祟殺人。
僕の名だ。先祖の苗字に対するセンスと両親の名前に対するセンスは、成る程、伝統的に禄でもない。
更に冗談が利いてるのが僕で八代目になる生業だ。
祟家の第一子は「拝み屋」の家業を継ぐ。
悪い冗談だ。
祟殺人という名前の人間に生霊の成仏を頼む人間が何処にいる?
――――残念ながらいるのだ。世の中には、馬鹿が。
悪態を止めて、現実を直視する。
僕がいるのは一般的な日本家屋だ。
最も、一般的だと感じるのは僕の住む街の大半が武家屋敷のような造りか、あるいは藁葺屋根のそれであるからで
都会の、東京とかの人々から見たら「本格的」と例えそうな家だ
古くからの多雨地域である由縁か、柱や床の一部が腐っている。
ギシギシと床が鳴る。
人の気配はない。
依頼が来た時点で依頼人を含む家族使用人ペットエトセトラには退場願っている。
というか、怪異の厭らしさ、業の深さを知る者としてはそれが「祟り」だと認識してるにも関わらず
その場所を引き払わない人間の多さには驚いてしまう。
そりゃあ、費用とかの諸事情は諸々にあるんだろうけどさ。
――――祟り殺されるよりはマシではないか。
ギシギシ。
歩く度に床が鳴る。
小柄な自分が歩くだけで踏み抜けそうな手ごたえ。
血の匂いがする。
生来臆病者なので、こういう演出は勘弁願いたい。
迷いも怯えも感じさせず足が進むのは勇気ではなく、ただの慣れだ。
三歳の頃から婆におぶられ日本中の妖怪怪異を見てきたのだ。
小便小僧も百ぺん漏らせば多少の耐性はつく。
ギシギシギシ。
音が一つ増えた。
立ち止まる。
ギシ。
余計な音が一つある。
素人ならここでパニックだ。
玄人である僕はビビらない。
疑心暗鬼こそ最大の敵。
祟りはそこから増殖する。
鳥の声を。
虫の音を。
屋根の軋みを。
祟りは恐怖を糧にあらゆる「環境」を「怪異」に「擬態」させる。
「っと。――――あー、と」
この辺で十分だろう。
誰もいない家の中。
しん、と静まる大座敷で僕は一人宣言する。
「えーと、その、『殺人』を開始します。抵抗は無意味なんで、よろしく」
右手にナイフ。
左手に包帯。
瞳を閉じて、僕は勢いよく「僕の左腕を突き刺した」
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