徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Vampire and Exorcist 12

2014年10月03日 23時51分50秒 | Nosferatu Blood
 
   †
 
 前に誰もいなかったので、エスカレーターを駆け昇る――男は特に周りを警戒した様子も無く、こちらに背を向けてぶらぶらと歩いていた。
 人目を引くあでやかな金髪と、特徴のあるペイントの施されたジャケットのおかげで簡単に識別出来る。
 どうやらそのフロアは家電品売り場らしく、男は電球が大量に陳列されたコーナーで足を止めた。
 紙のスリーブに納められた棒状の蛍光燈の電球を手にとって、なにやら確認している――おそらくはワット数などの規格だろうが。彼は陳列棚の上のほうに設けられた蛍光燈の光色や明るさを確認するためのディスプレイを見遣ってから、たまたま近くを通りかかった店員を呼び止めた。
 距離を取ってパソコン用のケーブルを選ぶふりをしながら、その様子を観察する――大音量で流れている店のBGMもあって、話し声は到底聞き取れない。だがすぐに話はついたのか、若い男性店員は金髪の男が手にした蛍光燈のスリーブを受け取って歩き去っていった。
 立ち去ろうとした店員を呼び止めて、金髪の男が何事か声をかける――了解したしるしにうなずいて、店員は歩き去った。
 なにを指示していたのかは知らないが、とりあえずそれはどうでもいい――距離を取ってよく観察してみるが、外見は人間と変わらない。
 あの紅い紅い瞳――間違い無く闇の眷族ミディアンの証たる深紅の眼だ。まったく外観の変化無く完全な人型を保てる魔物は実は人間の変種である吸血鬼だけなので、彼がそれであることは間違い無い。
 いったいなにをするつもりなのだろう――いぶかしんでいると、金髪の男は再びてくてくと歩き出した。手近にいた携帯電話キャリアのジャンパーを着た女性店員に声をかけて、それから陳列棚の間を抜けて歩いていく。歩いていく方向に、『パソコン』と書かれたボードが天井から吊り下げられていた。
 距離を取ったまま平行に移動して陳列棚の間を抜けて歩いていくと、金髪の男が今度は陳列されたノートパソコンのキーボードを叩いているのが視界に入ってきた――そこに先ほどとは違う、TOSHIBAというメーカーロゴの入った上着を羽織った年配の男性店員が歩いてきて、何事か話しかける。
 男はノートパソコンを選んでいるのか実機を触ったりカタログを見たりしながらしばらく店員と話をしていたが、やがて陳列されたパソコンのひとつを指差した。
 その後さらになにやら会話を続けてから、どうやら商談がまとまったらしく、店員がうなずいてふたりで歩き出す。
 変わらず距離を取ったまま観察していると、どうやらふたりはレジに移動した様だった――年配の男性店員がレジについていた女性店員に何事か声をかけ、手にしたカードの様なものを渡してから歩き去る。先ほどまで見ているふりをしていた洗濯機の前面に、バーコード入りのラミネートされたカードを入れる袋状の容器がセロファンテープで貼りつけられていた――おそらくはそれと同じ、注文用のカードだろう。
 パソコン売り場で話をしていた年配の男性店員と蛍光燈売り場で話をしていた若い男性店員が、レジで会計を待っている金髪の男のそばに歩いてきた――年配の男性店員はノートパソコンの段ボール箱を、若い店員は大きな四角柱状の段ボール箱をそれぞれ持っている。どちらもビニールロープで括られ、持ち運びが楽な様に樹脂製の取っ手がつけられていた。
 金髪の男が適当に片手を挙げ、それを見てふたりの店員がそれぞれ手にした段ボール箱を床に下ろす――どうやら運ぼうとするのを断ったらしく、金髪の男は両手に箱を持って歩き出した。
 どこへ向かうのだろう――もし彼が車に乗る様なら、追跡は楽になる。
 さすがに自動車とかけっこをして勝つことは出来ないが、聖堂騎士団は大使館経由で警察に協力を依頼出来る。車種とナンバープレートを確認出来れば、スピード違反用の監視装置などを利用したり、警察の巡回にナンバーを確認させたりして、大雑把な位置は把握出来るだろう――さすがに本人が自分の名義で買ったものということはないだろうから、男の塒を突き止めるとまではいかないだろうが。
 男は先ほどこのフロアに上がるのに使った、吹き抜け近くのエスカレーターのほうへと歩いていく――どちらに行くのだろう、昇りか、降りか。このまま帰るのならば昇りだ――シスター・マイが言っていたが、このショッピングモールには地下駐車場は無い。
 だが、エスカレーターの手前で彼は足を止めた。なにを思い出したのか、そのままくるりと踵を返してこちらに向かって引き返してくる。それを目にして、フィオレンティーナは戦慄した――気づかれた?
 否――気づかれたとしても、ここで仕掛けてくることは無いはずだ。土日の人出ほどではないだろうが、それでも周りには大勢人がいる。目撃者が多すぎるし、防犯カメラによって記録に残る。
 なにより、ここでは巻き添えが大量に出る。巻き添えを出すことは、あの吸血鬼も好みはしないだろう――吸血以外の手段で人を殺せば、それだけ自分たちの食糧が減ってしまう。それに、そもそもこんな場所で攻撃を仕掛けるのは愚の骨頂だ――こんな場所で刃傷沙汰を起こせば、間違い無く人間の警戒を招く。彼は店員三人に顔をはっきり見られているのだ。その店員たちがすぐそこにいるのに、仕掛けてくることはあるまい。
 努めて平静を装い、歩きながら吸血鬼に道を譲る――アンダーアーマーのTシャツの首元から、cw-xのアンダースーツのタートルネック状の襟が覗いている。どうやらこの季節だというのに、二枚重ね着しているらしい。左腰にナイロン製のウェストポーチをつけ、色の褪せたジーンズに黒いソールの頑丈そうな黒いレザーブーツを履いている。
 普通の吸血鬼にはあまり無い、穏やかにさえ見える整った顔立ち。到底人間を襲って血をすする様な、おぞましい怪物には見えない――こんな状況でなければ、むしろさわやかな雰囲気の好青年だとすら思ったかもしれない。だがその雰囲気とは対照的に、深紅の瞳の奥には氷の様な冷たさと業火の様な苛烈さと、虎の様な気配が宿っている。
 やがて、ふたりはすれ違った。
 だが、金髪の吸血鬼はこちらを気にした様子も無く、道を譲ったことに対してだろう、英語でごめんねと声をかけてからあっさりと彼女のかたわらを通り過ぎ、レジカウンターの隣にあるサービスカウンターに近づいて、そこにいた若い女性店員に何事か話しかけた。
 とりあえず陳列棚の間に入って、男の様子を観察する――男は何事か女性店員と話をしてから、別な男性店員に荷物を預けてカウンターを離れた。まだなにか買うつもりなのだろうか。
 吸血鬼が彼女が隠れた陳列棚の前を通り過ぎたので、再び気配を殺してついていく――今度は引き返すこと無く、金髪の吸血鬼は昇りのエスカレーターに乗り込んだ。
 
   †
 
「ありがとうございましたー」 メーカーから出向しているらしい東芝の社員と、家電品売り場の従業員が、満足げに頭を下げる――今陳列台に陳列されているノートパソコンの中で一番高い製品が売れたからだろう、熱心にQosmioの商品説明をしてくれた東芝の男性社員は実にうれしそうだ。もちろんそれが営業社員としての自分の実績にかかわるという点もあるだろうが、話している限りでは東芝という会社が好きなのだという印象を受けた。
 彼らの声を背中に聞きながら、アルカードは左手にぶら下げたノートパソコンの箱を見下ろして溜め息をついた。
 なんて衝動買いを――俺。
 深々と溜め息をついて肺の中の空気をあらかた吐き出し、歩き出す。
 東芝製の春夏の新型の最上級モデルのノートパソコンの段ボール箱を左手に、右手には棒型蛍光燈の電球をケースで。どちらもPPロープで括って取っ手をつけてもらっている――全部現金払いだったので、東芝から出向している社員が店にかけあっていろいろおまけをつけてくれた。つけてくれたのはいいのだが、アイオーデータのルーターとLANケーブル、USBフラッシュメモリで荷物が増えた。否、重量的にはなんということもないのだが、持ちにくい。せっかくのおまけなので文句を言うのも失礼だが。
 今日ほど自分のセールストークに対する弱さを思い知ったことは無い。
 仕事用のパソコンとしての購入なので、経費で落ちるのだが――そして自分ひとりで全部処理してしまえるので誰に文句を言われることも無いのだが、興味本位だけで予算を大幅にオーバーしてしまった。
 まあ、今まで使っていたのは98のスペックのパソコンに無理矢理XPをねじ込んだ代物だったので、かまわないといえばかまわないのだが――少なくとも、今よりはいろいろはかどるだろう。VistaはPC自作マニアの間ではあまり評判がよろしくないが――それはただ単にXPより要求スペックが上がっているために、XP用のパソコンではスペックが足りないというだけのことだ。最初からVista前提の機械であればなんの問題もあるまい。
 アルカードは両手に大荷物をかかえたまま、エスカレーターへと足を向けた。
 しばらく歩いたところで、ふと足を止める。彼はそのまま踵を返して、レジの隣のサービスカウンターのほうへと歩き出した。
 ちょうど後ろから歩いてきていた少女が、こちらに気づいて道を譲ってくれる――細身の肢体を修道衣カソックに包み、控えめな胸元で銀十字ロザリオが揺れている。意志の強そうな凛とした雰囲気を身に纏った、ショートカットの美しい少女だ。
 なるほど――
 胸中でつぶやいて、アルカードは少女のかたわらを通り過ぎた。
「ごめんね」 英語でそう声をかけてから、アルカードはサービスカウンターに歩み寄った。カウンターの中にいる若い女の子に向かって、
「すみません、荷物これ、ちょっと預かっててもらえませんか? 一時間以内に受け取りに来ますから」
 髪を軽く茶色に染めた女の子は微笑んでうなずくと、
「かしこまりました。お名前をお願いいたします」
「アルカードです。アルカード・ドラゴス」
「ドラゴス様ですね。かしこまりました」 この街の住人ではないのだろう、新人研修中と書かれたプレートを胸につけたその女の子は日本語を流暢に話す外国人を珍しそうに見ている。
 先ほど蛍光燈の箱買いにつきあってくれた店員がこちらに気づいて近づいてきたので、アルカードは事情を話して彼に荷物を預けた。
 男性店員が二回に分けて荷物をカウンターの中に入れる。
「では、確かにお預かりいたします」
「よろしく」 そう言って手を振ってやってから、アルカードは踵を返した。
 
   †
 
 金髪の吸血鬼が何度か折り返してからエスカレーターから降り、歩き出す――ひとつ下のフロアの天井から吊り下げられたプレートからすると、エスカレーターを降りた先には屋上の駐車場があるらしい。
 金髪の青年は迷いの無い足取りで、駐車場のほうへと歩いていく――今が昼間であることは僥倖だった。
 屋外の天候にかかわらず、日中の吸血鬼の能力は夜間に比べて大きく低下する――魔力、身体能力、反射能力、聴力や視力などの五感にも影響が出て、結果索敵能力も低下する。吸血鬼に気づかれずに接近するなら、日中がもっとも理想的だ。
 エスカレーターを降りると、すぐ左手が二重の自動ドアになっていた。外側の自動ドアの向こうには風雨が吹き込むのを避けるためにひさしが大きく張り出して、その向こうに何台も車が並んでいる。
 フィオレンティーナがエスカレーターを降りたとき、金髪の吸血鬼はちょうど自動ドアのところで脇により、ベビーカーを押して歩いてきた若い母親のために道を譲ったところだった。
 女性がエスカレーターを上がって右手にあるエレベーターのボタンを押すのを横目に、少し待ってから外に出る――金髪の吸血鬼は自動ドアから外に出て左手に行ったから、そちら側に車を止めているのだろう。あの荷物をどうするつもりなのかはわからないが、もっと低い階層の駐車場まで先に車を移動させるつもりなのかもしれない。
 エレベーターのある建屋の壁に張りつく様にして向こう側の様子を窺うと――
 誰もいなかった。
 平日の昼間だからだろう、車はそんなに多くない。だが、十二、三台止まった自動車の運転席に人影は見えず、場内にも誰もいなかった。
 しまった――見失った、否、気づかれてた?
 でも――フィオレンティーナがわざと遅れていたとはいえ、彼が自動ドアから出てから彼女が外に出るまで十数秒しか無かったのだ。たったそれだけの時間で、車に乗って出ていくというのは――
 小さくうめいて、フィオレンティーナは溜め息をついた。取り逃がした――否、これでよかったのだ。もし見つかっていたら、少なくとも今この場で戦って勝利を収めることなど到底不可能だっただろうから。それどころか、おそらくは逃げ延びることすら出来なかっただろう。
 とにかく、彼が降りる場所は確認出来た・・・・・・・・・・・・・――この駐車場にも防犯カメラはあるだろう。監視カメラの映像にあの男が映っていたら、彼の乗った車輌のナンバーを確認出来るはずだ。
 あとはこの駐車場に設置された防犯カメラの映像を元に彼の車を突き止め、ナンバープレートから追跡すればいい。大使館経由で日本の警察に問い合わせてもらおう。
 胸中でつぶやいて踵を返そうと片足をステップしたとき、
「――あきらめるのか?」 背後から滑らかなイタリア語で声をかけられて、フィオレンティーナは弾かれた様に振り返った――先ほどまであとをつけていたはずの金髪の男が、すぐ後ろに立っている。目線が合うと、彼は片眉を軽く上げてみせた。
「その様子だと、お茶に誘いに追いかけてきたってわけじゃなさそうだな――残念だ」
「どうして――いつの間に」
「どうして気づいたのかって? 人のあとをつけるんなら、まずはその修道衣ナリをやめることを勧めるよ――外見上の特徴としては覚えやすすぎるしな」 フィオレンティーナのうめきにそう返事をしてから、彼は剣呑な眼差しを投げるフィオレンティーナの視線の棘を追い払う様に適当に手を振った。いつの間に、のほうには返事をする気は無さそうだったが。
「あと、ついでに忠告しとこうか――魔力だけじゃなくて気配まで消すと、却って怪しまれるぜ」
「いったい何者ですか、貴方――」 歯噛みしながら、フィオレンティーナは語を継いだ。この男から情報を引き出すというより、ただ単にどうやってこの状況から逃れるかを考えなければならなかったからだ。少しでも会話を引き延ばして、その間に方策を練らなければならない――準備も不十分、作戦も無く、距離も近すぎる。今の状況で正面から戦って、この男に勝利するすべは無い。
「つけたのはそっちだぜ――名乗るなら君のほうが先に……が筋じゃないのか、可愛いお嬢さん」
 別にこちらの思考を見透かしたわけでもないのだろうが、男は別段攻撃を仕掛けてこようとはしなかった。壁に左肘を突いて体重を預け、余裕たっぷりという様子で彼女を視線で嘗めている。
「まあそうはいっても、だいたい想像はつくけどな――その修道衣カソック、ヴァチカンの関係者だろう。ヴァチカンの関係者が、俺を見つけてつけてくる。となれば、身元の見当もおのずとつくってもんだ――これがデートのお誘いなら歓迎だがね」
 完全に体ごと向き直りじりじりと距離を取るフィオレンティーナを気にした様子も無く、男は唇をゆがめてそんな言葉を口にした。
「で、どこのどちら様だ?」
「わたしはヴァチカン教皇庁聖堂騎士団第二十八位、フィオレンティーナ・ピッコロです」
「なるほど――聖堂騎士団じゃ尾行の仕方は教えてくれなかったか」 苦笑気味にそんな言葉を口にして、男が左手で顔を覆う。
「で――その聖堂騎士がなんの用だ? 別にお茶のお誘いってわけじゃなさそうだし、君がひとりで俺と戦って勝てると思うほど無謀でもないだろう」
「……」 答えずにいると、男は気を悪くした様子も無くかぶりを振った。
「察するにあれか、たまたまそこらで見かけたからつけてきただけってところかな――本当に俺を狙ってるなら、そんなあからさまに目立つ格好でうろついたりしないだろう。君の狼狽ぶりから推すに、十分な準備もしてないし作戦も立ててない、行き当たりばったりの行動の結果の状況をどうにか好転させようと知恵を絞ってるってとこかな――今こうして君と面と向かってるってのに周りから誰も仕掛けてこないってことは、君は囮で、本命がどこかでチャンスを狙ってるわけでもなさそうだしな」 ばれてる――言い当てられて、フィオレンティーナは唇を噛んだ。彼の言うとおり、今の状況は文字通り絶体絶命だ。
 せめて、この男の注意がほかにそれれば――
 そう考えたとき、金髪の男が不意に背を向けた。

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