徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Ogre Battle 9

2014年10月22日 00時05分21秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 しばらくしてから、銃声が聞こえなくなって――フィオレンティーナは自分を抱きしめる母親の腕の中から抜け出した。
 なにが起こったのかは、わからない――幼い彼女には、状況がまるで理解出来ていなかった。
 薄暗いその部屋は、ほとんど入ったことの無い父親の書斎だ――全面に本棚が設えられていて、いくつか背中合わせになった本棚もあり、大量の本が並べられている。フィオレンティーナは父親が読む様な難しい本はまだ理解出来なかったし、ちょっと饐えた匂いがあまり好きではなかった。
「フィオレンティーナ、離れちゃ駄目よ」
「でも、プリシラが――」
「駄目」 離れようとする娘を引き留めて、母が彼女の肩を掴む。ぴちゃりと言う水音を間近に聞いて、フィオレンティーナは母親を振り返った。
 見ると、母親もまた驚いた顔をして、フィオレンティーナの肩に置いた手の甲を濡らす液体を見つめている。それはあまりにも唐突に、まるで天井からしたたり落ちてきたかの様だったが――
 ぴちゃり。再び頭上から、今度は赤みの混じった液体がしたたり落ちてきて、フィオレンティーナは頭上を見上げた。
 それを視認した途端――母親の口から悲鳴があがる。
 いったいいつからそこにいたのか、天井板に指先を喰い込ませ、暗がりの中で真っ赤に輝く瞳をこちらに向けて、人影がへばりついていた――それが誰なのかも認識する暇は無い。飛び降り様に人影が振るった一撃で、肩のあたりに鋭い痛みが走る。
 否、それだけで済んだのは、きっと母がとっさに突き飛ばしてくれたからなのだろう――代わりに自分があげるはずだった絶叫が、母の口からほとばしる。
 腕を鮮血で真っ赤に染めて、母が悲鳴をあげていた――小さな舌打ちをひとつ漏らし、人影が手を伸ばして母の肩を捕まえる。背後から組み敷く様にして床の上に押し倒し、襲撃者は母の寝巻を引き剥がして首筋にかぶりついた。
「――!」 今度こそ激痛に耐えかねて、母親の喉からすさまじい絶叫がほとばしった。
 まるでストローで残り少なくなったジュースを吸い上げる様なジュルジュルという音とともに、暴れる母の動きが弱々しくなっていく。
 やがて眼から光が消え、助けを求めて伸ばされていた手が床に落ちた。
 く、く、く――なにがそんなに面白いのか含み笑いを漏らしながら、人影が立ちあがる。相変わらず顔は見えなかったが、彼はそのまま一歩こちらに踏み出して――ずぐ、という重い音とともに動きを止めた。
「……あ?……」
 人影が自分の背中から胴体を貫通して胸から顔を出した刃物の鋒を見下ろし、次の瞬間すさまじい絶叫とともに煙草の灰の様なものになって崩れ落ちた。血に染まった襤褸布の様な衣服だけが、悪い冗談の様にそのまま残っている。
 人影の胸を背中から長大な刃物で貫いた別の人影が、背にした刃物を手元に引き戻した。
 人影の向こう側に立っていたのは、映画で見たことのある日本の合戦武器――日本刀を手にした長身の人影だった。教会のシスター様が着る様な黒い包囲を身に纏い、顔も黒い布で覆っている。
 日本刀を手にしたその人物はこちらに背を向けて母のそばにかがみ込むと、しばし彼女の状態を検分してからかぶりを振った。
「――、――。――」 誰と話しているのか小声で何事か囁いてから立ち上がり、こちらを振り返る。
 男の人かとも思ったが、胸のあたりが膨らんでいる。女の人だ、と気づいたとき、黒衣の女性黒衣の女性は手にした刀を床に突き刺して、顔を覆う布を手で取り払った。身長は母よりも少し高い程度だろうか。彼女はフィオレンティーナのそばにかがみこむと、
「怪我は無い?」 思いのほか柔らかく優しげな声音に、息を呑む――透ける様に白い肌と、対照的な絹糸の様な艶やかな銀髪。
 彼女はフィオレンティーナに目の高さを合わせて、安心させようとしているのかぎこちないながらも微笑を浮かべた。
「怖かったでしょう――でももう大丈夫。わたしは貴方の味方よ」 カチカチと歯を鳴らして震えているフィオレンティーナの視線を追って視線をめぐらせ、彼女は背後で倒れている母の体に目を留めた。
「お母さんは、残念だけれど――」 その言葉の意味を幼いながらに理解してしまい、フィオレンティーナは拒絶する様にいやいやと首を振った。
 小さくかぶりを振って、彼女がフィオレンティーナの小さな体を抱き上げる。
「さあ、行こう――ここは危ない」 母を呼ぶフィオレンティーナの声はおそらくわざと聞こえないふりをして、彼女は歩き出しかけ――
 いきなり振り返った。しゃっという音が聞こえたのは、床に突き刺したままにしてあった日本刀を引き抜いたのだろう。激しい金属同士の衝突音とともに、ほんの一瞬だけ周囲が昼間の様に明るくなった。
 耳障りな金属の激突音に、女性の腕の中で身をすくませる。落ち着いた低い声が、縮こまった少女の耳朶を撃った。
「ほう――誰かと思えばシャルンホストか」
 視線の先にいたのは、黒髪を背中まで伸ばした黒い甲冑を着た男だった。左胸には薔薇の意匠があしらわれ、胴甲冑に薔薇の荊が絡みついた様な装飾が施されている。
 彼女と同様の暗がりの中で輝く深紅の瞳。手には廊下に飾ってある鎧が持っている様な、豪奢な装飾の剣を持っている。
「グリゴラシュ・ドラゴス――」 男が撃ち込んできた一撃を受け止めたままの体勢で彼女が苦々しげに口にしたのが、男の名前なのだろう。
 グリゴラシュと呼ばれた男が、口元をゆがめて笑う。
「いつもの様に備えが万全、というわけでもない様だな。ほかの仕事の帰りだったか?」
 その言葉に舌打ちをして、リーラと呼ばれた女性は力任せの動作で手にした剣の噛み合いをはずした。
「さあ、どうなんでしょうね? それをわざわざ、わたしが話すと思う?」
「ふん、別に聞きたいわけでもないがな。なかなか賑やかになっている様じゃあないか――それにその小娘、なかなか上物の魔力を持っている。食事には困らんな――連れ帰って飼っておけば非常食にもなりそうだが」
 グリゴラシュはそう言って、リーラがフィオレンティーナを降ろすのを阻止しようともしないままこちらを見守っていた。だが彼女が空いた左手を腰のあたりに伸ばすのを見るや、グリゴラシュが唐突に床を蹴る。
 苛烈な金属音とともに、リーラが大きく後方に跳躍した。小さなうめきを漏らすリーラのその腕から一筋の血が滴り落ち、母の首筋から噴き出した血で見る影も無く汚れてしまった高価な絨毯を濡らす。
「ヴィルトール以外は別に梃子摺る相手でもないが――ヴィルトールから教わらなかったか? 同格のひとりより半分の力量のふたりのほうが厄介だとな。ひとりがふたりに増えたところで倒す手間が増えるだけだが――戦闘が長引けば不覚を取る危険も増えるんでな。残念ながら助けは呼ばせんよ」
 左手で湾曲した剣を抜き放ったリーラに手にした長剣の鋒をまっすぐに向け、グリゴラシュはそんな言葉を口にした。
 
   *
 
「ところでアルカード」 テーブルの向かいでとても苦そうなコーヒーをすすっている吸血鬼から視線をはずし、パオラはかたわらのリディアが彼に声をかけるのに注意を向けた。
「なんだ?」 普段からあまり悪感情を表に出さない性格の様だが――子供の相手に慣れているからだろう――、今の彼はことさらに上機嫌な様だった。どのくらい上機嫌かというと八階の喫茶店にふたりを連れ込んで、頼みもしないのに季節限定品の桃のタルトを注文しようとするくらいだ――午前中からいきなりそんなカロリーの塊はやめておきたかったので、それは注文前に止めたのだが。結果、ふたりの少女たちの前にはそれぞれカプチーノとエスプレッソが並んでいる。
 ちなみに当の本人はというと、結局自分だけ頼んだ桃のタルト――申し訳程度のタルトの上に、寒天をかけた桃を載せたものだ――を適当に切り取って食べている。フィオレンティーナが言うには甘いものが苦手らしいのだが案外そうでもないらしく、なにやら満ち足りて幸せそうに見えた。とても美味しそうに見えたので断ったのをちょっとだけ後悔していると、
「興味があるんなら、頼んでみたらどうだ」 と、アルカードはそう言ってきた。そんなにものほしげな顔はしていなかったと思いたいが、気になるとつい見てしまうのでそう思われたのかもしれない。いずれにせよ、彼は返事を待たずにふたりぶん追加注文してしまった。どうも犬用の缶詰を三ケース買えたのが、よほど予想外の僥倖だったらしい。
「……それ、おいしいんですか?」
 アルカードが飲んでいるのはテーブル越しにも苦味のある香りが届くほどの濃いブラックコーヒーで、夏場だというのに普通に熱いのを飲んでいる。
「これか。どうなんだろう」 自分で好き好んで飲んでいるのだろうに、アルカードは眉をひそめてそう答えてきた――ブラックコーヒーそのものが旨い不味いではなく、今飲んでいるコーヒーの味に対して疑問を持っているらしい。
 ただ、注文を取りに来たウエイトレスにメニューを見ずにケーキを名指しで注文しようとしていたあたり通い慣れている感じはしたので、その点を疑問に思ってパオラは尋ねてみた。
「ここ、何度も来てるんじゃないんですか?」
「ここはあれだ、ご夫婦の孫娘ふたりのお気に入りでな。この店のケーキとか、タルトがだが――まあ洋菓子に関しては、とても受けてる。市のホームページの『ウマいもの十一選』にも載ってるくらいだ――ただ、飲み物がそれに合ってるかというと、微妙なところだな」
「十一選って、また微妙な数字ですね」 普通は十選とかでしょう――そう続けると、吸血鬼は肩をすくめた。
「それは言っちゃ駄目だ」 そう答えて、アルカードはまたコーヒーをすすった。
「まあここに来たのは、俺がカフェインを補給しときたかったからなんだけどな。今の調子だと、帰る途中で運転しながら寝ちまいかねん」
 悠然とコーヒーをすするアルカードを見て歩いて帰ろうかしらと思いながら、パオラはリディアと視線を交わした。
 アルカードは割とあからさまなその視線に気づいているのかいないのか、気楽にコーヒーをすすっている。
 そこでウェイトレスの女の子がふたりぶんの桃のタルトを持ってきて、少女たちの前にひとつずつ置いてから新しい伝票をクリップボードにはさんで離れていった。
 とりあえずフォークを手にとって、柔らかく煮た上から寒天をかけられた柔らかい桃を切り取りにかかる。
 桃は種を抜かれて中にふわふわのスポンジと生クリーム、カスタードケーキとイチゴが詰め込まれている。滑らかなクリームと口の中で溶ける様な柔らかいスポンジの触感、桃の甘みとイチゴの酸味が実に素晴らしい。これならたしかに、苦めのコーヒーに合うだろう。
 吸血鬼はそこで不意にこちらに視線を向け、
「ところで、君たちは冷蔵庫とか洗濯とかどうする?」 というアルカードの質問に、パオラとリディアはそろってアルカードに注目した。
「自室に必要なんじゃないか? 洗濯機はまあお嬢さんの部屋にあるから、必要なら借りればいいだろうけど、最低限冷蔵庫はあったほうがいいと思うが――自分で料理をしなくても、飲み物とかを保存するのには必要だろう」
 アルカードはそう言って、テーブルの上の伝票に視線を向けた。伝票には組み立て式犬小屋の購入と、持ち帰りにトラックを貸し出す旨が記載されている――今はトラックがすべて貸し出されていて、後日の宅急便になるのが嫌なアルカードはトラックが戻るのを待つつもりらしい。
 購入したのは大型犬二頭が入れるサイズの巨大な犬小屋とそれを囲う囲いで、これで犬三匹を一度に飼うつもりらしい。

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