コロナのせいかテレビ番組の再放送が多い。そんななか、ダンスの先達・伊藤道郎(1893 - 1961)に関するドキュメンタリーが再放送されたと知人が録画を見せてくれた。古い番組だったが、詳しく紹介された映像を初めて見た。
伊藤道郎は現代ダンスにとって特別重要な舞踊家なのではないかと思うのだけど、その記録に触れる機会が意外と少ない。
20世紀初頭、欧米のダンス革命に深く関わり、現代ダンスの生成に強い影響を与えた1人が伊藤道郎である。見ることが出来る写真のいづれもが格好よく、切れ長の眼は鋭く輝き、その手には言葉が宿っているようだ。シャープな印象を受ける。
ノーベル賞作家で神秘家のW.B.イェーツと共作した『鷹の井戸』はとても有名で、いまも様々なアレンジが演じられている。美術家の杉本博司さんが演出したものをパリ・オペラ座が上演したのは記憶に新しいし、かなり前になるが、フランスから帰国した矢野英征さんが再創作したものを青山の草月ホールで観た時の神話の世界に迷い込んだような体験は特別に心に残っている。
彫刻家のイサムノグチは伊藤のスタジオに通い、ブロンズの仮面も創っていて、それが番組で紹介されていた。深い沈黙をたたえた、すごく魅力的な仮面だ。いいダンスは美術家や音楽家を刺激して新しい作品をつくる原動力になるのだと思う。テッド・ショーンは伊藤のことを日本人だがアメリカ現代舞踊の開発者の1人だと言ったそうだし、ジャズダンスのルイジや、モダンダンスのマーサ・グラハムも、伊藤のユーリズミクスに深い影響を受けたときいて、興味をもっていた。
「ユーリズミクス」というのはダルクローズが教えていたダンスの生み出し方で、音楽の力を自由度の高い動きで身体に取り込んでゆく。あのニジンスキーもこれをやっていたという。僕がやってきたトレーニングの一つ「オイリュトミー」とネーミングが似ている。EU+RYTHM+。ユーリズミクスは英語読み、オイリュトミーはドイツ語読みだ。いづれも20世紀初頭の同じ時代に創案され、呼び名にも同じ意味があるので親近感をいだいていたが、この双方には、対極的な面白さがあるのではないかと僕は推測している。オイリュトミーは洗練された身振りで音や声の響きにシンクロして踊る。ユーリズミクスは自由奔放に音やリズムと遊ぶ。オイリュトミーは踊る人の感じる力と運動能力そのものを開発しようとする。ユーリズミクスは踊る人が持っているイメージ力を刺激し拡げようとする。
番組では伊藤のダンスがいくつか復刻された。代表作「ピッチカート」は、その場でじっと足を動かさず、腕と上半身を駆使して踊り、そのシルエットを舞台背景に投影する。シンプルな作品だが、これは凄いものだった。上記のダルクローズ練習法がすこぶる反映しているのか、音楽がそのまま可視化されているようだった。そして、大胆に無駄な動きをカットしている。無駄を省くことは芸術には非常に大切だが、むつかしい。伊藤の無駄を省くセンスはとにかく非凡だと思った。能とも歌舞伎とも異なる、独自の、しかし明らかに日本的な「切り詰め方」を、伊藤はこの作品で実践していると思い、圧倒された。
アルベニスの「タンゴ」はその反対に足の踊り。大作「アンダンテカンタービレ」の復刻もあったが、これはチャイコフスキーの音楽がそのまま絵になったような魅力があった。「越天楽」(近衛文磨の弟である近衛秀麿指揮、2万人の観客)の写真と話題もあって、さらなる興味をいだいた。
いづれからも僕が感じたのは一瞬ごとの形姿(ジェスチャー)に強いエネルギーを凝縮させてあることだった。それは型と運びという考えにも通じているのではないかと思えた。いまのムーブメンツという言葉がはなつ感覚とは異なる、哲学的な高貴さを大切にしているように感じた。
番組は、伊藤の社会に対するアクションも詳しく紹介していた。ダンス芸術を平和の赤十字として考えアメリカ大統領に会いに行ったこと、大川周明およびパンパシフィック社との関係のこと、戦後アーニーパイル劇場の芸術監督に選ばれたこと、ファッションモデル業の生みの親でもあること、1964年の東京オリンピックの芸術監督でもあったが開幕を待たずして亡くなったこと、、、。番組は荒波のような人生を伝えたが、やはり圧倒的に心に残るのは、伊藤道夫のダンスのエレガンスだった。その立ち姿、その身体が放つ花、そこから感じる何とも言えない感じは、美しいものの前で恥ずかしくなるような感じにも似ている。
番組のさいごに、曾孫にあたる女性が、かつての愛弟子からドビュッシーの踊りを教わるシーンがあった。悲しみとも喜びとも痛みとも官能とも、どうにも区別できないような色々なものが、踊りによって、カラダからカラダに流れ込んでゆくのを垣間みた。感動的だった。
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