった。
そして、喧嘩は収まらず塔を建てることができなくなった。

人間達は塔から降りて、それぞれバラバラの土地へ移動していった。』

と、こんな感じだ。(自分の解釈なので間違ってたらすみません)

消しておごり高ぶっていないかもしれないけど、人は知らず知らずに自分の足元が見えなくなっている時が多分にあると思う。

私も、よく自分が見えていない。

だから、私は自分の部屋にこの「バベルの塔」のポストカードを張っている。
『今の自分は足元が見えてるか』と思えるように。

子どもに伝えるときに読む絵本の最後にこの「バベルの塔」はこう締めくくられている。

人間は今でもめいめいちがった言葉を話し、世界のあちこちに住み着いてやっぱり、バベルの塔のようなビルや塔をせっせと建てながらけんかばかりしています。牛たちは昔とちっともかわらないで朝から晩まで草を食べて口をモグモグさせてます。
ある子牛が、「もううんもううん」となきました。「ぼくたちはあのときのまんまだよ」って言ったんです。

人間もにんげんのままでいれたらいいのにね



私はよく自分を見失う。
「何してるんだろう」って思うことが多い。
何が大切で自分がなんなのか、よく考えながら生きていけるようにしたい。
足元をよくみて行きたい。



後日談として、かつてロシアでやはり世界最大の塔ということでバベルの塔を意識してビルが作られるはずだったが、戦争の影響で未完成に終わっているという話があるらしい。。。
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伊勢りょこう

2008年09月17日 22時06分57秒 | 奇想天外な家族のなかで
「ほらみて~私みたいに死ぬ前に一回伊勢にいっとこうっていう人たちばっかりよ!がはは!」という母のトンでも発言からはじまった伊勢旅行(44人のツアー)に行ってきました。

ミクシにも書いたけど人生で「金比羅山」「善光寺」「伊勢神宮」にはいっとかないといけないという話を聞いてから、ことあるごとに「あ~伊勢だけ行ってないわ~」とぼやいていた母の念願の伊勢旅行。

私も、伊勢に引っ越した大学の友達S子に会うためにお互いの利害が一致して一緒に行くことになりました。

親孝行だねと言ってくださった方がいらっしゃいましたが・・・・
私だって素敵な旦那様やかわいい子どもがいたならば、そちらを優先するのですが幸か不幸か今のところ優先できるのが両親でありまして・・・・
しかも母の素敵な旦那様であるマイダデイは「そんなもんいくか!」の一言。

母も私も旅行に行ってくれるのが、お互いにお互いだけだというわけです。

母曰く「あんたってほんとに自分の娘ながらかわいそうな子よね」と・・

あんたが行こうっていっておいてそらねえだろと思ったので
「お互いにね」と言ってやった。


そんな母はバスの座席を後ろに下げようとして「何これ!下がらないじゃない!」と手すりを一生懸命ごそごそしてた。
長いたびになりそうだ。

伊勢へはむちゃんこ遠かった。長野県中からかき集めていくので私どもの待ち合わせ6時から長野県最後の待ち合わせ場所にいるひとは8時半と2時間半もかかっている。ドナドナだ。

最終的に伊勢までは8時間かかった。
アクト巡業で慣れているとはいえさすがに遠かった。

最初になんとか湾の遊覧ということで船にのって、その案内する人に「信州長野の贅沢旅行のみなさま~」と言われながらほんの5グラムくらいのホタテを食べた。


そして、ホテルに4時について死んでしまいそうなくらい暇だった。
本のひとつでも持ってくるべきだったと思った。
目の前が千鳥が浜という海で奈良からきたというちびっこたちと本気で小一時間遊んだ。
あと少し遊んだら完全に文通しそうなくらい仲良くなった。

そんで、やっと夕飯になった。
このツアーの題名が「伊勢えび・あわび・松坂牛の伊勢三大味覚会席」というものだったので、多少期待して小腹もすかせてのぞんだ。

そしてドナドナ状態で長野からやってきた44名はほんのちょびっとだけしか存在が確認できないその「伊勢えび・あわび・松阪牛」をいただいた。

母は「伊勢えびって食べるところ少ししかないのね~」と本気で言ってたので
私も「松阪牛もずいぶん薄いのね~」と母の天然の真似をして言ったみた。

夜に高田ジュンジと元おさるがテレビでパワースポットの伊勢の特集やるということで母は楽しみにしてた。しかし、眠気には勝てず
母「10時半になったら起こして」と眠った。
しばらくして10時半になったので母を起こした。

しかし「ちょっと見といて」と言われた。
私は見たくもないテレビを見ていた。
すると母は「ねえ。もう寝たら?」と。

おいおいと思ったけど、私も別にパワースポットがどこでもいいしト思ってたから眠った。すると次の朝

母「ねえ、昨日のパワースポットの番組見てくれた?」と。

・・・・

いいですけどね。母と旅をするというのはそういうことだから。

朝は「やっぱり長野県民は海にうえてるわ」といって母は海辺を散歩しにいった。

ホテルを出てしばらくすると、ガイドさんや添乗員さんがドタドタしだした。そしたら、添乗員さんがものすごい声で
「運転手さん!!バス止めてください!」というのだ。

何かが起こったというのはわかった。
バスはどこかの駐車場に停車して添乗員さんが上司に電話しているのを聞いてると
「お客様が一人もう意識がないくらいになってしまわれて・・今救急車呼びました。」と・・・しばらくして救急車が来た。

後ろの座席にいたまだ20代の女性がほんとに意識なく顔面蒼白に状態で運ばれていった・・・

ものすごいびっくりしたけど、添乗員さんの説明では「貧血らしい」とのこと。
とりあえず命には別状ないということで安心。
バス内は少々騒然としたまま、夫婦岩へ。

母に「あんた、なんで私ときてるのよ?」と言われながら・・夫婦岩を背に写真をとる私たち。(写真はHPのもの)


ここで、私にとって目からうろこのことが・・

神社やお寺で参拝の際に書いていただけるという制度があることを初めて知る。
(なんていうの?)
私も夫婦岩でノートみたいのを買って書いていただく。。
うれしす。これから集めよう。教えてくださった九州からきたかたはもう何冊も持っているらしく「棺おけに持って行けるのよ」と。
いい人生の目標ができた。これを集めて棺おけに入れてもらうぞ!
(写真)

真珠の店やお土産の店に連れて行かれたあと、いよいよメインディッシュの伊勢神宮へ。


雨も降りそうな感じだったけど、なんとかもちそうという感じで
伊勢うどんとてこね寿司を食べて、わざわざ伊勢神宮まできてくれた
S子一家と会う、旦那のNりNりも、1歳半になる娘のSねちゃんも久々でうれしかった(S子とはFの結婚式に会えたけど)

ツアーの集合時間になったので伊勢神宮参りをしようとした瞬間
ドドドドドドドーーーーーーと・・

豪雨になった。
待ってましたというばかりにももすごい雨だった。
さっきまで平気だったのに、それ行くぞってときに豪雨
大歓迎を受けながらの伊勢神宮参り。
雨をしのぎながらそそくさとおまいりする。

母は大感激「もうこれでいつでも死ねるわ~心のこりないわ~」と。
しかし、母はそんなすぐあと「あ。北海道にも行きたいわ~」
「来年屋久島にしない?」と・・・

まだまだ死ねなそうですね。

S子たちと「おかげ横丁」を散策。
あの赤福も購入した。どこへいっても
「賞味期限は明日までです」と言ってたが
長年にわたり人体実験で「少々は大丈夫」と分かっているはずなので
けっこう購入した。

救急車で運ばれた彼女もケロッと復活してバスに乗ってた安心した。
また8時間くらいかけて帰宅。
なんだかんだあったけど、伊勢はいいころでした。
人生3大参拝義務「善光寺」「金比羅山」「伊勢神宮」母と行けてよかったです。
次は素敵な旦那様と行きたいです。
早く行きたいです。
なんとかして行きたいです。

S子と会ってるときボソッと母が私に
「ねえ、S子さん、ちゃんと旦那に保険かけてる?」と。
「大切よ」と。

帰りのバスでも私に言うのは
「旦那に保険これ大切」

というものでした。
・・・





次の日おじいちゃんに「赤福」持って行きました。
お土産のお守りを「ありがとう」「うれしいわい」と言ってもらってくれたおじいちゃん。

おじいちゃんの娘が母というのが信じられません。









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明日

2008年09月11日 23時26分56秒 | つぶやき・・ほとんど毒
明日があることをなんの疑いもしなかっただろう。



私たちは、いつ何が起きてもおかしくない。


明日があるとは決まっていない。
明日が当然くるなんていうのは
傲慢な考えなのかもしれない。


誰が悪いとか
何が正しいとかではなく

忘れてはいけないと思う。


9・11


たった7年前のことだ。
もっときちんと思い出すべきだと思う。


明日があることは当然ではなく
今日という日がとても大切であること。

そして人間が弱くおろかであること。


忙しさや、当たり前に動くからだや、当然の環境の前で忘れがちなことを
思い出せるようにしていきたい。
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1回だけだよ

2008年09月09日 21時27分09秒 | 幼稚園だ。仕事だ。子どもだ。
この間、幼稚園を早退するYちゃんに
「お出かけするの?」と聞くと

Yちゃん「秘密なの」

と。

なんでも秘密にしてるらしかった。


「教えてほしいな」と言うと


「秘密なんだけど・・・・」と

そしてコソコソ声で


「1回だけね」



と言って教えてくれた

「ぽにょ見に行くの」


・・・・
かわいい。

秘密を「1回だけ」教えてくれるなんて。

かわいすぎる


子どもってすごすぎる。
たった一言でこんなにも幸せな気持ちにしてくれる。








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なんたること・・

2008年09月08日 21時14分13秒 | つぶやき・・ほとんど毒
先日、軽く6年は連絡とっていないちょっと微妙な人からめーるが来た。
ちょっと微妙なというのはてんで失礼だが、諸連絡程度しかめーるしたことないし、ほんとに名前をみてびっくりしたのだ
「え?いまなに?どして?」と。

その人は、長く付き合った元彼の音楽の先輩でもあるご夫婦の旦那様のほうで何度かお家にも行かせていただいたけど、メールなんてほんとしたこと数回だった。

そんで元彼と別れてからもちろんただの一度も連絡したことないし、なんで今頃「お久しぶりですね」とか「お正月には家族が増えますよ。」とかわざわざメールいただくのかさっぱりわけわかめだった。

いちお、変な事はしてはいけないと、100パー敬語のご丁寧なメールを返信した。
「お久しぶりです。お元気ですか?」から始まり「お子さん誕生おめでとうございます」だのほんと当たり障りのない内容にして「メールうれしかったです」とも書いた。(実際覚えててくれてうれしかったので)

そんななつかしいメールに困惑しながら数回メールやりとりした。


この間、大学のサークルの先輩で今は台湾に送りだされてるTさんがお誕生日だった。(ミクシ名は『バス』さん)

私はほとんどミクシをやらないバスさんに携帯からお誕生日メールした

題「おめでとうございます」
「おたんじょうびおめでと~ございます!
よい1年になりますように!
F(先日結婚した子)が結婚したよ!きれいだったよ!

台湾にいきたいわん
ほんとに行きたい」


というようなヤツだ。


そして、先日はじめて気がついた。


私はメールを誤送信していたのだ。

たとえて言うなら「山田」と「山本」というような似た苗字でアドレスが続いていた先輩とバスさん。

そのバスさんに送ったメールを一緒に送ってしまったのだ。


6年ブランクのやや微妙な関係の元彼先輩に
台湾にいきたいわんハートハート


て・・・


でーぶすぺくたもびっくりのひどさ。



何も知らずにご丁寧に返信した敬語オンリーのメールが更に、恥ずかしさを助長させる。
慌てて「間違えて送っちゃってました!」とあやまりメールしたら

「あはは!気がついた??」って・・・・


言ってくれよ・・・
第1回目のお久しぶりメールで教えてくれよ。

「あんた、まちがっとるよ。」と。
「なんぼなんでも6年ぶりに『台湾にいきたいわん』はひどいんじゃないかい?」と・・・


どうりで題名が「RE:おめでとうございます」だったはずだ・・・

なんのおめでとうだと思ってタンですよ。
「なんか先輩まちがえちゃったんじゃないの??」って・・・


いつなんどきでも誤送信だけはしたここないことを誇りに?しているこの私が・・・・なんたる失態。。。


「どうせなら 普通のメールが よかったな」
「もう二度と ダジャレのメールは 送りません」
「危ないよ この先ない人 消しましょう」


はずかしかったですよ

・・・・



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すわ新作花火

2008年09月07日 20時15分49秒 | 遊び?お出かけ?放浪生活
花火はうまく写真とれません。。動画のほうがいいですね。写真はブタだって・・・

初めてすわの新作花火を見てきました。
今まで8月15日のすわ花火しか見たことなかったけど
とにかくすわの花火は日本1だと思ってるし、あの込み方は
尋常じゃないのでものすごい気合を入れて行きました。

しかし、思ったより込んでいないような。よかった。

こういうとき、アクトに入っていたことに本当に感謝するけど、
その土地に友だちがいてくれるというのがすごくありがたいです。

今回も、浴衣を着ていく着ていかないという話をバタフライMさまにご相談(この時期ありなのか・・また毎年どうなのか)。ありがとうでした。着ていかなくて正解でした。

また、すわの会長Aちゃんにいたっては、無料の駐車場まで案内してくれました。
お風呂上りにすっとんできてくれたAちゃん。。。お土産まで持参してくれて・・
ほんとありがとでした。うれしかったです。

新作花火は、すごくびっくりしたけど・・・
すべての花火にBGMがついている・・

合ってる合ってないというよりはその新作花火の内容で曲を決めているらしく
演歌から最近の曲、童謡やこどもの歌までありとあらゆるジャンルから流れてました。

なんか今まで体験してきた花火大会とはいろんなとこがえらいちがいだった。
「ぶた」「あさがお」「さかな」「なまはげ」などが花火で表現されてた。。

花火師すごす


でもやっぱりすわは勢いも規模も(込み方も)8月15日が1番かも。

バタフライさま・Aちゃんいろいろありがとう。。
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誰が作ってもだいたいそんな味になんのよ

2008年09月04日 23時21分11秒 | つぶやき・・ほとんど毒
ハイリのハイリによるハイリのためのCM
ハイリCM

彼女がやらずに誰がやるのだ


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友の結婚式

2008年09月02日 23時00分46秒 | つぶやき・・ほとんど毒
大学時代の友達が結婚しました。
すごくすごく幸せな空間がそこにあって、ほんとにうれしくなりました。

新婦になったその子は大学時代からとってもやさしくて友達思いで美人。
夢に向かってずっと頑張ってた。

今では、テレビでニュース読んだり、リポーターしたりと夢を実現して頑張ってる彼女はいつも、前向きで気づかい上手。

彼とつきあうことになったいきさつを聞いて、ほんとに彼女らしいなって思った。
彼女の職場にきた彼と同じ本をきっかけに「文通」することになったと。
週に1回手渡しで手紙を渡していたという、半年以上経て初めてデートに行ったと。(ごめん書いちゃった)

お互いに何通もの手紙で多くのことを伝え合っていた二人。
今の世の中でこんなに純粋で心の通った愛の形はあるだろうか。

祝辞でどなたかがおっしゃってた。
「今では親指でなんでも書けるこの時代にほんとにすばらしいことだ」と。

そして、昔から知り合いだという芸能人が式に来てて祝辞を述べてました。
彼が作詞したという歌をプロの方が歌ってくれてました。
二人のために友人達がたくさんお祝いに来てました。

幸せな時間でした。

私たち呼ばれたほうも久々の友だちも多くほんとうれしかったな~

私もマジックをすることになりました・・・
非常に緊張したけど・・・船上で多くの方の前でマジックさせていただき感謝です。船からの横浜の夜景はあいにくの雨だったけど、綺麗でした。


そして、いただいた引き出物の中に「便箋と封筒」が入っていた。
人の気持ちは何より態度でわかるよね。親指の会話で一喜一憂したり、愛だの恋だの言ってる自分が恥ずかしくなりました。


私も大切な人たちに手紙を書いてみようとおもいました。
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