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鼓曲萬来

十枚のお皿の話

「信じるか信じないかは貴方次第です」って台詞がありますが
今日はいささか毛色の違う話をば

私の叔父は当時の芝浦電気工業
つまり往年の東芝レコードのプロデューサーでありまして

その叔父から若い頃に部屋でレコードにまつわる
スタジオ都市伝説を聞いた事があります

それはどういう事かと申しますと
当時の東芝のスタジオで録音したレコードには
時折、稀に、呻き声であるとか、異音、
場合によっては人の囁き声が聞こえる事があるという事で

そのような噂がたちますと
購買層が怖がって売り上げにも影響するという事で
大分話題にもなって来た処で
叔父は知り合いの霊的な事に詳しい方に相談したそうなんです
「非常に土地に纏わる強い因縁や言い伝えを感じます」という事
まあ、そこで話が始まる訳ですが

もともと東芝レコードのあった赤坂溜池
これは渋谷にかけて青山と呼ばれていた土地でありました

鷹狩の際、徳川家康より、
早駆けの馬で回って決めた場所を
自らの領地としてそなたに遣わすと青山忠成に仰せられ
今の赤坂、牛込、麹町、渋谷という広大な領地を青山といった歴史があります

それから何代か後に火付盗賊改 、青山播磨 という人物の
その屋敷が番町、赤坂、つまり当時の東芝ビルのあたりになるそうで
大層大きな屋敷を構えていたそうなんですな

で、その播磨の腰元に菊という女性がおりまして
あるとき拝領の大事な十枚の皿の内の一枚を
あやまって割ってしまい
その責任を取り、屋敷の牢屋に閉じ込められ
やがて、井戸で命を落とす事になってしまったそうなんですわ

以来毎晩その井戸から菊の皿を数える声が聞こえる様になり
「一枚...二枚....九枚.......ああ...一枚足りない...」
あの有名な江戸の怪談「番町皿屋敷」の話になる訳です

まあ、この話にも皿が隠されたとか元は播州であったとか諸説ありまして
それ自体脚色されて色々と別段もあるようですが

只、叔父も、その話と関係が有るか無いかは別として
ある部分にはどうも心底ゾッとしたそうです

それは当時の業界ではレコードの事を「お皿」と言っていたようで
叔父も常に「お皿」という表現で仕事に携わっていた訳で
当然それを日々扱う業種
菊の不手際等、到底他人事とは思えず
因縁では無いですけれど、ちょっとお菊さんの事が気になったそうです

もともとスタジオや劇場自体、恨みや嫉妬、挫折感とか
思うような思いが遂げられなかったとか
人間のある種の思いが念となり、渦巻く処でもあります

又そういった人の願いや欲望、喜び、苦しみ、悲しみ等を
一枚の皿に刻み込む世界でもあります
どこか、そういった物と同調、共鳴しやすい環境とでもいいますか

で、どうやって播磨は それに対処したかの話になりまして
結論から申しますと
偉い僧侶に菊の怨念を鎮めて欲しいと依頼し
読経が始まりますと、そこに菊の声が響いてまいります
「一枚....二枚....」
そして九枚となったときに
すかさず僧侶が大きな声で「十枚!」と叫んだところ
「あれ.....うれしや」と菊の声が
以来その声も収まったそうなんです

勿論、レコードの異音との関連は 定かでありませんが
何かその話に感ずる処もあったらしく
それから叔父は早速 スタジオを然る筋にお願いして
ビルや土地のお浄めをし
以来、スタジオでレコーデイングであるとか、
自分で納品、入荷等、数に関するもの金銭に関わるもの全て
十という数字を大切にしていったそうであります
なるべく端数を出さずにきっちりと

それが効を奏したのかどうかは 解りませんし、
単に叔父の1人よがりかもしれませんが
東芝はその後、スターを沢山輩出し、会社も大きくなり
異音のクレームも少なくなっていったそうです
まあ、勿論青山家のように東芝も
やがてEMIに吸収され、現在その跡形もございませんが
これは これで時の流れの中に良しとして

こんな一節がございます

「伝説は もとより史実にあらねども 事の真相伝ふ物也」

つまり、この手の話は
それが歴史的に事実であったか、否かという事よりも
或るいは異界の姿や怨霊の恐ろしさよりも
長い間に伝わって来た話が何を伝えようとしたのか
その意図が大切であると思う訳です

叔父も入梅の初夏、しとしとと雨の降る夜、
単に私を怖がらせる為だけの話だったのかもしれませんが

この話で一番自分が感ずる事、それは
数の霊とでも申しましょうか
文字霊、音霊等もあるように
数そのものに意味というものが存在する
一には一の 二には二の意味がという事であります

十は「充」とも書きまして
満つるという事
それは八でもなく九でも無い
後一歩のところで元の木阿弥ではないですけれど
私のように常に中途半端な日々を過ごしていても
物事には達成感、或るいは充実感というものが必要な時があります

今はCDやレコードの事を
DJや業界の方達は「お皿」というかどうか解りませんが
持ちうる枚数が9枚なのか10枚なのかは大きな差であるように思えまして

後世は落語にもなって
お菊が18枚数えたところ
「なんで9枚じゃないのか?」と問われ
「明日の分迄数えて明晩は休みまする」というオチまでになった数ネタ

和太鼓等を演奏する際
この数というものは他の楽器に比べ、度合いも高く
改めてそういった物の認識を深め
「あれうれしや」、その言葉に
「十!」と叫ぶ意味を心底知ってまいりたいと思う管理人ではありました。

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