コロナ禍によって世界がどうなってしまうのだろうと心配しつつ、過去の経験としてたびたび紹介されている1918~21年のスペイン風邪パンデミックのころ、それは全体主義の気配が忍び寄っていたころでもあったのですが、いろんな芸術家や哲学者がどのように日々を生きていったのかに、興味を持っています。
たとえば、僕がダンス活動とならんで関わってきたオイリュトミーの創案者ルドルフ・シュタイナーもその一人です。彼は、まさにパンデミックに重なる頃に、社会の未来についての思考を深め、子どもに自由な教育を試みるヴァルドルフ学校を設立したり現代のベーシックインカムや直接民主制の起源となった政治経済理論を各地で展開しています。そして、それらは芸術や想像力の探求と深く結びついています。とりわけ彼は芸術の制作プロセスにとても注目して、新しい教育や社会構築に取り入れようと試みます。
世の中の変わり目にあって、芸術に非現実的な夢を垣間みるのではなく、芸術とその根底にある想像力や作業体験には未来の現実をつくってゆく原動力が宿っているのではないか、という視点が、シュタイナーにはあったのではないかと、僕は推測しています。いま僕らの世界も、おおきな戸惑いのなかにあり、芸術もそのあり方について、考えることになりそうです。
シュタイナーの哲学は「人智学」と呼ばれますが、それは一言で言うならば、「一人一人の人がそれぞれの人生の中で直面する現実と向き合い克服してゆく試行錯誤が社会全体の動きに発展し「人智」となって人類全体が成長していく」というような哲学だと僕は理解して好意をもっています。
西欧には神秘学というのが古くからあって文化に多大な影響を与えてきましたが、シュタイナーはそれをかなり研究した上で、それとは一線を画した新しい精神基盤が必要と考えたのではないか、そして、神様ではなく人間に秘められた智の力について考えをふかめてゆく「人智学」なるものを打ち出そうとしたのではないか、と思うのです。
それは人間の可能性を読み解こうとする人間哲学でもあり、それは人間の努力によって世界がどのように変容する可能性があるかという社会哲学でもあります。
僕自身は、ダンサーとしての舞台活動や教育活動と並行して、シュタイナーの創案した身体メソッド〈オイリュトミー〉の稽古に取組んで37年もたってしまいましたが、いまさらながら、その方法にシュタイナーの考えの骨格が良く反映されていると感じて、最近あらためて感心しています。
創作面では『オール アンド エブリシング』『虚体ソナタ』『その血にきけ』など、いくつかの作品でシュタイナーの哲学を意識しましたが、いまコロナ禍のなかで、それらの作業のつづきについても、思いを拡げ始めています。(つづく)
写真は櫻井郁也のダンス作品「その血にきけ」(2014)より。
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