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徒然なるままに修羅の旅路

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Long Day Long Night 5

2016年02月11日 10時54分41秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 フェリーの甲板上の構造物の二層目にあるレストランは日本ではバイキング形式と呼ばれているらしい食べ放題のもので、所謂北欧のスモーガスボードに近い。甲板上の四面すべてに窓があり、常にどこかの面から陽が射し込む構造になっている。
 その反面日光とその熱で傷むからだろう、本来壁に面して配置するのがもっとも効率的であるはずの料理は中央に川の字になる様にして三列に分けて配置されており、その周りに客席が配置されていた。
 入口から遠いほうの窓に面した場所に席を取り、アルカードがトレーを借りて持ってきたウーロン茶とオレンジジュースをテーブルに並べていく。彼は手近を歩いていた係員にトレーを返すと、あらためて食べ物を取りに歩いていった。
 バイキングという名称ではあるものの、いわゆる北欧の海賊ヴァイキングとは直接関係無いらしい――アルカードの言葉によると、ヴァイキングが名前の由来ではある様だが。
 まあ由来は別になんでもかまわない――リディアは手を伸ばしてお皿を一枚手に取ると、焼きたての小さなクロワッサンと胡桃パンをひとつずつトングで取り上げた。
 出発が早かったので、必然朝食も早かったのだが――さすがに少し離れたところにいるアルカードの様に、ジャーマンポテトとイベリコ豚の生ハム、ローストビーフとフライドポテト、バターライスを山盛りにしているアルカードを見習う気にはなれない。
 まあ、アルカードとリディアではそもそも基礎代謝率が違う――アルカードはやろうと思えば生身の状態とほぼ同程度にまで運動能力が低下するのと引き換えに消費カロリーも抑えることが出来るが、彼は生身の状態でも鈑金甲冑を身に纏ったまま六十キロ近い距離を走破し、甲冑無しなら百メートルを八秒で走り抜けるという化け物だ。
 本人いわく養父の課した鍛錬の成果だそうだが――自分たちに同じ訓練メニューを課そうという発想が無かったことは、僥倖以外の何物でもない。
 人間だったときも、さぞかし大喰らいだったことだろう――なんとはなしに手元のお皿に視線を落としたとき、アルカードは空いた手にシーザーサラダを山盛りにしてテーブルに戻っていった。
 遅めの朝食とも早めの昼食ともつかないなんとも中途半端な時間の食事ではあるが、金髪の吸血鬼はいつも通りの健啖ぶりを見せている。ほかの者たちはちょっと小腹を満たす程度の感覚だったが、この吸血鬼は普通に食事をしている――生身の人間のときは、一食でどれくらいの量を食べていたのだろう。
 そんなことを考えながら、リディアは彼の隣に腰を下ろした。
 窯から出したてなのだろう、まだ温かいクロワッサンを半分にちぎって口に運ぶ。
「あんまり取ってきてないのな、ダイエット中なのか?」 ダイエットが必要なほど肥えてる様には見えないが――地味に失礼なことを言いながら、アルカードが横目でこちらを見遣る。
「要りませんよ、そんなの。貴方みたいにエネルギー消費量が多くないだけです」 唇を尖らせてそう返事をすると、アルカードは適当に肩をすくめた。
 実際問題として、リディアにしろパオラにしろ、エネルギー消費量はアルカードの様に極端に多くない。ふたりの身体能力は(これは吸血を受ける前のフィオレンティーナもそうだが)優れた女性アスリートと同レベルで、これを霊体を加工して織り込んだ刻印魔術で底上げしているにすぎない――普通の女性に比べると食事量は多少多いかもしれないが、それでも三食食べるだけで十分維持していける。
「確かに。君は今のままで十分だな」 それ以上余計なことは言わずに、アルカードがローストビーフを一枚口に入れる。
「……」
 なにやら妙な顔で半分に噛みちぎった肉片を見下ろしているアルカードに、
「どうかしました?」 声をかけると、金髪の吸血鬼はかぶりを振った。
「否――これ、なかなか美味い」
「いいことじゃないですか」 どうしてそれでそんな微妙な顔をしているのかと思いつつリディアがそう返事をすると、
「ああ――犬も腹を空かせてるだろうからちょっと持ってってやりたいんだが、こんな味の濃いものは食べさせられないだろうと思ってな」
「ああ、そっちですか」 リディアはうなずいて、
「そうですね――ソバちゃんたちもお腹空かせてるでしょうしね」
「うん――これ食べ終わったら、一度様子を見に戻ろうと思う」 そろそろ一時間半くらい経ってるから――アルカードがそう続けたとき、サンドイッチとグラタンを載せたお皿を手にした蘭と小さな椀にてんぷらを山盛りにしたうどんを持った凛、浅蜊のパスタをお皿に盛ったイレアナが戻ってきた。
「わかってはいるんだけれど、相変わらずよく食べるわねえ」 アルカードの手元を見て、イレアナがそんな感想を漏らす。
「昔うちにアルちゃんがいたとき、食費がすごかったものねえ――マリツィカは楽しそうだったけど」
「なんの話ですか?」 というリディアの質問に、アルカードが肩をすくめる。
「話したこと無かったっけ――グリゴラシュと東京で戦ったときに襤褸雑巾みたいにされて、当時まだ日本家屋だったあの家の土蔵と塀の隙間で眠り込んでたら、見つかって引っ張り出されてな。それで、そのあとしばらく世話になった」
 家の食事はマリツィカが作っててな、爺さんやイレアナが作ったのよりも味が好みに合ったからよく喰ってた――そんなことを付け加えるアルカード。
「そんな話は前に聞いた気もしますね。ご飯の話は初耳ですけど」 そう返事をすると、アルカードは適当に肩をすくめた。
「飯が美味いって話は、こないだしなかったっけ」
「ああ、そういえば」 先日の――最終的にみんな酔っぱらった宴会みたいになった――コーヒーブレイクを思い出して、リディアはうなずいた。彼がマリツィカの胸の大きさに言及していた点に関しては、思い出さない様にする。
「そのあとしばらくうちにいる間、うちの食費が五倍になったのよ――家の食事はたいていマリツィカが作ってくれてたから、あの子は楽しんでたみたいだけどね」 当時を思い出しているのか懐かしむ様に目を細め、イレアナがそんなことを言ってくる。
「アルカードが――あの日本家屋にですか?」
「ああ、そのときに忠信さんとか恭輔君にもはじめて会ったよ」 本条の御老体もな――彼はそう付け加えてから、
「まあ、ひと月もしないうちにあの家は燃えちまったんだが」 アルカードが重い話題を続けてくる。先ほどわざわざ言及を避けた身としてはそれもどうかと思ったが、凛も蘭も話は知っているのか特に気にした様子は見せなかった。
「そうなんですか?」
「ああ。おっと、俺の事情とは関係無いぜ? 先に言っとくけど」 爺さんの金融関係のトラブルだよ――聞いてもいないのにそう付け加えて、アルカードはローストビーフを割箸でつまみ上げた。
「ま、金を借りたところが悪かったんだろうけどな――」 そう続けて、アルカードがローストビーフを口に入れる。
「それからしばらく厄介になって、その間に仕事をいくつか片づけて――帰ってきたら、家が燃えてた」
「それで――」
「大丈夫、今みんな生きてるだろ。人死には出てないし、店も燃えたけど休日だったから人的な損耗は無い。爺さんは火傷して緊急手術、イレアナと蘭ちゃんは煙を吸って処置を受けてたが」 あ、あと忠信さんにはそのときはじめて会ったんだよな――そんなことを言いながら、アルカードはフライドポテトを箸でつまみ上げた。
「どうして火事に?」
 家が火事になって建て替えたということは、先日老夫婦の家で神城家の面々と顔を合わせたときに聞いたことがある。その後に聞いた話では、当時は店と家は一体化していなかったそうだが――つながってはいなくても近接はしているだろうし、そういう意味では延焼してもおかしくはないか。
「放火だよ」 予想以上に重いことを、アルカードがサラッと言ってくる。彼は烏龍茶のグラスをひとつ取り上げて口をつけ、
「さっき言ったろ、債務関係でトラブルがあったって。トップが左翼政党とつながりのある犯罪組織が、当時家にいたアレクサンドルを袋叩きにしてからデルチャを気絶させて、家に灯油を撒いて火を放ったのさ――動機は聞いてくれるなよ、聞き出してないから知らん」
 まあ動機なんぞどうでもいいがな。どうせくだらんことだろう――そう続けてから、アルカードは椅子の背もたれに体重を預け直し、
「本条の御老が近所の空いてる持ち物件に入居の手配を整えてくださって――まあ、俺はそのあと、原因になったヤクザどもを潰して、あとバックにいる国会議員と地方の代議士どもに適当に脅しをかけて、それから出ていく算段をしてたんだが」
「だが?」
「ちょうど神田に用意してもらった金を置いて家を出たときに、まあ――ちょうど、あの件が起こったわけだ」
「?」 どの件ですか?と聞き返すより早く、アルカードは先を続けた。
「ちょうどその日、デルチャは蘭ちゃんを連れて出かけてたんだが、帰ってこなくてな――出かけた先の友人の家はすでに一時間以上前に出てるってことで、爺さんや忠信さん、神城の四兄弟が手分けして捜索してるところに出くわしてな。放っておこうかとも思ったんだが」 そこでいったん、言葉を切る――こういう口ぶりをするということは、放っておかなかったのだろう。
「だが?」 聞き返すと、アルカードは箸先で生ハムをつまみ上げ、
「ちょっとその前から妙な気配を感じててな。今はもう無いんだが、ほれ、機械化駐車場とコンビニの間の、丁字路になった交差点」
 硲西の交差点のことだろうか、そんなことを言ってくる。あの交差点は直進すると街の中心部に、左折してしばらく行くと神城家の実家に出る――蘭と凛は両親が出張先に戻った時点で再び老夫婦の許に預けられており、今は陽輔がひとりで暮らしているのだが。
「あそこを神城邸を通りすぎてもっと先に行くと、寂れた神社があるんだ――否、あったが正しいな。無人の社で管理してる神社も無いせいか、その後修復されてないから」
 アルカードはそう言ってから、
「そこがおかしなふうに地脈が澱んで瘴気の強い霊場になっててな、神社に宿ってた神がめっちゃ邪神化しててさ――月齢が悪かったんだろう、ちょうど『点』からあふれ出した大量の精霊を取り込んで、その邪神化した神が受肉マテリアライズしてやがったんだよ。で、ちょうど近くを通りかかったデルチャと蘭ちゃんが神社に引きずり込まれて、喰い殺されそうになってたんだよね」
 アルカードはそう続けてから、生ハムを口に放り込んだ。デルチャと蘭は無事に生きているから、その邪神はアルカードが仕留めてしまったのだろう。そう考えて、リディアは次の質問を発した。
「その霊場ってどうなったんですか?」
 地球と呼ばれるこの天体の地中をめぐる星の活力の流れを、魔術師たちは地脈と呼ぶ。地球の内部をメロンの筋の様に無数に走る地脈は合流と分岐を繰り返して南北の極の間を走っており、合流の角度が悪くて巧く合流出来ずにぶつかりあう場所を『点』と呼ぶ――『点』は地中ではその場に澱み、徐々に『点』から地脈へと流れ出していくのだが、その流出のペースが遅かったり、地表に近い場所では、活力の流れ、すなわち魔力が地表に噴出して大気中に溶け込むことがある。
 その地上に噴き出し大気に溶け込んだ無属性の魔力を大気魔力ミスト・ルーン、精霊と呼び、精霊が地上に噴出する場所では天界や地獄にいる神霊たちがこちら側に顕現するための触媒――『門』が発生しやすい。
 さらに『点』の影響はそれだけではなく、本来は自分の力だけでは受肉マテリアライズして肉体を維持することの出来ない下級神霊たちが、精霊を取り込んで力不足を補いながら顕現することも出来るため、場合によっては非常に厄介な存在になりうる――『門』の周囲で目いっぱい精霊を取り込んだ下級悪魔が、人里を襲うことがあるからだ。

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