再び立ち上がって、窓に歩み寄る――折から吹き込んできた風がカーテンを揺らし、優しく頬を撫でていった。
住宅街の真ん中にあるこの教会の宿舎では視界に入ってくるのは裏手の民家の屋根と、その向こうのアパートに遮られて半分しか見えない空だけだ。アパートの向こうには山があって、峠道を越えると大きなショッピングモールのある市街地に出る――空港から高速道路でここまでやってくる経路はそのショッピングモール近く . . . 本文を読む
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ぽーん、と壁にかけられた時計が時報を鳴らす。時計を見遣ると、ちょうど八時になったところだった。
からぁん、と音を立てて店の入り口の扉につけられた鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」 アルカードがそちらを振り返って声をかけ――相手の顔を確認して微笑んだ。
「こんばんは」
入ってきたのはTシャツにジーンズを穿いた三十すぎの男だった。十歳くらいの小柄な女の子と、同年代の綺麗な女性を連 . . . 本文を読む
吸血鬼が被害者を同族に作り変える能力を魔殺したちの専門用語で『繁殖』といい、被害者を噛んだ個体を『上位個体』と呼ぶ。
吸血鬼による吸血を受けた被害者が吸血鬼となるかどうかは被害者を噛んだ吸血鬼、上位個体の能力と被害者本人が生来に備えた適性によって決まり、噛まれ者《ダンパイア》と呼ばれる下位の吸血鬼個体となることもあればひたすら肉を貪るだけの動く死体《リビングデッド》、喰屍鬼《グール》となること . . . 本文を読む
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「御搭乗の皆様、当機は間も無くハネダ空港に到着いたします。飛行機の電子機器類に影響を与える可能性がありますので、すべての電子機器類の電源をお切りください……」
機長のお定まりのアナウンスが、室内スピーカーから流れている――フィオレンティーナはiPodの電源を切ると、ストラップを首からはずした。
窓の外は憎たらしいくらいの快晴だった――というより雲より高い位置を飛んでいるだけだ . . . 本文を読む
「まあ、自分の故郷の歴史だからね――俺の家はヴラド三世の直系だし」
「ヴラド――じゃあ、ドラキュラ公爵の子孫なんですか?」
驚いた様に声をあげる小梅に、彼は笑ってうなずいた。
「そう。ヴラドの隠し子の子孫らしい」
「じゃあ、去年ニュースでやってた、ドラキュラ城を返還されたっていう王族の人の親戚ですか?」 という咲子の発言には、彼女も覚えがある。
二〇〇六年五月二十六日、ルーマニアを統治していた . . . 本文を読む
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「アルちゃーん、鮭のグリル焼き、出来たわよー」
店の奥の方から、おばあさんの声が聞こえてきた――トレーに食事を終えたあとの食器を満載した金髪の青年が、元気よく返事をして厨房へと引き返していく。
今しがた彼が食器を下げたテーブルに着いた男女ふたり連れの客は、今のところ席を立つ気配は無い――そちらはまだしばらくは食後のお茶を飲んでいそうだと判断して、彼女は店内を見回した。早めのラ . . . 本文を読む
とりあえずやっと重い腰を上げて、エムペからの脱却を始めました。
といっても、今のところ携帯でどう見えるかは正直わからないのですが。でも今のところ、エムペに表示されるあの気違いじみたホモネタとレイプしかない変態コミックのリンクが表示されないのに正直ほっとしてます――まあいわゆるスマホ版のサイトも、ブログによってはエムペよりひどいんですけどね。リンクサイトを開いたらいきなり裸の女性の絵とか、マジ勘 . . . 本文を読む
†
油断していたのか、男の拘束は意外と簡単に振りほどけた。そのまま床を這いずる様にして若干距離を取り、上体を起こして背後を振り返ると、純一は棒立ちになっている男に向かって右腕を振るった。
男は隙だらけだ――殺れる。
その確信を胸に、男の喉を目がけて右手を振るい――次の瞬間には男が左手で繰り出した不可視の一撃に斬り飛ばされ、右腕が高々と宙を舞っていた。
斬り飛ばされた腕がくるく . . . 本文を読む
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「Aaaaaaaa――raaaaaaaa《アァァァァァァ――ラァァァァァァッ》!」 咆哮とともに振るった一撃で、二体の噛まれ者《ダンパイア》が胴を薙がれて塵に変わる――噛まれ者《ダンパイア》どもの屍が撒き散らす遺灰が床に降り積もるよりも早く、彼はその場で転身した。
背後から襲いかかってきた喰屍鬼《グール》の右手を躱し、そのまま脇を駆け抜ける――さらにその背後から接近してきていた . . . 本文を読む
強靭な皮膚を犬歯が易々と突き破り、噛みついた首筋からホースで撒いた様に大量の血が噴き出す。
「――! ――!」
残った女性たちがその光景を――自分たちの末路を目にして悲鳴をあげる。だが、今まさに首に噛みつかれているOLの絶叫は、それに輪をかけて凄惨だった。
「――! ――!」
OLの絶叫は恐怖のあまりかあるいは激痛のためか、もはや言葉にすらなってはいない。
じゅるじゅると――ストローでジュ . . . 本文を読む
よくよく見れば、そこいらじゅうに腐臭を撒き散らすなにかが落ちている。
彼女たちの視力でそれを捉えられなかったのは、はたして幸いだったのか、それとも不幸だったのか。
落ちていたのは、長く伸びた爪にマニキュアを塗った女の左手首だった。
まるで獣のあぎとに喰いちぎられたがごとくにその手首より上は無くなって、手首から先だけがもとからそうだっかの様にそこに無造作に落ちている。
否、落ちているのは手 . . . 本文を読む
ほう、ほう――どこかで梟の鳴き声が聞こえる。
木材を運び出すために使われていたらしい乗用車二台がやっとのことですれ違える程度の幅しかない古ぼけた道路はすっかり寂れて、張り出した木々の枝葉に遮られて月光すらも届かない。
それでも昔は車が通るために枝払いくらいはされていたのだろうが、とうの昔に使われなくなった今となっては低い位置の枝も伸び放題になっている。
路面を舗装するアスファルトは一応残っ . . . 本文を読む