
10月末、京都を訪ねました。
紅葉にはまだ早い時期でしたが、古刹を
巡りながら、徐々に深まる秋を感じまし
た。
京都
1日目は嵐山・嵯峨野を歩きました。
阪急嵐山駅から歩いて10分程、嵐山の
中腹に法輪寺があります。
713年(和銅6年)、元明天皇の勅願
により行基菩薩が創建したのがはじまり
といわれます。
本尊は虚空蔵菩薩です。
「枕草子」や「今昔物語」にも描かれて
います。
幕末の禁門の変により、お堂の大半が焼
失しましたが、その後再建され、現在に
至っています。

(電電宮)
山門をくぐり、石段を上がって行くと、
電気・電波を守護する鎮守の社「電電
宮」がおまつりされています。
さらに石段を登ると、正面に本堂です。

(本堂)
「十三まいり」は、古来より数え年十三
歳に成長した男女が、成人の儀礼として
法輪寺に参拝しました。
十三歳の厄難を払い、智恵を授けてもら
えるよう、虚空蔵菩薩に祈願します。
江戸時代中頃から京都のみならず近畿一
円からのお参りが一般に広がりました。

(渡月橋)
渡月橋は、法輪寺の道昌が川を修築した
折に架けたのが始まりとされ、江戸時代
までは法輪寺橋と呼ばれていたそうです
。

(天龍寺法堂)
天龍寺は臨済宗天龍寺派大本山。京都五
山一位。
1339年、吉野で亡くなった後醍醐天
皇の菩提のために、足利尊氏が夢窓疎石
を開山として創建しました。
夢窓疎石は堂塔建立の資金調達のため、
「天龍寺船」による元との貿易を進言し
、1343年にほぼ七堂伽藍が整いまし
た。
現在の規模をはるかにしのぐ広大な境内
には、塔頭・子院150ヵ寺が甍を連ね
ました。
しかしたび重なる兵火で堂宇を焼失。今
のこる伽藍はほとんどが近代の再建です
。

(曹源池庭園)
大方丈前に広がる曹源池は夢窓疎石の作
庭。嵐山・亀山を借景にした回遊式庭園
です。
王朝文化の優美さと武家文化の荒々しさ
を巧みに融合しています。

(大方丈)
「・・・位の高きも宝の多きも用にたつ
ことなく、あしたには紅の顔ありてほこ
ると雖も夕には白き骨となる。浮世のよ
ろづの心にまかせぬを、いよいよ仏の道
に入りたると思ひとりて、御法を信ずる
を道心おこすと申し候」
夢窓疎石の「二十三問答」の冒頭です。

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