風のいろは 何いろ?

緑を渡る時、空を吹き巡る時、風は何色なのだろう?
風には色はないけれど、私には………。

聖なる歌から入って知った、そして好きになった御言葉

2004-06-17 | 日記(旧サイト~移行分:未分類)
↑そんなケースも珍しい。日々の歌#28の、
出だしはあまり好きではないが、さびの部分が好きで。



日々の歌  #28 【このしあわせ、この恵みよ】

  このしあわせ、この恵みよ、主につく人は。
  空しい道、黒い罪から、救われて。
  その人はしあわせにあふれて
  川岸に植わった木のように
  その時が来たなら 豊かに実をつける。
  その葉は いつまでも 緑に茂りゆく。
       <font size=2>(メロディーはリンク(1)の「褒め称える歌集」で)</font>


ある日礼拝において、某兄弟が読まれた聖書の箇所。
詩篇 第一章 1~。 これを一緒にお読みして
「あ~、あの歌だ~」と嬉しくなったものだ。


      幸いなことよ。
      悪者のはかりごとに歩まず、
      罪人の道に立たず、
      あざける者の座につかなかった、その人。
      まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
      昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
      その人は、
      水路のそばに植わった木のようだ。
      時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
      その人は、何をしても栄える。



時が来ると実がなり、葉は枯れない。
なんと希望に満ちた御言葉だろう。すごいよねーーー。
ほんとうにそうなりたい、わたしも。
時々・・・自分は信徒と呼ばれるにふさわしくない
なんて思ってしまうけれど、御言葉に助けられた。
私達は律法に生きていないと。律法によって信仰を持つなら、
義人(正しい人)はいないと聖書に書かれているのだから、
誰も神の国に入ることができない。つい「自分は__」と
思ってしまうけれど(自分を見てしまうけれど)
誰もが神様の前には 正しくないのだろう。イエス様以外は。
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