徒然なるままに修羅の旅路

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In the Flames of the Purgatory 13

2014年11月16日 23時44分31秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   §
 
 白星学園の食堂は、かなり大規模な硝子張りの建物だった――移動の手間を少なくするためだろう、校舎と寮の建造物に附随する形で建てられており、小中高等部それぞれひとつずつ食堂があることになる。
 それがいいことなのか悪いことなのか、アルカードには判断がつかなかった――食堂は校舎と寮両方に渡り廊下でつながっているから、雨に濡れる事無く移動することが出来る。
 これが各校舎からひとつの食堂を使うとなると移動の手間も大変だし、時間もかかる。食堂で勤務する人たちの労働も半端無いものになるので、まあ正しい判断なのだろう――しかし、幼稚園児から小学校に上がったばかりの子供を学食に連れていくというのは、結構な重労働なのではないだろうか。
 当時幼稚園児だった凛と蘭の面倒を見ていたときのことを思い返しながら、アルカードは首をかしげた――たまたま預かっていた子供ふたりの面倒を二日間見るというのは、気苦労も含めると相当なものだったが。
 あのときはこの気苦労に比べれば一週間食糧無しで敵地に孤立していたときのほうがまだ気楽だったのではないだろうかと、五百数十年前の記憶を思い起こして極めて真剣に思い悩んだものだが。
「どうかなさいました?」
 食堂の入口のところで足を止めているアルカードを見咎めて、薫がそう声をかけてくる。
 思ったことをそのまま説明すると、薫は楽しそうに笑って答えてきた。
「確かに重労働みたいですね――おとなしく座ってもらうのが大変だそうです」
 食堂にはほとんど人がいない――夕食の時間にはまだ早いからだろう。だが喫茶店感覚で使用しているのか、私服姿の生徒がちらほらと散見された。
 建物は一部二階建てになっており、その二階部分は教師専用のスペースなのだと薫が説明してくれた――が、だからと言って二階を使わなくてはならないというわけでもないらしい。
 分煙機が置かれているので喫煙の習慣がある先生はそちらにいらっしゃるんですけれど、と薫が説明してくる。
「でも、なんだか晒し者になってる気がしてあまり好きじゃないんです」
 わたしは煙草を吸いませんし――そう続けてくる彼女の言葉を聞いて、アルカードは苦笑した。しかしながら、後ろめたいことがあるのでなければなんの問題も無いだろう――彼女は別に、どうしても嫌だと思っている様には見えない。
 それに、生徒と話をろくにしないで教師だけで固まってると、生徒と距離が離れてしまいますし――そう続けてくるのを聞いて、アルカードは納得した。人様の子供の教育に自分のイデオロギーを織り交ぜる気満々の胡散臭い教職員組合の影響を受けたダメ教師なら、ことさらにそういったことには嫌悪感を示すだろうが。
 その思考を読んだかの様に、薫がこちらに視線を向ける。
「うちの学校には日教組の関係者はいらっしゃいませんよ。この学校だけの組合というのはありますけど」
「そうなんですか?」 聞き返しながら、薫について歩き出す。
「ええ、お互いに自分の教えてる内容がちゃんと学習指導要領に沿っているかどうかとか、思想的な偏向が無いかどうか、そういうことを確認しあってるんです。特に北海道の教組は教育の偏向が強いですから」
 この人可愛い顔して結構毒舌だな、さらっときついことを言う薫の背中を見ながら、アルカードはそんな感想をいだいた。
「前に公立校からお子様を転校させてきた親御さんがいらっしゃったんですけれど、偏向教育があまりにひどくて、到底子供を預けられないレベルだったとおっしゃってました。危機感をいだいたので転校させていらしたそうです――わたしも北教組の方針についてはいくらか知っていますけど、確かに子供を預ける気には到底なれない様な状態ですね」
「そうなんですか? あまり詳しくはないんですが――」
「学園長――叔母はもともと、道内でも有名な北教組嫌いです。教育内容が明らかに偏向してますからね。竹島は韓国領だ、って教えてますけど、なら北方領土はロシア領だって島根県が主張したらこの人たちはどう思うのか――そういう人の気持ちに立った考え方も、資料に基づいた客観的な思考も出来てませんから。それに国旗国家だけじゃなく、生徒に目標を明示する学力テストや体力テスト、子供の安全や衛生に関するシステムの導入にもしょっちゅう反対していますしね――叔母はあの組織はただ単に既得権益を守りながら、仕事をさぼりたいだけだって言ってました」
「たぶんそれが正解だと思います」 アルカードはそう答えて、自分が困っていることに気づいて苦笑した――アルカード自身は今のままの居心地のいい日本が好きなので、将来的に平成の脱税王だのと呼ばれて揶揄される連中が牛耳る政党がのさばるのは決して歓迎はしていないのだが、そもそも参政権を持たない外国人であるアルカードとしては、あまり極端に政治的な話にはたいしたことが答えられない。
 まああの組織はいずれ竹島は韓国領だと教えることを正式に決定して批判を浴びたりAEDの設置に反対したり、フッ素液によるうがいの導入に反対してみたり、しまいには北海道選出議員に千五百万ばかり裏金を渡したことが発覚して何人か逮捕されたり、そのことで平成の脱税王や不動産王と相俟ってルーピーダーティースリーピーだのゼネコンとマザコンと日教組とか揶揄されることになるのだろうが――
 とりあえず話題を変えることにしたらしい薫に呼ばれて、アルカードは思考を打ち切った。
「食事時に関してはまずあちらのカウンターに行くんですけど、それ以外の時間帯でも利用は出来ます」
 そう言って、彼女はカウンターのひとつに歩み寄った。色白の太ったおばちゃんが彼女に気づいて、抱きつかんばかりの勢いで駆け出してくる。
「あら、薫ちゃんじゃない。どうしたの?」 
「こんにちは、おばさん。ちょっとこちらの方とお茶でもと思って」
 そこでようやく、その女性はこちらに気づいた様だった。こちらの頭のてっぺんから爪先まで無遠慮に観察してから、
「……彼氏?」
「違うわよ、臨時で来られた講師の先生」
「です。御期待に応えられなくて申し訳ありませんが」
 軽く会釈しながらそう引き継ぐと、彼女はなあんだ、とつまらなそうに腕組みした。だがなにを思いついたのかすぐに満面の笑みを浮かべて、
「香川京子。見ての通り、食堂のおばちゃんよ――よろしくね」
「アルカード・ドラゴスです。短い間になりますが、よろしくお願いいたします」
「日本語お上手ね――後ろから声をかけられたら気づかないわよ」
「もうそれなりに長いですから」
 そう答えたところで、挨拶もそこそこに薫が精算方法を説明した。身分証のICチップで清算する仕組みになっているらしい――あとから給料から天引きとか、そういう仕組みだろう。アルカードがこの任務中に給料を受け取るわけではないので、請求は最終的に大使館に行くのだろうが。
 アルカードはブラックのコーヒーを、薫はレモンティーを注文して、出来たら持っていってあげるから、という香川の言葉に送り出されて適当に席に着く。
「ごめんなさい、先生。あのおばさんはわたしが学生だったころからずっとここで働いてくれてるんですけど、ああいう話題が大好きなんです」 申し訳無さげに委縮している薫に適当に手を振って、アルカードはかぶりを振った。
「ああ、それで」 妙に馴れ馴れしく薫ちゃんなどと名前で呼んでいたわけだ――納得してうなずいたとき、あー、という明るい声が聞こえてきた。
「鳥柴先生、なにしてるんですか?」
 視線を向けると、先ほど学生寮で顔を合わせた女の子ふたりが、おやつのつもりかクッキーのお皿と紅茶のグラスの載ったトレイを手にこちらに近づいてきている。
「あ、さっきの人」
「お邪魔ですね、さようならー」 
「――否、そこで去られても困るんだけど」 廻れ右して去っていく少女たちの背中にそう声をかけると、ふたりの少女たちはしばらくこちらと薫を見比べてから、おもむろに手近な席に腰を下ろした。
 ふたりとも身長は百六十センチに届くかどうかというところだろうか――ショートカットの女の子のほうがいくらか活発そうに見えるが、セミロングの女の子も肌は日焼けしていて、Tシャツの袖から伸びる腕にはそこそこの筋肉がついている。おとなしそうに見えるが、決して運動が苦手なわけではないのだろう。とりあえずどちらも可愛い。
 年齢は十五、六か――その程度の見当をつけて、アルカードはとりあえず最初の疑問を解決するために口を開いた。
「ええと、どっちが雪村さんだったかな?」 学生寮の廊下で男子生徒がふたりのどちらかに声をかけていたことを思い出しながら、そう尋ねる。
「あ、ふたりとも雪村です」 アルカードの言葉に、セミロングの女の子が答えてきた。
「あんまり似てないけど、わたしたち双子なんです。雪村早苗と、この子は雪村香苗です」 ショートカットの女の子を手で示して、早苗はそう自己紹介してきた。
「この子たちは明日先生に見ていただく、1-Aの生徒です」 ふたりの少女を手で示して、薫がそう説明してくる。
「そうなんですか。さっきも一度自己紹介したけど、アルカード・ドラゴスです。期間はまだわからないけど、鳥柴先生の補佐として臨時講師で入ることになりました。あらためてよろしく」
「よろしくお願いします。先生はどこの国のご出身なんですか?」 興味津々といった様子で尋ねてくる香苗に、アルカードは軽く手を振ってみせた。
「俺はルーマニアのブカレスト。十四歳のときに日本に来たから、十年くらい前かな」
「――ということは二十四歳……」 信じられないという表情でまじまじとこちらの顔を凝視してくる早苗から視線をそらしつつ、アルカードは表情には出さずに嘆息した――やっぱり無理だよ、神田セバ
「よく言われるんだ、童顔だって」
「いいじゃないですか、若く見えるんだし。わたしたちよりちょっと年上にしか見えませんよ」
「それって喜んでいいのかい、俺?」
 あはは、と笑いながら、早苗が顔の前でパタパタと手を振る――なんとなく気持ちが沈むのを感じながら、アルカードは香川が飲み物を持って歩いてくるのを見遣った。
 香川がアルカードと薫の前に頼んだ飲み物を並べつつ、
「楽しそうだね。あたしも混ざっていい?」
「……お暇なら、どうぞ」
 その言葉に、香川はからからと笑ってアルカードの背中をバンバン叩き、
「冗談よ。若い子は若い子でやっててちょうだいな――あたしはこれから一回帰って、うちの愛犬にご飯をあげなくちゃいけないからね」
「千歳の市街から通勤を?」 今から千歳に帰ってからもう一度戻ってきたら、夕食時に間に合わない気がするが――そう思いながら尋ねると、香川は笑って首を振った。
「寮だよ。あたしとうちの旦那で学生寮の寮監もやってるのさ。学生寮にハスキーが棲みついててね、その子がうちの愛犬。名前はマトリョーシカで、今年でたぶん五歳くらい――目下の悩みは生徒がおやつをあげるから、最近ちょっとメタボ気味」 聞いてもないことまで答えてくる香川に、アルカードは苦笑した。どうやら餌づけして懐いてもらう手は使えないらしい。
 よかったらあんたも遊んでやってねー、という言葉を残して適当に手を振りながら立ち去っていく香川を見送ってから、アルカードはコーヒーに口をつけた。ちゃんと豆を挽いて淹れているのだろう、香りの強いコーヒーを喉に流し込む。
「ところで先生、日本語お上手ですけど、ルーマニア語はもちろん話せますよね」 早苗の言葉に、アルカードはうなずいた。
「もちろん」
 その返答に、早苗が目を輝かせる。胸の前で両手の指先をくっつけながら、
「わたし、将来中欧の通訳になりたいんです。今ルーマニア語の勉強中なんですけど、今度教わりに行ってもいいですか?」
「どうぞ――ルーマニア語と言わず、なんでも聞いてくれ。北半球の言語なら、よほど少数民族の言語以外はほぼ全部会話も読み書きも出来るから」 すごい、と手を叩く早苗から視線をはずして、アルカードは薫に視線を向けた。
「あまり夜更かしとかはしちゃダメですよ? この間倒れたばかりじゃないですか」
 薫の言葉に、早苗は彼女に顔を向けた。
「う……気をつけます」
 少女ふたりが来た時点で、薫から昏倒した女生徒に関する話を聞き出すことはあきらめていたのだが――思ったよりも多くの情報が引き出せるかもしれない。そうつぶやいて、アルカードは早苗に視線を戻した。
「倒れた? 貧血かなにか?」
「いえ、原因はわからないんですけど、さなちゃん、この前突然倒れちゃって、しばらく目を醒まさなかったんですよ」
 さなちゃんというのは早苗の愛称らしい――説明してくる香苗と早苗を見比べて、アルカードは眉をひそめてみせた。
「目を醒まさなかった――って、検査とか受けなくて大丈夫なの?」
「精密検査まで受けましたよ。でも原因が掴めなくて――ほかにも何人か、倒れてるみたいです」
 その言葉に相槌を打ちながら、アルカードはそれまでとはまったく異なる視点でセミロングの少女を観察していた――特に魔術的な操作は感じられない。気配も人間のそれと、これといって変わらない――視線の動きや瞳孔、表情を観察しても特に不自然なものは感じられない。
「ほかにも? さっき学園長と話をしたときにも、似た様なことを言われたけど」
「はい。小学とか中学も含めて、十人――」
「十一人じゃなかった?」
「そうだっけ?」
 そんな会話をしつつ、ふたりの少女たちがそろって薫に視線を向ける。その視線を受けて、薫は小さくうなずいた。
「十一人です、雪村さんも含めて」
「雪村さんはいつ倒れたの?」 アルカードが尋ねると、早苗はちょっと天井を見上げ、唇に指先を当てて考え込んだ。
「三週間くらい前でしょうか。部活中にくらっとなって、そのまま昏倒したんだって部活の先輩が言ってました」
 そのまま一週間くらい昏睡してたそうです、と付け加えてくる。
「部活はなにしてるの?」
「テニス部です」 アルカードの質問に、早苗がそう返事を返してきた。
「ほかの子たちもみんな、一週間寝込んでたんですか?」
「それが結構ばらばらなんです」 アルカードの質問に、薫がそう答えてくる。
「早苗さんは一週間昏睡してましたけど、中等部の子は倒れてすぐに目を醒ましてました――といっても、たまたま話をした部活の監督の先生から窺っただけですけれど。念のために検査も受けてもらいましたけど、特に異常は見られなかったそうです」
「そうなんですか」 木の実を齧る栗鼠みたいにぽりぽりとクッキーを齧っている早苗に視線を据えて、相槌を打つ――早苗はこちらの視線に気づいて、気恥ずかしげに紅茶に手を伸ばした。
 それを見ながら、アルカードは胸中でだけ笑った。
 どうやら当たりらしい――人間に限らず、生物には個体ごとに魔術に対する相性がある。
 抗魔体質レジストがその好例だが――感染魔術コンティジャスマジックなどの肉体や霊体に作用する魔術の場合、同じ魔術をかけても個人ごとに効きが異なる。同程度の効果が見込める状態にしようとすると、個人差によって術が作用するまでの時間が変わるのだ――昏倒した女子生徒が昏睡から覚醒して回復するまでの時間に、個人個人で差があるのはそのためだ。
 おそらく脳に書き込まれた術式ファイルが自己を展開し起動準備が整うまでの間、送り込まれた大量の情報を処理するために脳に過負荷がかかり、その結果昏睡状態に陥るのだろう。パソコンで言えばビジー状態の様なものだ。
 外見的に異常が出ていないし、親近者が違和感をいだく様な行動の変化が表れていないということは、脳に書き込まれた術式がスリープ・モードにあることを示している――術者の指令で起動するのか、時間を指定して起動するのか。
 いずれにせよ、彼女に関しては被害を受けていることを疑ってかかったほうがよさそうだ。
 おやつと飲み物が空になったところで、予定でもあるのかふたりの少女は立ち上がった。
「先生、わたしたち先に戻りますね」
「ええ」
「また今度ね」 手を振ってやると、ふたりの少女たちは軽く会釈をしてから食器を返し、食堂から出ていった。
「ごめんなさい、ドラゴス先生。打ち合わせのはずだったのに全然打ち合わせしてませんでしたね」 そう言ってくる薫に、アルカードはかぶりを振った。
「お気になさらず」
 そう答えて、アルカードは少しだけ笑った。残り少ない飲み物を一気に飲み乾して、
「ありがとうございます、鳥柴先生――実際有意義な時間でした」

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