おちびは韓国料理やさんでバイトしている。
昨日、おばさま方10人ぐらいの団体が来たらしい。
おちびが注文を取ってると、
「あんたっっ 誰かに似てるなーーー えーーーっと、ジャニーズのーー」
「誰やと思う?」
いやいや、もったいぶらんと教えてえなっ
「ほな、グループ名で」
えーーっと、NEWS?・・・違う。
関ジャニ?・・・・違う。
まさか嵐??・・・・・違う。
正解はKAT-TUNだった・・・・って誰?
「なんかなーー、田中(呼び捨てですみません)に似てるって・・・」
????
よーわからん???
おちびは、顔薄いし、目細いし、なんで???
よーわからん???
「やろ??似てるか???
でもな、おばちゃん達めっちゃウケててな、
「あんた、自信持ちやー」ってばんばん叩かれてん(;^_^A
でな、それから注文するとき、「田中く~ん」って呼ばれててん(;^_^A 」
ったく、酔っ払いのおばちゃんは、かなわんなーー
と同情してて、はっっ
なんや、見たことある記憶やん、
確か、飲みに行ったお店でゆずの北川くんに似てるって、
べたべた触ってたことなかったっけ?
・・・・・ こっちのおばちゃんも反省しとくわ(ーー;)
なんて、話で、くったくなく笑って・・・
いや、私、全然平気で笑ってるやんw(゜o゜)w
かなり、元気取り戻してるやん・・・ ちょっとうれしくなった。
同じ日、かたおの同級生が亡くなったとのメールをもらった。
すごいショックを受けた。
同級生と言っても、保育園で一緒だっただけなので、正直記憶はおぼろげ。
なぜ覚えているかというと、かたおが初めて先生から呼び出しくらった相手だったからだ。
かたおは、小さい時から体格がよく、力も強く、口もたつ、頭も廻る、がき大将だった。
先生は、かたおがその子ともめて、手を出したと言った。
その子は、ちょっと足が不自由だった。
いつも穏やかな先生に、「弱者へのやさしさが足りない」と、一方的に言われて、
かたお身体大きいだけで、誤解ちゃうん?かたおにも言い分あるんちゃうか?と、
私はなんだか不条理に思えて、悲しかった。
その子は、筋ジストロフィーだったらしい。私は知らなかった。
先生はご存知で、だからあんな厳しく怒られたのだと、今になって思う。
かたおにも、私にも、切々と訴えたかったのだろう。
子供が先に逝くのを見なければならないなんて、親には一番つらいことだ。
言葉が出ない。
あの保育園の頃から、いつか来るその時を覚悟して、
どれほどの思いを抱えて、一緒に寄り添ってこられたんだろう。
それに比べて、うちの子供たちは、何の苦労もなく大きく育って、
私は、めっちゃ幸せじゃないか。
全然違うふたつの出来事に、改めて、私は幸せだって気付いた。
そりゃ、色々あるし、やっぱり、自分がかわいいから、じたばたもするし、
落ちこみもする。
だけど、だからと言って、感情に振り回されて生きるのは自己都合の傲慢だ。
よく見れば、きっとそんな幸せの小さい芽はどこにもある。
下ばかり向いていたら、見逃してしまう。
当たり前のことをありがたいと感謝する気持ちを忘れたくない。
できるだけ顔を上げて、できるだけ笑って、できるだけ前を向いて生きていきたい。
・・・そんな至極当然なことを改めて感じた、そんな一日だった。
今日になって、会社での問題は、また違った方向に向かいつつある。
私が独りよがりに我慢する姿が響いたとはとても思えない。
多分、同じように苦しんでいた同僚の真摯な訴えや、
また、色々と考えていてくれた上司の方々の努力や見えない支えで、
状況は変わったのだ。
まだ、これからもひともめもふたもめもあるかもしれないが、
ありがたいことだ。
きっと、どこかで誰かが見ていてくれるのだ。
いや、私は、もう一人の自分がいつも自分を見ていると思っている。
だから、自分が恥じるようなことは絶対にしてはいけない。
自分を裏切るようなことは絶対にしたくない。
いつでも、自分らしさを大切に、前を向いて歩いて行こう。
当たり前のことが当たり前でいられることに感謝しながら。
昨日、おばさま方10人ぐらいの団体が来たらしい。
おちびが注文を取ってると、
「あんたっっ 誰かに似てるなーーー えーーーっと、ジャニーズのーー」
「誰やと思う?」
いやいや、もったいぶらんと教えてえなっ
「ほな、グループ名で」
えーーっと、NEWS?・・・違う。
関ジャニ?・・・・違う。
まさか嵐??・・・・・違う。
正解はKAT-TUNだった・・・・って誰?
「なんかなーー、田中(呼び捨てですみません)に似てるって・・・」
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よーわからん???
おちびは、顔薄いし、目細いし、なんで???
よーわからん???
「やろ??似てるか???
でもな、おばちゃん達めっちゃウケててな、
「あんた、自信持ちやー」ってばんばん叩かれてん(;^_^A
でな、それから注文するとき、「田中く~ん」って呼ばれててん(;^_^A 」
ったく、酔っ払いのおばちゃんは、かなわんなーー
と同情してて、はっっ
なんや、見たことある記憶やん、
確か、飲みに行ったお店でゆずの北川くんに似てるって、
べたべた触ってたことなかったっけ?
・・・・・ こっちのおばちゃんも反省しとくわ(ーー;)
なんて、話で、くったくなく笑って・・・
いや、私、全然平気で笑ってるやんw(゜o゜)w
かなり、元気取り戻してるやん・・・ ちょっとうれしくなった。
同じ日、かたおの同級生が亡くなったとのメールをもらった。
すごいショックを受けた。
同級生と言っても、保育園で一緒だっただけなので、正直記憶はおぼろげ。
なぜ覚えているかというと、かたおが初めて先生から呼び出しくらった相手だったからだ。
かたおは、小さい時から体格がよく、力も強く、口もたつ、頭も廻る、がき大将だった。
先生は、かたおがその子ともめて、手を出したと言った。
その子は、ちょっと足が不自由だった。
いつも穏やかな先生に、「弱者へのやさしさが足りない」と、一方的に言われて、
かたお身体大きいだけで、誤解ちゃうん?かたおにも言い分あるんちゃうか?と、
私はなんだか不条理に思えて、悲しかった。
その子は、筋ジストロフィーだったらしい。私は知らなかった。
先生はご存知で、だからあんな厳しく怒られたのだと、今になって思う。
かたおにも、私にも、切々と訴えたかったのだろう。
子供が先に逝くのを見なければならないなんて、親には一番つらいことだ。
言葉が出ない。
あの保育園の頃から、いつか来るその時を覚悟して、
どれほどの思いを抱えて、一緒に寄り添ってこられたんだろう。
それに比べて、うちの子供たちは、何の苦労もなく大きく育って、
私は、めっちゃ幸せじゃないか。
全然違うふたつの出来事に、改めて、私は幸せだって気付いた。
そりゃ、色々あるし、やっぱり、自分がかわいいから、じたばたもするし、
落ちこみもする。
だけど、だからと言って、感情に振り回されて生きるのは自己都合の傲慢だ。
よく見れば、きっとそんな幸せの小さい芽はどこにもある。
下ばかり向いていたら、見逃してしまう。
当たり前のことをありがたいと感謝する気持ちを忘れたくない。
できるだけ顔を上げて、できるだけ笑って、できるだけ前を向いて生きていきたい。
・・・そんな至極当然なことを改めて感じた、そんな一日だった。
今日になって、会社での問題は、また違った方向に向かいつつある。
私が独りよがりに我慢する姿が響いたとはとても思えない。
多分、同じように苦しんでいた同僚の真摯な訴えや、
また、色々と考えていてくれた上司の方々の努力や見えない支えで、
状況は変わったのだ。
まだ、これからもひともめもふたもめもあるかもしれないが、
ありがたいことだ。
きっと、どこかで誰かが見ていてくれるのだ。
いや、私は、もう一人の自分がいつも自分を見ていると思っている。
だから、自分が恥じるようなことは絶対にしてはいけない。
自分を裏切るようなことは絶対にしたくない。
いつでも、自分らしさを大切に、前を向いて歩いて行こう。
当たり前のことが当たり前でいられることに感謝しながら。