徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Black and Black 5

2014年10月31日 00時00分17秒 | Nosferatu Blood
「わかりました」 アルカードはうなずいて、
「それはそちらにお持ちください――こちらのお客様方には新しいものをお持ちします」
 それを聞いて、大皿を手にした女性たちが勝ち誇った様な笑みを浮かべた。大皿を取られた女性たちが不満げに顔を顰めるのを黙殺して、続ける。
「こちらのお客様の盛り合わせ料金はコースから引かせていただきます。そちらはコースぶんの料金と、こちらのお客様方にお出しする追加ぶんの料金を別に頂戴いたしますので」
「はぁ?」 その言葉に、ふたりの女性が顔を顰める。それを無視して、アルカードは先を続けた。
「こんなことがあったあとでこちらのお客様方に代金の請求は出来ません。かといってそのぶんを当店で負担するわけにもいきませんので、原因を作ったお客様方に請求させていただきます」
 続けたその言葉に、今度は大皿を手にした女性たちが不満げな表情を見せる――なにか言いかけた女性の言葉をぴしゃりと遮って、アルカードは続けた。
「なにかおっしゃりたいことがあるなら、向こうで伺います――これ以上ここで押し問答を続ければ、こちらの方々にもっとご迷惑をかけることになりますので。支払いを拒否なされるのは結構ですが、その場合こちらにも対処のプランはありますので」
 表情を引き攣らせて後ずさる女性たちを無視して、アルカードは皿を取られた女性たちのほうを振り返った。
「お騒がせしてしまって、申し訳ございません――すぐにオーダーを通しますので、もう少しだけお待ちください」 優雅に一礼してから、アルカードはアンに手を差し出してハンディターミナルを受け取った。
 会計情報を更新して伝票を印刷し、それまで置いてあった伝票の代わりにクリップボードに挟み込む。
 コンパートメントから出ると、大皿を奪った女性ふたりはすでに自分たちのコンパートメントに戻っているらしい。彼女たちの不平不満に耳を傾けるつもりなど無いので、アルカードは同様に会計情報を更新して伝票を印刷してからハンディターミナルをアンに返した。
「アン、おまえも戻ってくれ。それと、さっきの客が出るまではレジには俺がつく」 小声でささやくと、
「わかった」 アンが軽やかに踵を返して歩き去る。それを見送って、アルカードは大皿を持ち逃げした女性たちのコンパートメントに足を向けた。
「失礼いたします」 声をかけて仕切りの中に足を踏み入れ、不満げな割にはきっちり大皿を持ち込んでいた女性たちを見回した。
「お待たせいたしました。お会計の計算が終わりましたので、伝票の更新をさせていただきます」
 テーブルの端に置かれた伝票のクリップボードにはさまれた紙片を取り替えて、アルカードは再び一礼した。
「では失礼いたしました。どうぞごゆっくり・・・・・・・・
 最後の一言を少しゆっくりと述べてから、アルカードはコンパートメントを辞した。
 コンパートメントの区画から出るとちょうどお冷やを配り終えたところだったのか、お盆を手にしたフィオレンティーナが近づいてきた。
「どうでした?」
「一応片をつけた。とりあえずあのお客が帰るまではレジは俺がつくよ」 そう答えると、フィオレンティーナは小さくうなずいた。
「あの機械、直りましたか?」
「すまない、まだちゃんと見てないんだ。予備がいくつかあるはずだから、あとでそれを用意する――それまでとりあえずそれを使っててくれ」 フィオレンティーナが制服の腰元につけたハンディターミナルに視線を向けてそう答えると、フィオレンティーナは形のいい眉を寄せた。
「お気に入りだったのか?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど」 その返答に肩をすくめて、アルカードはちょうど会計処理の最中だったパオラのほうに歩いていった。
「ありがとうございました――」 食事客を送り出したパオラが、こちらの姿に気づいて振り返る。
「どうでしたか?」 そう聞かれたので、フィオレンティーナに聞かれたのと同じことを答えておく。パオラがうなずいたとき、バックヤードに戻っていたらしいリディアが早足で近づいてきた。
「アルカード、業者さんが来てます。対応に回ってくれますか?」
「わかった」 アルカードはうなずいて、パオラのほうに視線を向けた。
「ほかの子たちにも伝言を。俺が戻る前にさっきの客が出ようとしたら、すぐに呼んでくれ」
「はい」 パオラがうなずくのを確認して、アルカードはバックヤードのほうに歩き出した。
 
   *
 
 洗濯物を洗い終えた炎の様な赤毛の少女が、すっかり高くなった太陽を見上げてすっと目を細める。彼女は最後の一枚を籠に入れると、一度立ち上がって大きく伸びをしてから眼前を流れるコレンティナ川に視線を向け、
「――きゃぁぁぁぁぁっ!」
 川の中から首だけ出した自分の姿を目にして悲鳴をあげる少女を見遣って、ヴィルトール・ドラゴスは顔を顰めた。
「ラルカ」
 先日の大雨がまだ残っているのか、少し勢いの速い川の流れにあらがいながら少女に呼びかける。
「うるさい」
「うるさいじゃなくて」 母親みたいに腰に手を当てて、ラルカは心底あきれた口調で言ってきた。
「いったいなにしてるの?」
「ん。それはだな」 軽装の鈑金甲冑で全身を鎧ったヴィルトールは、ざばざばと音を立てて水を全身からしたたらせながら川岸に上がり、
「親父殿の言いつけで走りに行ったはいいんだが、帰るのが面倒になってな。言いつけられた距離は走ったし、いい加減暑くなってきたし、水も無かったし、仕方無いから水練がてら川を泳いで下ってきた」
「……それで落とした洗濯物みたいに川を泳いできたの?」 あきれを通り越して萎びた油菜の葉っぱみたいな表情で聞いてくるラルカにうなずいて、
「ああそうだ、まあ甲冑が重すぎて泳ぐというより川底の石ころと一緒に転がってくる感じだったが」
「それ、泳ぐじゃなくて溺れるって言うんじゃない?」 というラルカの言葉をさらりと受け流して、ヴィルトールは続けた。
「なかなか水が冷たくて気持ちよかったぞ。おまえもどうだ?」
「唇が紫になってるよ」
 というラルカの返事には答えずに、ヴィルトールは周りを見回した。養父の屋敷に仕える小間使いの少女であるラルカと同様、洗濯に出てきていた女たちがびっくりした顔でこちらを凝視している。幸いなことにラルカは一番下流寄りで洗濯をしていたので、水を汚してほかの女性たちの洗濯の迷惑になる様なことは無い。
 女性たちの視線を黙殺して、ヴィルトールはラルカのかかえた洗濯物の籠を奪う様にして取り上げた。
「あ、ちょっと」 ラルカの声は無視して、籠を片手で保持して歩き出す。
「それわたしの仕事――」 ラルカが言いかけたときには、ヴィルトールはさっさと歩き出していた。
 荷物を返してもらうのはあきらめたのか、ラルカは小走りに走ってきて歩調を合わせると、隣に並んで歩き出した。貰い子とはいえドラゴス家の男子であるヴィルトール相手だが、ラルカはあまり遠慮をしない――彼女の両親が見たら目を三角にして怒りそうだが、ヴィルトール自身はさほど気にしていなかった。
 別段少し下がることもなくかたわらに並んで話しかけながらついてくるラルカに一瞬視線を向けてから、ヴィルトールはバランスを崩して斜めになった洗濯籠を持ち直した。それを見遣ってラルカが眉をひそめ、
「せめて両手で持ったら?」
「俺は荷物を片手で持つのが好きなのさ」 そう答えて、あとはしばらく無言のまま小道を歩く――少し疲れたので、ヴィルトールはラルカを促して伐り倒された木の切り株に腰を下ろした。
「珍しいね」
「少し体を冷やしすぎたかな」 そう答えてから、ヴィルトールは天を仰いだ。
「どうしたの?」
 らしくもない溜め息をつくヴィルトールを不審げに見遣って声をかけてくるラルカに、ヴィルトールはかぶりを振った。
「なんでもない――ただ、そろそろ俺も出征することになりそうだ」
 それを聞いて、ラルカが不安げに眉をひそめる。
小竜公ドラキュラ殿下がお戻りになられること?」
「ああ」 ラルカが言っているのは、十年そこそこ前に弟である美男公ラドゥを裏から支援したオスマン帝国の画策によってワラキア公の座から追い落とされ、トランシルヴァニアに落ち延びてハンガリー王フニャディ・マーチャーシュのもとで幽閉の身となっていた、ヴラド・ドラキュラ公の復権だった。
 かつてトゥルゴヴィシュテにオスマン帝国兵の串刺し死体を林のごとく乱立させ、その酸鼻を極める光景にオスマン帝国皇帝メフメト二世も怖じけて逃げたという逸話を誇る串刺し公ツェペシュ
 ここ数年来、調べのついたところではヴラド三世はカトリック教国の支援を得るためにハンガリーでカトリックに改宗し、さらにポエナリ城の塔から身を投げた先妻の代わりにマーチャーシュの妹マリアを後妻に娶ったという。
 マーチャーシュが十二年来に及びドラキュラ公を幽閉していた理由は、オスマン帝国との内通の嫌疑であったという――実際のところ事実は逆で、ラドゥは国家と国民を守る気概に欠ける腑抜けの貴族だ。
 ヴィルトールの養父アドリアン・ドラゴスも含め、公爵家にそのまま仕えていた者たちはここへきて謀反を目論んでいる――密使を放ってヴラド公のもとにワラキア公国の現状を逐一に伝え、ヴラド三世の侵攻に合わせて内側から蜂起する計画も練っている。
 敵対していたオスマン帝国の手先になり下がったラドゥの靴の裏を嘗めんばかりの低姿勢の外交と、国境線を接する隣国モルダヴィアにまでオスマン帝国が攻め入ってきた現状、徐々に露骨になりつつある領土の割譲に、危機感をいだいているからだ。
 マーチャーシュがヴラド三世を生かしたまま養っていた理由は知らないが、ここにきてヴラドへの支援を約束し、さらに妹を娶らせることで血縁まで与えるという破格の処遇に転じたのは、オスマン帝国軍がモルダヴィアに攻め込み制圧したことで自国の支配地域が侵される可能性が現実のものになってきたためだろう。
 マーチャーシュの対オスマン安全保障政策は基本的に自分で軍を動かすのではなく、あくまでもほかの勢力に侵略勢力の背後や側面を突かせておく策であることが多い――それ自体は決して悪いことではないが、どんなに富強であっても実戦の経験が少ないというのはそれはそれで問題ではある。
 ヴィルトールは自分の右手をじっと見下ろして、そのまま強く握り込んだ。
「いずれ色小姓ラドゥは討たれて、ヴラド公が返り咲くことになるだろう――そのあとはおそらく、カトリック教圏から支援を受けての全面戦争になる。そのときのために俺たちも、そろそろ戦う準備を整えておかないとな」
「そうね」 内容は半分も理解出来ていないだろうが、ラルカが小さくうなずく。
 小枝に止まって囀る小鳥を眺めながら、ヴィルトールはひとりごとの様な口調で、
「そうなったらもう、今の様な生活はしていられないな――当分ブカレシュティに帰ってくることも出来なくなるだろう」
「そうね。でも公爵様がご復権なされるなら、ついていかれたグリゴラシュ様もお屋敷にお戻りになるかしら」 ラルカの言葉に、ヴィルトールは彼女に視線を向けた。
 理由は知らないが、養父アドリアンの長男であるグリゴラシュは幼いころからドラキュラのもとに身柄を差し出されている――否、生まれてすぐにといったほうが近い。
 年代的には五歳ほど上の義兄弟は、物心ついて間も無くヴラド公とともにトランシルヴァニアに落ち延びた――どの様な暮らしをしていたのか定かではないが、お世辞にも恵まれた環境とはいえないだろう。
 ここ数年来、マーチャーシュに見込まれたのか、グリゴラシュはブカレシュティとトランシルヴァニアを行き来してはアドリアンと緊密に連携を取り、ワラキアの内情を探る密偵の様な役割を果たしている。ラドゥを追い落とすためのワラキアの貴族たちの一斉蜂起計画も、彼の手引きによるものだ。
「無事に戻ってこられるのかな」
「大丈夫よ、きっと。戦争が終わるときには、侵略の危険も無くなって、旦那様もグリゴラシュ様もヴィーも、みんな無事に戻ってくるわ」
 そう言って微笑むラルカに、ヴィルトールは苦笑めいた笑みを返した。ヴィルトールのほうは、到底そこまで楽観する気にはなれない。
 到底そこまで楽観する気にはなれないが――
 ポンと肩を叩いて先に歩き出したラルカが、足を止めてくるんと回ってこちらに向き直る。無防備な明るい笑顔がまぶしくて、ヴィルトールは目を眇めた。
「ああ、そうだな」
 だが、まあ――この笑顔は守るに命を賭ける価値はあるだろう。
 そんなことを独りごちて、ヴィルトールは立ち上がった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Black and Black 4 | トップ | Black and Black 6 »

コメントを投稿

Nosferatu Blood」カテゴリの最新記事