3月31日、父の七七日法要と納骨を行いました。
九十年時の流れに浮き沈み行く末知らず消えてゆくのみ (1月3日)
この世をば道長なんと言おうとも満新ありて楽しきものを (月によせて・1月5日)
朝まだき日暮れて帰る通い道富士の嶺遠く見ゆるときあり (中学校への道・1月6日)
父は長野県岡谷市で育ちました。そこから富士山が見えたのです。
ひこまごは女男ふたりづつ枕辺にほほえみかわすわれはニコニコ (1月10日)
二十歳までと決めにし命ながらえてだらりのんびりこともなくして (悔やむ今・1月11日)
やったぞと旗をかこみて出る涙 京都をかけし力たたえん (女子駅伝・1月14日)
明日ありと思う心やみだれ雪 (1月15日)
ささやかな喜怒哀楽の世の中に神厳しくも優しくもあり (1月16日)
ふるさとはあああたたかくなつかしくみどりゆたかにわれをつつめり (1月20日)
つらき顔見せじと思えどついまたもしかめ面してねむれぬ夜を (1月23日)
1月24日、脳梗塞で倒れ、一度は入院を拒否され、26日から2月13日まで
リハビリをしながら病院で過ごし、13日の夜9時過ぎに永眠しました。
ふるさとの青春時代を思い出し、浄土へいきたいと願っていたことが伺える
短歌や俳句を、ベッドの上で家計簿に書き付けていました。
(今年に入ってからは毎日)
長い修行の旅を終え、今ごろは、母に会えているでしょうか?
20日の歌、こころに沁みます。
今日は、わが父の100日です。
父も喜んでいると思います。
のぼるさんのお父さまも、少し前に亡くなられたのですね。
ご冥福をお祈りいたします。
父の心の故郷は、岡谷市だったんだなぁと思いました。
富山は疎開してからあとの住まいでしたから……。