福江島から中通島までフェリーで渡り、レンタカーで島を巡りました。
7.中ノ浦教会
「中ノ浦教会」
大正14年(1925)に建立された木造教会。
木造教会には珍しい高い尖塔は昭和41年(1966)に増築された
ものである。メルヘンチックな外観と同様に、堂内も明るく
華やいだ雰囲気に満ちている。
赤い花は五島特産の椿の花である。
天井はピンク色である。
ステンドグラスからは波静かな中ノ浦が覗いて見える。
8.真手ノ浦教会
「真手ノ浦教会」
外海地方から移住した信徒によって信仰の種がまかれ、
桐小数区に所属していたが、昭和50年(1975)1月20日分離・独立。
焼崎、猪ノ浦の両教会を巡回教会として、上五島町の南部の
一帯を司牧区域とする。現在の教会は昭和31年(1956)建立され、
山口司教によって祝別された。
9.大曽教会
「大曽教会」
明治12年(1879)、現在の西方に木造の天主堂を建立したことに
始まり、大正4年(1915)に現在のレンガ造りの天主堂が完成した。
正面には八角形のドームを載せた鐘塔が高くそびえ、色の異なる
2種類のレンガを規則的に配置するなど壁面の意匠にも配慮。
青砂ヶ浦と並ぶ上五島を代表するレンガ造りの教会であり、
訪れる人も多い。
側面。
レンガの色が違うので縞々になっている。
側面、奥。
レンガに瓦屋根とミスマッチのようでいて、
けど意外にしっくりくる。
中の様子。
リブ・ヴォールト天井(こうもり天井)が美しい。
半円アーチの窓は美しいカーブを描き、
西独製の花柄ステンドグラスも鮮やかだ。
大曽教会を少し離れたところから見た写真。
10.頭ヶ島教会(in 頭ヶ島)
「頭ヶ島教会」
中通島と橋で結ばれている「頭ヶ島」にある。
西日本で唯一、全国的にも極めて珍しい石造りの教会。
島内で切り出した石を丹念に積み上げて仕上げた外観は
重厚感にあふれるが、堂内は天井や壁面などに花柄の
装飾が施され華やいだ雰囲気に満ちている。
天井には二重の持送りによって折りあげられたハンマー
ビーム架構。特異な外観とあわせ、わが国の教会堂建築史上
例のない構造といわれる。
明治43年(1910)に着工され、完成までに10年ともいわれる
歳月を要したが、その間には島の信者による資金集めや
労働奉仕など献身的な努力があった。
この聖堂建設で財産を使い果たし、完成後に島を去った
信徒もいたという。
折上天井は支輪や蛇腹で天井の中央を高くしたもので、
中ノ浦教会などでも採用されている。
随所に花柄の装飾があり、「花の御堂」とも呼ばれる。
近くの海辺には墓地があり、そこは5月頃になると
一面ピンクの花に包まれる。
11.冷水教会
「冷水教会」
奈摩湾を望む地に立つ。
かつての地区の信者たちは奈摩湾対岸の青砂ヶ浦教会へ
伝馬舟を操って通っていたが、明治40年(1907)に現在の
聖堂を完成させ、青砂ヶ浦教会の巡回教会となった。
重厚な赤レンガ造りの青砂ヶ浦教会に対し、ここは
木造建築。トンガリ帽子のような尖塔がちょこんと
載っている。
堂内正面
ステンドグラスも窓は暑いからか開いていた。
堂内で入り口に向かって撮った写真
12.青砂ヶ浦教会
「青砂ヶ浦教会」
丁度工事中でした。
先ほどから名前が出ている青砂ヶ浦教会です。
奈摩湾を見下ろす高台に立つ赤レンガ造りの教会。
明治12年(1879)ごろに小さな集会所で出発し、
三代目となる現在の聖堂は明治43年(1910)に完成した。
当時の神父が外国からわざわざ原書を取り寄せて
設計施工を指導したことから、様式や意匠が正統的で
優れ、レンガ造りの教会堂の完成形といわれる。
入り口の円柱とアーチなど随所に石材も用いられており、
カラフルなステンドグラスや、入り口上部の円形のバラ
窓も幻想的な美しさを見せる。
白壁にダークな茶色の柱がっても綺麗です。
ステンドグラスの光が綺麗だった。
ということで、拡大。
窓ごとに色を変えていておしゃれです。
側面のステンドグラスも綺麗です。
堂内で入り口に向かって撮った写真。
工事中のせいか布が下がっていました。
青砂ヶ浦教会前から見た奈摩湾です。
13.江袋教会
「江袋教会」
海を見下ろす急斜面に立つ瓦葺の聖堂は明治15年(1882)の完成。
五島最初の日本人神父になった島田喜蔵氏を祝って、
その出身地に建てられたもの。現在使われている木造教会と
しては長崎県内で最も古く、変形寄棟造りという特異な形態の
屋根は、ここを含めて県内には二棟しかない。
平成8年に修復されたが、内陣上部のステンドグラスは創建時の
ままに保存されている。
堂内正面の様子。シックな雰囲気である。
正面ステンドグラスを拡大。
側面のステンドグラスも綺麗である。
14.鯛ノ浦教会
「鯛ノ浦教会」
上五島における布教の中心として明治14年(1881)に
設立された。現在図書館として利用されている旧聖堂は
明治36年(1903)に完成した木造瓦葺の建物の正面に、
戦後すぐにレンガ造りの鐘楼が増設されたもの。
鐘楼外壁には被爆した浦上天主堂のレンガも使われている。
こも地はまた、明治初期に有川の郷土により胎児を含む
6人が斬殺された「鯛ノ浦6人斬り事件」の殉教地としても
知られており。
堂内の様子。
図書館として使われている堂内。
普通の長机にパイプいすが置かれている。
なんだかミスマッチな異空間。
キリシタン関係の資料も展示されている。
15.福見教会
「福見教会」
この他の信徒は、文化年間(1800年 代)外海の樫山地区から、
迫害を逃れて移住した。明治11年(1878)浜串の主任教会と
同じように、パリ外国宣教会のマルマン師によって
キリシタンから復帰、大正13年(1924)4月29日ヒュウゼ師に
よって、聖堂が建立され献堂された。
入り口から中を覗いた写真。
ステンドグラスの光が美しいです。
堂内から入り口に向かって撮った写真。
と、いうことで15の教会を巡ってきました。
長崎の教会群を世界遺産にという運動もあるようです。
世界遺産に指定されてからだと人が多くなるだろうし、
指定されないにしても一見の価値ありだと思いますので
おすすめです。
教会だけでなく、島の自然もとても美しいです。
また、行きたいなぁと思える島です。
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