水道管の中には水があるだろうが、あいにく地中の水道管の中を流れる水に干渉するのは無理だ――それをするには地面をえぐって水道管を破る必要がある。そしてそれは神田忠泰がいい顔をしないだろうし、余計な目撃者を作ることになるし、なにより時間がかかる。
アルカードはコートの内側に手を入れ、内ポケットから『魔術教導書《スペルブック》』を取り出した。表紙を開くと同時に回路《パス》を通じて霊体と直接接続された . . . 本文を読む
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ぴっ――署名の最後に勢いよく線を引いて、アルカードは手にしたボールペンを置いた。手元に便箋は無かったしわざわざ買いに行く気にもならず、代わりにリビングにあったコピー機のコピー用紙数枚を使って手紙をしたためたのだ。
使わなかったコピー用紙は脇に置いて、合計三枚の便箋代わりのコピー用紙を重ねて三分の一に折りたたむ――それを部屋の中央に置いたままにしてあったアルミジュラルミンのブリ . . . 本文を読む
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「いやぁ、しかし結構なことだねえ」 上機嫌の様子で酒杯を空け、本条兵衛がアレクサンドル・チャウシェスクの肩をバンバン叩く。
「怪我は後遺症を一切残さず完治、医者も三十歳は若くないとあり得ない回復速度だって言ってたしな――いやけっこうけっこう」
「兵衛さん痛い」 そんな会話を聞き流しながら、アルカードはかたわらの神城忠信の猪口に酒瓶の中身を注いだ。
「すまない」 忠信がそう言って、 . . . 本文を読む
まるでアメーバの様に女の体が崩れ落ちて、骨の破片で埋め尽くされた地面に染み込んでゆく。鼻も口も無くなったのに、笑い声だけが周囲に響いていた。
「なんかムカつくな……バルタン星人みたいな笑い方しやがって」 フォーッフォフォフォフォという女の笑い方が気に入らないのか、アルカードが顔を顰める。
「サンタクロースもあんな笑い方しますよ」 フィオレンティーナの返答に、
「ああ、そうなの?」 それは知らなか . . . 本文を読む
「てっ……てめえ、よくもオイラの兄弟を!」
耳慣れない声が聞こえ、アルカードが左手で保持した剣翼鳥《ソードバード》に視線を向ける。どうやらアルカードの反応から察するに、今しゃべったのは剣翼鳥《ソードバード》らしい。
「へー、剣翼鳥《ソードバード》ってしゃべるんだ。知らなかった。ひとつ賢くなったがまあそれはそれとしてだ、そんな堅《かて》ぇこと言うなって。おまえらを呼び出したあのジェームズ・キャメロ . . . 本文を読む
アルカードは横抱きにしていたパオラの体をその場に降ろしてやると、膝の上に彼女のものらしい赤い携帯電話を置いた。彼はリディアの体を抱きかかえたまま近づいていったフィオレンティーナのほうに視線を向け、
「無事か」
「はい、なんとか」 アルカードの簡潔な質問に、リディアがそう返事をする。
「ごめんなさい、面倒をかけて」
「それは別にいい」 アルカードはそう返事をして、
「こっちこそ、すまんな。捕捉する . . . 本文を読む
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「――よし、とりあえず今日のノルマはこれで達成だな」 組み立て式の椅子六脚を組み立て終えて、テーブルと組にして並べ終えたところで、アルカードは満足して腕組みした。
フローリングの床の上に並べられた硝子テーブルとソファ、扇風機が三台、テーブルと椅子六脚、ルーバー状の扉がついた物入れの中には掃除機が収まっている。特に苦労したのはテレビ台で、側板と天板や底板を固定するボルトの加工品質 . . . 本文を読む
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「貴女たち人間は、なんというんだったかしら――ええと、そこの連中の記憶によると、ワンパ? だったかしらね? 一緒にしないでほしいわ」 女が口にした妙に突っ込みどころのある科白は、つまるところ先に引きずり込んだ先客の記憶を奪ったためらしい――別に高位の魔物に限らず、こういった魔物の中には他者の記憶を奪い取って今現在の文明の発展状況を把握したり、言語を理解したりする個体がいるというこ . . . 本文を読む
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アルカードが先にリビングの扉を開けて中に入る――蚊取り線香の灰の匂いが残っているのは、昨夜ここを離れるときにアルカードが買ってきた金鳥の渦巻き状の蚊取り線香を三十本くらい、一気に火をつけて置いていったからだ。
たぶん蚊取り線香が燃えている間は、まるでバルサンでも焚いた様な有様だったに違い無い――せっかくハウスクリーニング業者が突貫作業で清掃してくれたのだし、壁や天井が煤けてい . . . 本文を読む
女はしばらくの間、品定めする様にこちらを眺めていたが、
「……ふむ。潤沢な魔力を持ってるから滋養にはちょうどいいと思って引きずり込んだのだけれど――なるほどね、駆け出しの魔殺しだったのね。道理で――まあ一緒にいた二体の吸血鬼に比べると、たいした力でもないけれど」
地味に失礼なことを言いながら、女が腕組みする。
「それでも、さっきの三人に比べればはるかに強い魔力――貴女たちを喰らっただけでは、あ . . . 本文を読む
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「どうかしました?」
「おかしい」 フィオレンティーナの投げかけた問いに、アルカードがそう返事を返している――視線を向けるとアルカードは険しい表情で周りを見回しながら、
「この洞窟はここが最奥部だ――さっきも言ったが、今来たルート以外の出口は無い。先に入ったという、先客三人はどこだ?」
高度視覚を使って周囲の状況を検索しているのか、吸血鬼の瞳が暗闇の中で金色に輝いている――高度 . . . 本文を読む
「……パオラ? リディア?」 フィオレンティーナが友人ふたりの名前を呼んでも、どこからも答えは返らない。
舌打ちを漏らして、アルカードが蘭と凛に向かって手招きした。彼はかがみこんでふたりに目線を合わせ、
「蘭ちゃん、凛ちゃん――いいかい? すまないが、ふたりでこの洞窟から出てほしい。帰り道はわかるね?」
「うん」 普段とは違う真面目な口調のアルカードの言葉に、子供たちが困惑の表情を浮かべながらも . . . 本文を読む
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「――ここだ」 アルカードがそう言って、ジープの駐車ブレーキのレバーを引く。
アルカードが本条兵衛老から借りたという古い一軒家はお世辞にも真新しくて綺麗とは言えなかったが、まあ築年数の長い空き物件なので仕方が無い――つい数ヶ月前まで転勤族の借り上げ社宅として法人名義で貸し出されていた家で、事前にチェックしたアルカードが言うには雨漏りの痕跡は無いということなので、それで十分だ。
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貸してもらった駐車場にジープを止めて、駐車場から外に出る――ちょうど横手から歩いてきたカップルが、こちらの姿に気づいて表情を引き攣らせた。失礼な反応をする連中だと思いながら視線を向けたところで、思い出す――いつだったかそこの公園で猫を砂場に埋めて石を投げつけて遊んでいた出来損ないのガキどもを締めたときに、見て見ぬふりをしていた腰抜けどもだ。
侮蔑をこめて唇をゆがめ、反対側の歩 . . . 本文を読む
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「――やあ、お若いの」 神城忠信が病院のロビーのところで声をかけてきたのは、ちょうど昼前、アルカードが病院内のコンビニで暇潰しに雑誌を物色していたときのことだった。
ちょうど自動車雑誌を数冊レジに持っていこうとしていたアルカードは、手を止めて雑誌を棚に戻しつつ、
「やあ、どうも――見舞いですか」
「まあそんなところだ」 祝日なので課業外なのか、神城は今日はグレーのブルゾンに黒い . . . 本文を読む