核・戦争のない世界!!

2025-03-14 11:26:33 | Weblog




 



作品によせて

1945年8月6日のソ連が参戦した時、私は12才だった。旧満州国の奉天市(現瀋陽市)に住んでいた日本人の女性と小学生以下子どもは、戦火から避難するためにリュック1つを背負って南下する列車に乗った。8月15日の敗戦の知らせによって在満のすべての日本人は日僑(他国に住む日本人)として扱われ、この日を境に私の流民の旅が始まった。
疎開地から奉天市に戻ったものの支配関係は全く逆転し、異民族から受ける迫害は想像を超えるものであった。自分の命や財産は勿論のこと、人間そのものの尊厳さえ奪われた極限の状況での体験は、私の人生観を決定づけた大きな要因であることに間違いない。
 居住地を離れてから日本への帰還船 (私には流民船)に乗るまでの約2ヶ月の出来事はまさに難民生活そのものであり“衣"は着のみ着のまま、“食"はこうりゃん、“住"は倉庫などであった。
本籍地の北海道には墓地と何軒かの親類があっても、生活の基盤はなく、その後落ち着く場所を求めて転々と移動し、やっと定住したのは敗戦から15年を経過した1960年であった。



14、「物売り」
引揚の日が近づいて来て、日用品は中国の人が沢山買ってくれることを知って、街頭に店を開いた。
売れそうな物を並べたが、衣類がよく売れた。日本人の子どもがタバコを売っていた。
1946年4月





少年Mの記憶ー「満州」からの帰還ーDVD上映会には70余名の来場者があった。
9・29アミダステーション(八王子)

近藤滿さんの紙芝居をDVDに、近藤仁子さんの話 <少年Mの記憶ー「満州」からの帰還> DVD完成上映会(五井信治)


上映途中、肩のけがで入院中の近藤仁子さんが、主治医の許可(1時間以内)を得て、会場にお越しになりました。 近藤仁子さんは、滿さんの「満州」での生い立ちからそこでの生活、「満州」から帰還する際に、生まれたばかりの赤ん坊(姉の子)を家族全員で、無事に日本に帰還できるように気を付けたことや、日本に帰還してからも安住の地を求めての苦労を語ってくれま した。滿さんは高校の美術の先生になり、その画風はヨーロッパの古城や中近東の城跡のような荒涼としたものを好み、日本の湿潤な緑を嫌っていたのは、「満州」での体験が大きく影響しているのではないかということ。2001年のアメリカの 9.11 事件後、アメリカがアフガン侵攻をしたことに、滿さんは、ショックを受け、毎日、新聞に出る写真を、絵に描き、タイトルは、「大義は誰も幸せにしない」(戦いは誰も幸せにしない)としました。それを見た画廊の方から、「これをこのままにしておかないで、個展を」と。個展をきっかけに、大きな絵も描き、その最後の絵には、ハトがいっぱい飛んでいる中に、人物がいる絵でした。仁子さんは滿さんは平和を望んでいるんだな、こういう世の中を望んでいるんだな、と思ったそうです。



2024.9.29  少年Mの記憶ー「満州」からの帰還  感想
4、この集会を何で知りましたが?  日中友好協会チラシ (日中友好協会港支部)
(感想)早速購入します。


*DVD購入ご希望の方は、nobu.goi@gmail.com(五井)までお問い合わせください。






1972年9月29日   日中共同声明調印!!

5、中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。

6、日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。
 両政府は、右の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。



上野動物園のパンダ リーリーとシンシンが中国に返還「日本に笑顔をありがとう」


地球沸騰化!問われる現代人の生活様式、原発、戦争等!!
石川 能登地方 “土砂が川に堆積 氾濫リスク高い”専門家
日本政府は、真摯に過去に向き合っているのだろうか?
戦争の加害者は過去を忘れても、被害者は覚えている!!





平頂山事件92年追悼集会

 

 







731部隊元少年隊員、清水英男さんが見た悪夢

元731部隊員清水英男さんの記者会見

青山貞一さんのXにこんなことが書かれていました。
https://x.com/TeiichiAoyama/status/1831478953967821090
ロシアで機密解除された日本の731部隊のアーカイブ文書をロシアメディア(AIF)が公開した。今朝、そのうちの6本を概訳したが、その内容の凄まじさは前例がない日本初出のものが多い。近日中に各全文を一挙掲載する予定である。
元731部隊員清水英男さんの訪中が意味するもの

 




リニア新幹線反対!!
民家の庭から水、リニア工事中断 JR東海、東京・町田

軍隊をなくそう!!
『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』予告編

 



推せんメッセージ



“コスタリカ人の母は幸福にも子の誕生から兵士の道なし”
☆☆平和が文化となった国、理想を現実にした国コスタリカ 珠玉の言葉が、深い感動をよぶ!!☆☆
積極的平和国家のつくり方
「コスタリカの奇跡」
1948年に軍隊を廃止。軍事予算を社会福祉に充て、国民の幸福度を最大化する道を歩んだ。
コスタリカの奇跡に迫ったドキュメンタリー。

中米の小国コスタリカの非武装化が、政治的な衝突や戦争、日常のいざこざの解決に対する思考や言動にどう影響を与えているかを知りたかった。
マシュー・エディー監督

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〈完全採録シナリオ〉
 ◆第5章  脅かされる平和
〈新自由主義をもたらした危機的状況〉

 2010年、政治家の汚職が汚職を伝えるテレビニュースが流れ、
N「近年コスタリカには政治家の汚職が蔓延。しかし新しい指導者が現れています。1人がルイス・ソリス。政治学教授で、2014年の大統領選に出馬しました」

 大学で教えるソリス氏
 大統領選挙でキャンペーンを開始するソリス氏。
N「しかしソリスは小党の所属。ここ50年、少数党からの当選者は出ていません。選挙の3ヶ月前、世論のソリス支持はわずか4%でした」

 立候補の動機を語るソリス氏。
ソリス「私が立候補するのはこの国の自治を守りたいからです」
 
 キャンペーン中に、取材に応じて語るソリス氏。
ソリス「国の130万人が貧困、うち35万人は極貧です。これは受け入れがたい状況です」

 プロモーションビデオで、「私は、あなたと同じ市民です。お互いを知りましょう」と呼びかけるソリス氏。

N「2005年、米国は中米自由貿易協定に署名。コスタリカに自由貿易を迫ります」

 ブッシュ大統領が署名するニュースの映像。
 2007年10月、国民投票実施を発表する政府関係者。
 賛成・反対それぞれの意思表示をする人々のデモ。

N「2007年、コスタリカは参加の是非を問う国民投票を実施。小差で参加が決定するも議論は続きます。国民は自由貿易で影響を注意深く見守りました」

「米国のチェーン企業がコスタリカを席巻?」と報じる新聞記事。
語るジーン氏。
ジーン「社会的民主主義により築いた福祉国家が自由貿易というネオコンに解体されつつあります。しかも連中はコスタリカの社会保障を民営化すべきだとまで言うのです」




 

 


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