多分、うちから一番近いところにある道標、ここは池田道へ
途中、全く知らないおうちだけど小さいものが飾ってあったので。もうちょっと近寄って撮ればよかった。
母校の横を通り、
ザクロを見上げて
さらにてくてく歩くと目的地に到着。
きれいにディスプレイされたのを見せていただいて、引っかかったぐい呑みを購入。すると、「試飲できるんでどうぞ」と言っていただく。相方は多分これを待っていた。
まるで酒屋さん、いや、居酒屋だろうか?ズラリと並ぶ四合瓶たまに一升瓶、これは一升瓶から手持ちの瓶に移した各地の銘酒たち。
お昼前なのに、あれこれ飲ませていただき いい気分。大好きな秋鹿もあったし、滋賀では一番好きな大治郎もあったけど、滅多に飲めないものをどうぞ、と勧めてていただいたのは、古酒なのに古酒っぽくない『瑞冠』(広島)、スッキリ香りのいい『月不見の池』(新潟)、うすにごりで人気がでそうだ、という『光栄菊』(佐賀)、有名な『十四代』も2銘柄いただいた。最初のは甘めで食前酒っぽい、アテの要らないタイプ、次に飲んだのはきりっとした『龍の落とし子』さすがにどちらも美味しかった。
いずれもこだわりの酒屋さんや料理屋さん、居酒屋さんが選びに選んだお酒たちらしい。そのお店の方にもお会いできて、秋鹿の『朴』というのは、山中酒の店のPBだということも教えていただいた。
試飲とはいえ、これだけ色んなお酒を試したので気持ちはふんわり。で、最近できた魚屋を探検したいという相方に「もうお腹空いていっぱい歩くの嫌やから、先にご飯!」と
主張して近くのお店に入った。
私のチョイスはエビフライとハンバーグ。相方はビフカツ、どちらもおいしゅうございました。
魚屋さんで鰆のタタキを購入。腹ごなしにぐるっと回って曽根箕面線から帰る。今度はまたも母校、中学校である。私たちはマンモス校最後の頃の学年だったので、運動場にプレハブ校舎が建っていて、そのせいでか、向かいにある公園で体育の授業をやった覚えがあるのだが、記憶違いかなあ?
昔、住んでいた場所の近くにある、大好きなパン屋さんで買い物。
そして、はにわロードを通って思い出の公園へ。
当時、昔の人のお墓だった、というぼんやりした印象はあるものの、普通に公園の中の小山だと思って走り回っていた。
今は整備されて、階段でてっぺんに上がる事しかできないようになっている。
てっぺんはコンクリートで固められている。説明板を読む相方。読みにくい板だったけど、ここから出た副葬品やなんかは重文指定されているらしい。
向こうに見えるのは母校小学校の体育館。そう、この古墳は小学校の真ん前にあるのだ。当然当時の小学生はランドセルをその辺にほっぽり出して、ここで遊んでいたわけだ。
木もいっぱい生えていたし、隠れるところもあったので、かくれんぼや鬼ごっこに、この古墳は絶好の場所だった。
公園と道を隔てたところに、獅子塚古墳がある。
その隣は先ほども写っていた体育館。大塚古墳は円墳だが、獅子塚は前方後円墳、入り口はあるが、この時は閉じられていた。
さらにもうひとつ、近くに古墳がある。私たちが大塚古墳に上がった時、後で上がってきたご婦人が、ここへも来ていた。マニアの人かな?
南天平塚古墳というらしい。
松が伸び伸びと育っていた。
あとは友人が何人も卒業した幼稚園の横を通り、帰宅。
この日手に入れたぐい呑みふたつ。ひとつは唐津の作家さん、見て回っている時、もうひとつ気になったのが、後で見たら同じ作家さんだった。右のガラスのは、年末に手に入れた相方のものと同じ作家さんの。今は遠野で工房をひらいている、豊中四中出身の作家さんのもの。
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