●日本が戦時中に使用して、中国に棄ててきた毒ガス兵器。
処分できない砒素は、ドイツへ?
その遺棄化学兵器の処理が化学兵器禁止条約が発効した1997年から26年経ってもまだ終了していない。本当に内閣府の計画通り、今までに発見されている遺棄化学兵器は、2027年までに処理が完了するのであろうか?
中華人民共和国において日本が遺棄した化学兵器の2022年より後の廃棄計画
内閣府
日本国政府及び中華人民共和国政府は、「化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」(以下「条約」という。)の関連規定に従い、化学兵器禁止機関(以下「OPCW」という。)執行理事会の決定(2012年2月15日付けの第67回化学兵器禁止機関執行理事会決定第6号)に関し、協議を行い、中華人民共和国において日本が遺棄した化学兵器(以下「遺棄化学兵器」という。)の処理のプロセスを全面的に加速し、人員の安全確保及び環境の保護を最も優先させるとの前提の下で、可能な限り早期に遺棄化学兵器の廃棄を完了することを目指して最善の努力を払うとの共通認識を確認し、2022年より後の廃棄計画について以下の共通の認識に達した。
4 その他の遺棄化学兵器の廃棄
2022年12月31日現在で既に、中華人民共和国政府から日本国政府に通報され、各地の保管施設に暫時保管されている遺棄化学兵器の可能性がある兵器の調査及び確認について、日本国政府は2023年中に完了することを目指し最善の努力を払い、遺棄化学兵器であると確認されたものをOPCWに申告し、その廃棄を2025年中に完了する予定である。
共同調査を通じて既に確認され、今後OPCWに申告される遺棄化学兵器及び今後共同調査を通じて確認され得る遺棄化学兵器について、日本国政府は、条約に従って、遺棄締約国として義務を誠実に履行する。
中国における遺棄化学兵器処理事業について
2023年7月
内閣府 遺棄化学兵器処理担当室
回収数 98293発
処理数 65894発 ※中国に遺棄してきた毒ガス弾はこんな数ではないと思うが?
(2023年3月現在)
●核実験・原発事故・戦争で世界の環境は壊れかけている!!
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・日本は生物兵器禁止条約に、1972年4月10日(署名開放日)に署名,1982年6月8日に批准した。
・日本は化学兵器禁止条約に、1993年1月に署名し、1995年9月に批准した。
・核兵器禁止条約が、2021年1月22日に発効したが、日本は不参加。オブザーバー参加もしていない!!
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●防衛省は、『衛生学校記事』・『化学学校記事』を公開していない!!日本の自衛隊は、何をやっているのか、国民に情報を公開すべきである!!
※なぜ、防衛省は、『化学学校記事』公開できないのか?
1966年第21回国連総会において化学兵器及び生物兵器の使用を非難する決議が採択され、1969年にはベトナム戦争での枯れ葉剤使用の被害の深刻さから、ウ・タント国連事務総長が、「化学・細菌兵器とその使用の影響」と題する報告書を提出したことを契機として、国連などの場で化学兵器の禁止が活発に議論されることとなった。(ウ・タント国連事務総長が「化学・細菌(生物)兵器とその使用の影響」と題する報告書を提出するのは、1969年7月2日)
その世界の潮流の中で、日本でも、国会で毒ガスのことが取り上げられ、また、返還前の沖縄(1969年7月)で米軍の毒ガス漏出事故が起きる。
日本政府は、国連の動きに反応して、1925年に作成され、1928年に発効したジュネーブ議定書(窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書)を1970年5月に批准する。
一方自衛隊は、戦後アメリカからのデータに基づき、サリンの合成に1964年に成功し、1973年には最新のBZガスの合成に成功している。
このジュネーブ議定書を日本が批准したことが、「化学学校記事」の存在が、国際社会では認められないものであると判断して、「化学学校史」に記載しなくしたのではないか。また「化学学校記事」を隠すことになったのではないかと思う。
(追伸)1995年に起きた地下鉄サリン事件では、サリンの製造に信者の自衛隊員が加わったとか化学学校の情報が流出したのではないかと言われている。
そういう情報を、世間に知らせないため、オウム真理教の死刑囚を刑を執行したのではないか。死刑執行前夜の写真↓
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