立正安国論

災難由来の根本原因を明かす

旅客が来て嘆いていうには、近年から最近に至るまで、天変地夭、飢饉や疫病があまねく天下に満ち、広く地上にはびこっていて牛馬はあちこちに死んでおり骸骨が路にいっぱいになっている。

すでに大半の者が死にたえ、これを悲しまない者は一人もいない、万人の嘆きになっている。

しかるあいだ、あるいは弥陀名号は煩悩を断ち切る利剣であるとの文を信じて念仏を称え、

あるいは衆病がことごとく治るという薬師経の文を信じて

薬師如来の経を誦し、あるいは病が直ちに消滅して不老不死という詞を仰いで天台宗の法華経をあがめ、あるいは七難が即滅

し、七福が即生するという仁王般若経の句を信じて、百座百講

の儀式をととのえ、ある者は秘密真言の教えによって五つの瓶に水を入れて祈祷し、ある者は坐禅で禅定の儀式を完うして空観にふけり、もしくは七鬼神の号を書いて千軒の門にはってあり、もしくは大力をあらわす五人の菩薩の形を書いて万戸にかかげ、もしくは天神地祇を拝して四角四角堺のお祭りをしもしくは万民一切大衆を哀れんで時の為政者は徳政を行っている。

そのようであるけれども、ただ夢中になって努力するのみで、

いよいよ飢饉や疫病にせめられ、乞食は目にあふれ死人はいたるところにころがっている。

うず高く積まれた屍を

観にし、道路に並んでいる死体を橋にしている。

　観れば日も月も星もきちんと昔どおりの運行をし、世の中には仏法僧の三宝もいまし、八幡大菩薩は百代までの王を守護すると誓ったというのにいまだ百王にならないが、この世は早く衰え、世のありさまはどうしてこんなに廃れたのか、これはいかなる禍によるのか、これはなんのあやまりによるのであろうか。

　　　　　　　　　　続く。