□本日落語一席。
◆桂雀々「七度狐」(WOWOWライブ『桂雀々独演会 芸歴四十五周年記念公演』)。
大阪新歌舞伎座、令和4(2022)年3月26日(「芸歴45周年記念公演 桂雀々独演会」)。
これも、スーパー落語として演じられた一席。「さくらんぼ」のときと同じように、お囃子を舞台に上げて、あと道中では陽気なイメージを出して舞台をまわした。
そういう意味では、「さくらんぼ」であろうが、「七度狐」であろうが、同じ演出を使いまわしているだけで、「スーパー」の「スーパー」たる所以を感じさせない。
「スーパー」と冠したのは、「スーパー歌舞伎」から発想したものだと思うのだが、それに倣うというのも、二番煎じ的ではあるが、お小夜後家が化けて出るところでは、宙吊りなどの演出を用いると、斬新な演出と見せられるかもしれない。少なくとも、舞台をぐるぐる回るよりは「スーパー」的だろう。
ただ、芝居と落語の大きな違いは、芝居は舞台装置等でスペクタクルを見せるところに価値があるのに対して、落語は演者と客のイマジネーションによって映像を成立させるところにあるから、落語を「スーパー」としていじった段階で、落語という演芸を破壊することになるかもしれないという危惧はある。
◆桂雀々「七度狐」(WOWOWライブ『桂雀々独演会 芸歴四十五周年記念公演』)。
大阪新歌舞伎座、令和4(2022)年3月26日(「芸歴45周年記念公演 桂雀々独演会」)。
これも、スーパー落語として演じられた一席。「さくらんぼ」のときと同じように、お囃子を舞台に上げて、あと道中では陽気なイメージを出して舞台をまわした。
そういう意味では、「さくらんぼ」であろうが、「七度狐」であろうが、同じ演出を使いまわしているだけで、「スーパー」の「スーパー」たる所以を感じさせない。
「スーパー」と冠したのは、「スーパー歌舞伎」から発想したものだと思うのだが、それに倣うというのも、二番煎じ的ではあるが、お小夜後家が化けて出るところでは、宙吊りなどの演出を用いると、斬新な演出と見せられるかもしれない。少なくとも、舞台をぐるぐる回るよりは「スーパー」的だろう。
ただ、芝居と落語の大きな違いは、芝居は舞台装置等でスペクタクルを見せるところに価値があるのに対して、落語は演者と客のイマジネーションによって映像を成立させるところにあるから、落語を「スーパー」としていじった段階で、落語という演芸を破壊することになるかもしれないという危惧はある。