●731部隊
●南京大虐殺 ●昭和天皇 ●教科書問題 ●陸軍登戸研究所 ●日航123便の怪 ●日本とドイツの違い ●原発・水俣病にみる学会の原因隠蔽の構図!! ●あなたの住む地域で、「731部隊展」を開いてみませんか? ●731部隊展 秘密保護法撤廃!!撤廃!!撤廃!! “過去に眼を閉ざす者は、未来に対してもやはり盲目となる” グーグルクロムで見るとスムーズに画面が動きます。 二度と悲惨な戦争を起こさないために1人1人が出来る事は? 731問題・南京大虐殺・慰安婦問題・重慶大爆撃等の歴史問題に日本人はきちんと向き合おう!! 「日本の一番長い日」は「日本のいちばん醜い日であった」 野中 だいたい安倍さんは「戦後レジームからの脱却」と言うが、それは自分の祖父である岸信介元首相がA級戦犯(容疑者)にされた東京裁判を否定したいということなんだ。 <共産党>衆院選で議席増 84歳の元「プリンス」に聞く ●日本医学界は、731・原爆・水俣・福島の経験を反省して、脱原発の先頭に立つべきだ!! ●日本政府は、被爆国の立場から、脱原発・核兵器廃絶の先頭に立て!! 731部隊展開催のお願い!! 731部隊映像コンテスト作品募集!! ●ニュース <ビキニ水爆実験>船員被ばく追跡調査 福竜丸以外で初 「戦争は人類の大犯罪」 反骨のジャーナリストむのたけじさん100歳に 韓国で安倍総理が「総理大臣談話」を発表するとのニュースが話題=「安倍談話」の発表時点を予測 自民 憲法改正原案の議論で改憲実現の機運を 日本は「歴史を学ぶ」上で、戦争の罪責をしっかり認識せよ ぽぽんぷぐにゃんラジオのおしらせ - 小出裕章さんver ・戦争の加害に対する反省・謝罪は? 本年は終戦から七十年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。 各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています。 天皇陛下の新年の感想 全文 権力側の都合の悪い情報を「国益を損なう」と言って隠すことはあってはならないことだと思う。 情報をもっと公開せよ!! 「日本では戦争について反省をしていない人々が権力を握っており、これが日本とアジアの人々にとって非常に深刻な問題になっている」 安倍さん!!72年の日中共同声明を完全に忘れたのですか? 共同声明は、「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」と明記している。 ※今の日本で「道徳重視」とか「命の教育」などと政府は言っているが、その一方で過去の日本の残虐行為を全て日本政府からして隠し続けている!!政府から姿勢を正し、過去の日本の侵略行為と向き合い、史料をきちんと国民の前に提示して、その責任を明確にすべきだ!! 北朝鮮の拉致問題で日本政府が北朝鮮に、「正直で誠実な対応」を求めているが、731や慰安婦問題等でも日本政府に「正直で誠実な対応」を求めたい!! 第1次世界大戦から100年、安倍首相への10の質問―中国メディア 加藤典洋(かとうのりひろ) 過去の自分の国が為した間違いを「謝る」こと、自分たちの「誤り」を認め、それと向きあうことが、戦争の死者の「無駄死に」に応え、自分たちの道義の「強さ」「まっとうさ」「未来性」のカギとすることで、彼らの「死」を弔うことにもつながる。 慰安婦、日韓併合、中国侵略…「謝罪は戦争の死者たちを哀悼する行為でなければならない」―日本を代表する思想家 歴史を否定する国が尊敬を勝ち取ることはできない 作家の村上春樹氏はこのほど日本メディアの取材に答え、第2次世界大戦や福島原発事故などに関して、日本は責任を回避していると批判した。 村上春樹氏「日本人は自らを第2次大戦の被害者と認識」―中国メディア ●皇室の秘密 君はアジアを解放する為に立ち上がった昭和天皇のあの雄姿を知っているか?より 01. 中川隆 2010年2月28日 01:03:24: 3bF/xW6Ehzs4I 山本五十六を海軍航空本部長から海軍次官に抜擢したのが永野海軍大臣で、山本海軍次官を連合艦隊司令長官に送りこんだのは、当時、海軍大臣だった米内である。 真珠湾攻撃は、責任者が永野で、実行者が山本、陰であやつったのが、米内だった。支那戦線拡大論者でもあった米内が、根回しして、対米主戦論者の永野が号令をかけたからこそ、対米非戦論者だった山本が、「ーこうなったら」と、掌を返したように真珠湾攻撃へつきすすんでいったのである。 ハーバード大学留学組で、長年の駐米武官を経験して、アメリカに友人や知已が多かった永野が、なぜ、やみくもに、アメリカと戦争をしたがったのであろうか。 戦後、だれも、真珠湾攻撃のふしぜんさを口にしない。真珠湾を攻撃しなければ、日本は、日米戦争に勝てた、ということも。それが、永野の怪死によって封じられた、日米戦争最大のタブーだったからである 当時、海軍内には、対米非戦派を中心に、山本五十六を海軍大臣に立てて、日米たたかわずの姿勢をはっきりとうちだすべき、という空気がつよかった。このとき、米内が、とつぜん「陸軍や右翼に狙われているので、海上勤務にする」と、山本を連合艦隊司令長官に任命、旗艦長門に送りこみ、真珠湾攻撃のプランを練らせる。 ルーズベルトも、二つ年下の永野が留学していたハーバード大学の卒業で、二人のあいだに、同窓会パーティなどで、接触がなかったと思うほうがふしぜんだろう。 日本にとって、百害あって一利もなく、アメリカにとって、参戦の切り札になる真珠湾攻撃について、永野とルーズベルトのあいだに、密約があったとすれば、戦後、アメリカが、永野を生かしておくだろうか。 戦後、GHQから、「なぜ、自決しなかったのか」と問われて、「陸軍の真似(阿南の切腹)と思われるのが不本意だったから」とのべた永野が、戦犯で収監中、巣鴨プリズンで風邪を引き、治療のために収容された米陸軍病院で、急死した。 日本政府、「731部隊」「慰安婦連行」などの書類を数日かけ廃棄 1945年、東京の夜空を焦がした公文書焼却の煙 堀江貴文 「天皇は戦争の責任を負うべき」神をも恐れぬビッグマウス!そして池上彰ディスり!! 日本人を大量虐殺した天皇家の皇太子妃・雅子の一族 水俣病Q&A ●気になるニュース なぜ、靖国神社や天皇制が残っているのか私にはわからない!! 戦後も、元軍人やA級戦犯容疑の政治家が数多く日本の政治の中枢にい続け、現在もその流れが力を持っている。 国民にそしてアジア諸国等対戦相手に多大な犠牲を負わせたあの戦争。日本もアメリカも正義の戦争をしたのではなかった。日本はアジア諸国を侵略し、略奪を重ねた。アメリカは、日本をまねて、無差別空襲を実施し、最後は2発の原爆投下!! そして、天皇とアメリカは取引をし、天皇と皇族たちは誰1人裁かれることなく、アメリカは戦争ビジネスでもうけ、731部隊員を裁くことなく、そのデータを買収した。一方B・C級戦犯は証拠も不十分で、弁護も受けることなく、命令者の罪を被されたまま処刑された!! 韓国、靖国参拝を批判 「慨嘆禁じ得ない」 本島さんの不屈の精神には驚きました!!ご冥福をお祈りいたします!! この人は、日本軍の加害の事実をきちんと認識していた!!(ウィキペディア本島等)より(私は、原爆も非常に非人道的な兵器だと思うが!!) [質問]原爆の持つ非人間性は。 [回答]『原爆による死には『極限の残虐』という言葉が使われるが、拷問で死ぬ前の隠れキリシタンの恐怖は、いかばかりだったか。南京大虐殺や731部隊も残虐の極致だ。日本人の非人間性、野蛮が出ている』 [質問]原爆や空襲、沖縄戦の犠牲者に責任があるのか。 [回答]『戦争責任は昭和天皇をはじめとする戦争指導者だけでなく、マスコミにあおられて狂信的に戦争を進めた一般民衆にもある。全国民を裁くわけにはいかないので、東京裁判で指導者が裁かれた』 「天皇の戦争責任はあると私は思います」「戦争終結を早く決断していれば沖縄、広島、長崎はなかったと思う」 訃報:本島等元長崎市長 本島等さん肺炎のため亡くなる 92歳 本島等元長崎市長が死去 <送る会>長崎市民ら600人 本島等さんの冥福祈る (参考)中国では731部隊は生体実験、生体解剖、細菌戦をやり、中国にあった日本の陸軍病院では当たり前に手術演習として麻酔もかけずに生体手術演習が行われていた(残酷)!! 消せない記憶「元軍医たちの謝罪の旅」 ・天皇制を考える ノーベル物理学賞受賞者・益川敏英博士にインタビュー これでは、戦争の反省は何も出来ないではないか? 特定秘密:10省庁385件指定 最多は防衛省250件 安倍新内閣、誰が防衛相に就任するのであれ、日本は平和的発展の道を堅持すべき―中国国防部 「戦争史実、埋もれる」 731部隊めぐり情報公開求める女性 日本の市民団体が731部隊情報の“特定秘密”化を懸念・・韓国ネット「民主主義に反する」「それでも良心のある人が…」 日本の軍事大国化に翼を与える韓米日情報共有約定 皇居から中国の文化財を奪還せよ、中国民間団体関係者3人が訪日=玄宗を記念した唐代の石碑―中国メディア 旧日本軍の毒ガス被害者の支援呼びかけ 旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器によって健康被害を受けた人たちを支援する日本の弁護士らは、日本政府や関係企業に対して、被害者の医療費などを支援するために設立される民間の基金への拠出を呼びかけていくことを決めました。 旧日本軍の毒ガス被害者の支援呼びかけ 【ドイツ】 脱原発が加速 原発は即刻廃止を!! 増え続ける放射性廃棄物をどうするのか?「放射能を消すことができないわけですから、とにかく閉じ込めるということをやるしかないわけです」 小出裕章先生:今、子どもたちを守らないなら 私は私自身を許せない… 日弁連 特定秘密保護法の廃止求める声明 ・ドイツは今でも戦犯を追っているのに、日本は、戦争犯罪を権力・お金の力によって隠蔽し、戦犯追及を全くやっていない!! 「アイヒマンの右腕」死亡か=超大物ナチス戦犯―4年前シリアで 731部隊の展示は2008年刊の「京都大医学部病理学教室百年史」から引用したパネル2枚。部隊長の石井四郎ら医学部出身者の関わりを、文献を示して解説。731部隊の「発祥の主たる舞台となった京都大学医学部としても検証が必要なのでは」と指摘していた。同資料館の管理担当者によると、完成記念式典の後ほどなく撤去したという。 「731部隊」展示撤去 京大医学部資料館 731部隊では何が行われたのか ●南京大虐殺 南京陥落(朝日世界ニュース号外&特報) ・1937年(昭和12年)12月13日南京陥落 中国映画-『南京!南京!』(日本語字幕版、HQ、高画質) 劇映画 映像の世紀 南京大虐殺1 地獄絵巻はこうして繰り広げられた 南京大虐殺:侵華日軍南京大 南京電影制片庁 21分 南京大屠城 中国国家公文書局、南京大虐殺動画を公開―中国メディア 中国有名音楽家、「南京を題材にしたミュージカルを日本で上演したい」―中国メディア 南京大虐殺記念館で“不謹慎撮影”、ネットに批判拡大「犠牲者を愚弄している」―中国紙 中国の学生と日本人教授の会話が話題に、「まさに!そうあるべきだ」「よく言ったと思う」―中国ネット 「完全に南京大虐殺を否定する人は調査研究を行わずに結論を出しており、学術研究分野から逸脱している。 日本の歴史学者「南京大虐殺は、否定できない事実」 旧日本軍に蹂躙されて死亡した慰安婦は約30万人、南京大虐殺の被害者数に匹敵―中国紙 国家追悼日の平和への願い、日本に届くか 習国家主席、国家哀悼日に「歴史を忘れることは裏切り」=「政治に利用している」「おあいこだ」―米国ネット 中韓、慰安婦共同研究を開始=調印式で資料交換 習近平氏 南京大虐殺犠牲者の国家追悼式典で重要スピーチ 習近平首席「日本軍、30万人殺戮…山のように明白な証拠ある」 問6.「南京大虐殺」に対して、日本政府はどのように考えていますか。 「南京攻防戦」ドラマ監督が講演会、「日本が謝罪するという幻想を抱くべきではない」と警鐘―中国 南京大虐殺記念館、今年7602点の歴史資料収集 南京大虐殺記念館「広島平和記念資料館のような世界文化遺産を目指す」―江蘇省南京市 南京大虐殺の新史料公開、毒ガス弾も新たに収集―中国メディア |
●お知らせ
●医学犯罪、今どう考える…?731部隊の“闇”を振り返る
●日野原氏は、憲法九条を守り、戦争に反対するという点では明確な意見を発信してきた。「戦争と医の倫理」の問題(731部隊的問題)では、はっきりと731部隊を批判する意見を表明してきたはずだ。ところが、原発の導入、原子力の「平和利用」、広島・長崎の原爆の影響調査や放射線リスク評価等をめぐる「戦後処理と医の倫理」については、むしろ、批判的な意見はほとんどなく、正力松太郎や原子力船を推進する笹川良一らの意見を容認してきたといってよいだろう。
15年戦争における医の倫理ばかりでなく放射線リスク評価における医の倫理が問われる時代 「放射線ムラと『笹川』系人脈」執筆への道
●オウムに関わった鈴木俊一と日野原重明と731部隊より
・山西省にあった731部隊の分遣隊の主計部の中尉だった鈴木俊一は東京都知事であり、自民党右派の主要なメンバーだった。鈴木の居た分遣隊は人体実験には関わっていなかったが、彼は731部隊の残酷な秘密を知っていたことを認めている。
・莇(あざみ) :少なくとも日本の医学界の中枢は、731部隊で行われていた医学犯罪の内容を知っていたと思います。当時の京都大学の医学部長も教授も何回もハルピンに行っているんです。そこで何が行われていたか知っていたはずだと思います。昭和14・15年には石井四郎が京大に来て生体実験の内容の一部を映写機で写しているんです。当時京大の助手としてそれを見た日野原重明先生が、2005年12月5日付けの朝日新聞に投稿しています。投稿の内容は、「私が京都大学の医局で学んでいた時、大学の先輩でハルピン特殊部隊の石井四郎中将が現地の様子を納めた写真フィルムをもって母校を訪れました。そこには捕虜たちの生体実験が映っていました。腸チフス・ペスト・コレラなどを感染させてから死亡するまでを収めたものです。見るに耐えられないものであり、今でも鳥肌が立ちます。」
●731部隊展
(参考)黒い太陽731
(参考)中国の劇映画 荒原城堡731第3集
●731部隊展
一旦戦争を始めれば、国民は総動員され、残酷な事にもなれてしまう?
世田谷展
「731部隊と現代普通の~医者が生体実験 なぜ?」
講師 奈須重雄 (NPO法人731部隊・細菌戦資料センター理事)
世田谷展 奈須講演1
世田谷展 奈須講演2
731部隊でやったこと(生体実験・生体解剖・細菌兵器開発・細菌戦の実施)
731部隊・防疫給水部に従事した医学者の中には、自分のやったことに後悔し、自殺した者、命令を拒否した者もいた!!
戦後、731部隊の事は全く反省されず、放射能の被害についても隠蔽が続いている!!
731部隊ではデング熱の人体実験もされていた。陸軍でも生体実験は行われていた。戦後、精神病院の患者に対して行われた生体実験。
学会での批判と反批判。
戦後、精神病院・乳児院などで生体実験が行われていた。アメリカは731部隊での人体実験・細菌戦を公に認めている!!
731にいた友人の変わり果てた姿!!
大牟田爆発赤痢事件
大牟田「(いわゆる)爆発赤痢」研究会
九州大学生体解剖事件
[戦争の証言] 七三一部隊~人体実験
unit731
●11月22日細菌戦センター学習会
冷戦下の人体実験
医学系大学では、731の事を教えていない!!サーズは人工的に作られた?研究者は密室で何をしているか分からない。
中村明子先生と西里扶甬子対談 1
国立予防衛生研究所とはどんなところか?731部隊員は、予研では優遇された。自衛隊の園口忠男(第8代衛生学校長)は、予研では閣下と呼ばれていた!
自衛隊と予研の関係は?
中村明子先生と西里扶甬子対談 2
対談後の質疑応答
「衛生学校記事」情報公開裁判の報告
731部隊に関与した医師・医学関係者 作成者:小俣和一郎
731部隊の犯罪を反省せぬ感染研
731部隊ではやはりデング熱の人体実験を行っていた!!
デング熱と731
●重慶大爆撃
(朝鮮日報日本語版) 重慶市の光復軍総司令部ビル、中国が原形保存を決定
旧日本軍による重慶爆撃、史料整理事業に国から助成金 西南大学の教授らが申請―中国メディア
日本人の多くが知らないか、忘れていること?
日本各地で空襲があり、多くの人が犠牲になりましたが、日本軍は戦時中中国各地を同じく無差別に空襲をしていました。
重慶大爆撃もその一つです。
今日本で、この裁判が行われています。志のある方はご賛同よろしくお願いします!!
1941年6月5日、日本軍が重慶市に対する連続5時間余りに及ぶ大規模な爆撃を行い、較場口の防空トンネルにいた多くの市民が窒息死し、「六五大トンネル事件」となった。
「侵華日軍重慶大爆撃殉難同胞記念園」の設立、専門家が呼びかけ―中国メディア
重慶大爆撃
重慶大爆撃 対日民間賠償請求訴訟
重慶大爆撃とは①
もちろん、無差別爆撃もあった!!
陸軍航空隊の爆撃行(日本のプロバガンダ映画)
(参考)
日本鬼子(リーベンクイズ)
映画『『日本鬼子(リーベンクイズ)』のDVD発売中
税込価格 5184円 (カラー160分)
購入をご希望の方は「中帰連発行所」に連絡ください。
申込先メルアド tyuukiren@yahoo.co.jp Fax 03-3954-6142
●昭和天皇は極秘ルートで、広島・長崎の原爆投下、ソ連の参戦の情報を知っていた?
畑元帥と高野広島県知事はなぜ無事で、第2総軍は畑元帥の指示で8月3日から広島市内に出動していたのだ!?
・広島原爆投下時の真相(『日本のいちばん醜い日』/鬼塚英昭著より)
畑俊六は8月6日の原爆投下のことを知っていた!!
この原爆で、第2総軍の司令部の数々の建物は壊滅し、多数の死傷者が出たのである。
8月6日朝8時頃に、多数の第2総軍の参謀や将校が集まっていた。そこに原爆が落ちたというわけである。有末精三は畑俊六元帥のことを書いている。
山の中腹、松本俊一(外務次官)氏父君の別荘におられる畑元帥(俊六、第12期、元侍従武官長、支那派遣軍総司令官)に敬意を表し、今夕、仁科博士等の到着を待って調査に着手する旨申告した。将軍は被爆当時日課として朝のお祈りで、神棚に向かっておられたため、幸いに被害はなかったとのことであった。
有末精三は「それぞれ頭や頸元や胸に包帯をしていた岡崎清三郎参謀長(中将、第26期)、真田穣一郎少将(参謀副長、第31期、前大本営陸軍部作戦部長)、井本熊男作戦主任参謀(大佐、第37期、後の陸将)、同参謀橋本正勝中佐(第45期、後の陸将)などが草の上に胡坐(あぐら)をかいたり横になったりして論議しているところへ挨拶否見舞に行った・・・・」と書いている。生き残った第2総軍のトップクラスも全員負傷して、草の上で胡坐をかいていたのである。
この日、間違いなく、第2総軍の全員は、8時頃に集まって会議か、あるいは演習の準備に入っていた。ほとんどの第2総軍の人々は死に、あるいは傷ついていたのである。
ひとり、畑元帥のみが理由はともあれ、この総司令部に行っていないのである。
「山の中腹、松本俊一(外務次官)氏父君の別荘におられる畑元帥」と有末精三は書いている。
私は東郷茂徳外相の依頼か、他のヨハンセン(吉田反戦)・グループの依頼を受けた松本俊一次官が原爆投下前のある日、秘かに畑元帥と会談し、8月6日午前8時すぎころの広島に原爆を落とす計画を打ち明けたと思う。そのときに松本俊一外務次官は、この日の8時過ぎに、第2総軍の全員が集合するようにして欲しいと依頼したとみる。この第2総軍を全滅状態におけば、陸軍の反乱の半分は防げるからである。・・・・
・・・・・・・・・・・
学徒を殺し、一般市民を殺し、第2総軍の軍人を殺し、木戸幸一は大井篤の尋問に答えている。
陛下や私があの原子爆弾によって得た感じは、待ちに待った終戦断行の好機をここに与えられたと云うのであった。特に皇室や上流階級にも身命の危険が及んで来たからではない。
※ウキペディアには 畑俊六は「昭和20年8月6日の広島市への原子爆弾投下により、国鉄広島駅付近で被爆するも奇跡的に難を逃れた。被爆直後から畑は広島市内で罹災者援護の陣頭指揮を執り、広島警備命令を発令した。その職にて終戦を迎える。」と書いてある。真実を書いていないのではないか?
高野源進広島県知事は県下福山に出張中だった。
ヒロシマ壊滅 その時 知事は 高野源進氏の書簡見つかる
これも天運であると共に明治大正を通じて温醸された弊害が積り積って潰滅した結果に外ならない。
※どんな因縁があるのか知らないが、ご両人とも福島県出身。会津藩は幕末には薩長にやられ、敗戦間際には天皇の命令により第2総軍の壊滅計画の役を買わされ、その後の原爆被害の対応、そして2011年には最悪のレベル7の福島原発事故!!
(畑は、南京大虐殺後の昭和13年(1938年)には松井の代わりに中支那派遣軍司令官となり、徐州戦、武漢作戦を指揮している。)
(参考)
大木操の『大木日記』の8月7日を見ることにしよう。大木操は当時、衆議院書記官長であった。
8月7日(火)晴
10時半登院、間もなく警報、小型機空襲。
議長、副議長と雑談。
正午過ぎ、岡田厚相来訪。広島に原子爆弾を6日午前8時半頃投下。十数万の死傷の報、大塚地方総監爆傷死、畑元帥健在、高野知事は出張中にて助かる。成層圏より落下傘にて投下、地上2,3百メートルにて爆裂、直径4キロ全滅全焼、エライことなり。
直ちに依光代議士は日政の幹部会にこれを伝える。一座愕然。
では、『広島県史(近代Ⅱ〕』の「原爆と敗戦」を見ることにする。
広島地区司令部の強い要望により、中国地区司令部の強い要請により、中国地方総監および広島県知事は8月3日から連日義勇隊約3万人、学徒隊1万5千人の出動を命令した。
この2つの本を読んで、私は次のように推論する。
8月初旬に広島県庁に入った畑元帥は、高野源進広島県知事と中国地方総監を説得した。第2総軍を動員し、8月3日から連日、義勇隊3万人、学徒隊1万5千人を出動させよと命じた。畑はひそかに、高野知事に真相を打ち明けた。高野知事は広島を去った。こうした中で8月6日の朝8時15分を迎えた。第2総軍の軍人たち、義勇隊、学徒隊の多くが死んだのである。
・・・・・
もう1度、米内海相の直話を記す。天皇も木戸も、この米内の話に賛意を示したのである。
私は言葉は不適当と思うが、原子爆弾やソ連の参戦は或る意味では天佑だ。国内情勢で戦を止めるということを出さなくても済む。私がかねてから時局収拾を主張する理由は敵の攻撃が恐ろしいのでもないし原子爆弾やソ連参戦でもない。一に国内情勢の憂慮すべき事態が主である。従って今日その国内情勢を表面に出さなくて収拾出来るというのがむしろ幸いである。(「米内海相直話」昭和20年8月12日)
まさに、米内海相が語るがごとく、数十万の死者を出した原爆より、ソ連参戦で満洲で数十万の軍人や民間人が死んだことより、国内情勢の憂慮すべき事態が重要であると、天皇や米内たちは考えたのである。その1つが広島にある第2総軍であったというわけである。
その第2総軍は壊滅した。西日本の軍の反乱はこれによって鎮圧された。残るは関東一円となった。その中心の皇居を舞台に、偽装クーデターを起こしたというわけである。
●天皇はなぜ広島・長崎の原爆忌に参列しない?天皇と原爆は関係ない?
天皇批判した小川、謝罪も炎上
小川未菜は100%正しい! 「日本人は昔,天皇のせいで苦しみ、命がたくさん奪われた」
日本は戦争中、世界で初めての2発の原爆投下を、経験した。
これは、アメリカが莫大な費用をかけて開発したものだった。
アメリカは実戦の効果を知りたかった。
原爆の子
最初の原爆はドイツが作ったと言う説もある!!
スパイ ”ベラスコ” が見た広島原爆の正体 (高橋五郎)
日本が、本当に「自衛のための戦争」をしていたならば、敗戦後この非人道的な核兵器の被害を、国際社会に訴えることができたはずだ。
ところが、日本は戦争中、中国大陸において、驚くべき残虐な人体実験、細菌戦、毒ガス戦等を展開していた。アメリカは再三日本に「この非人道的な細菌戦、化学戦(毒ガス戦)はやめろ」とと警告を発していた。
日本は自国の戦争犯罪を隠すことに汲々として、アメリカとの取引をし、そして、原爆被害を世界に訴えることなく、全面的に核兵器の効果を調べるためのアメリカの調査に協力した。その結果、その調査によって被爆者は全く治療されなかった。
封印された原爆報告書
1997年の平和宣言で広島市長平岡敬氏は「アメリカの核の傘から日本は抜け出すべきだと政府に要求する」と唱えた。
すると橋本首相は平岡氏に歩み寄ってきた。
「あなたの気持ちはわかるけれども、そんなことはできない。あなたはアメリカの怖さを知らない」と言ったという。
やんばるの白ひげ ~核の傘の下で~(3)
私の想像:もしも日本政府が、アメリカの核戦略から抜け出し、この非人道的な核兵器の廃絶を世界に訴えたら、アメリカは「日本が中国で行った非人道的な人体実験、細菌戦、毒ガス戦、三光作戦等をばらすぞ!!」と脅しているのではないかと思う。そしたら今の天皇制はすっ飛んでしまうだろう。
追記:アメリカの怖さとはこれかな?
橋本龍太郎は、1986年7月22日、第3次中曽根内閣の運輸大臣に就任した。
このドラマの最初の方で事故調査報告書を受け取っている。
ボイスレコーダー ジャンボ機墜落20年目の真実
米軍が墜落させた?それとも、自衛隊?
「御巣鷹山JAL123便墜落事件の真相について!」佐宗邦皇代表
ザ・エデン
【JAL123便撃墜事件の真相】
狙いは日本のOSトロンの技術者だった?
中曽根康弘元首相のつぶやき
日本航空123便の墜落事故 29年目の真実(2014年)より
マスコミ・政府は真相を必死に隠す!!
日航機墜落30回目の夏生存者が今明かす“32分間の闘い”
【ワールドフォーラム代表・佐宗邦皇変死事件】
(参考)【天皇は偽物】現皇室の秘密を暴くと、早死します
橋本首相は続けて言う。
「日米安全保障条約によって支えられている安全保障の仕組みがこの国にとって必要だ。」
私の解釈:だからお互いに過去の非人道的な過ちは隠しておいて、未来志向で、放射能の怖さや遺伝子組み換え操作の怖さにも触れず、日本はアメリカの核戦略・生物化学兵器開発(もちろん日本も密かにやっているのでは?)を危険と知りつつ、進んでいきましょう。そしたら、天皇制も安泰です!!(何時まで続くこの身分差別!!)
原爆を浴び、放射能の恐怖を体験したはずの日本が、原発を50余機持っている。そして文殊はじめ原発関連の施設の維持費は膨らむばかり。国家財政は破綻寸前!!(破綻しているのかな?)、若者の貧困化も深刻!!
・内部被曝を日本の司法は認めているが、日本政府は認めていない?
・日本の医療・教育で、本当に「人間を人間として見る医療・教育がされてきているのだろうか?」
※日本は、戦後東京裁判で731部隊の罪業が裁かれることなくきたために、教育界・医療界でも戦争の反省をすることなく進んでしまった。
その結果、歴史認識の問題や放射能の怖さについても、まともな研究が疎まれ、今の政治状況が生まれている。
広島・長崎で2発の原爆投下を受け、悲惨な状況を経験し、また福島であれだけの原発事故が起き、これまた悲惨な状況にあえいでいるにもかかわらず、原発再稼動に日本は突っ走ろうとしている!!なぜなのか?
日本では、「人間を人間として見る」教育などされていないのでは?
いつも権力者の言うことに慣れ親しんいる。
●731部隊!!
聞け、この沈黙の慟哭を
平房の涙、地底の叫びを
見よ、この虐げられた大地を
名も知れぬ鳥たちが番人のように私を見下ろしている
記憶は人間の地底を永劫に流れ続ける
【「哈爾濱(ハルビン)残照「731」の記憶 田中寛著】より
混声合唱組曲「悪魔の飽食」(池辺晋一郎指揮)
・『731部隊 細菌戦の医師を追え(今も続く恐怖の人体実験)』(高杉晋吾著 徳間書店)
Ⅲ戦中戦後の囚人人体実験
ルーツは731部隊の死刑囚実験
「受刑者に発疹チフス人体実験」、「GHQ命令で、厚生省と東大研究所 敗戦後の22年に」。
ショッキングな記事は毎日新聞(昭和57年2月5日)のものである。
私はその記事を見て、その記事の原典を調査し始めた。なぜ私がその記事について調査しようと思い始めたのか?それは、この毎日の記事(東京版)では触れていないが、実はその発疹チフス人体実験のルーツが731部隊の北野政次にあることを私は一目で見破ったからだ。
私はこの事実を証言したという「実験に参加した予研(国立予防衛生研究所)出身の厚生省高官A氏(63)」(毎日新聞)に会った。彼は現国立予防衛生研究所所長宍戸亮であった。ごく短いインタビュー時間の中で、毎日新聞への同氏の証言が全く事実であることを確認した。しかし、私が確認した重点はもう1つの事柄である。その紹介の前に、毎日新聞の記事を引用してみよう。
「昭和21年11月頃、GHQ内のPHW(公衆衛生保健福祉局)局長C・Fサムス大佐(後に准将)が、当時の浜野規矩雄厚生省予防局長と東大医学部長兼伝染病研究所(現在の医科学研究所)の所長だった田宮猛雄教授、それに北岡正見(のち国立予防衛生研究所副所長)の3人(いずれも故人)をGHQに呼び出し、人体実験を命じた。実験の目的は、この年に全国で爆発的に流行、1年間で32366人が発病し、このうち3351人が死亡した発疹チフスと、もともと風土病的にわが国で発生している発疹熱との関係を調べることで、サムス大佐は、実験台に医学生を使うように指示した」
田宮が人道上の理由で断わると、サムス大佐は「それでは死刑囚を使え」と言い、これにも反論すると「可能か否かは法務省に確認せよ」と命令した。法務省は「受刑者本人の自由意志による承諾書があればよい」と結論し、翌22年の春と秋の2回実験した。