前回の記事で伊藤さやかさんに触れたので、
今回は、伊藤さやかさんについて書いてみたいと思います。
つい最近、同年代の友人との会話の中で、
僕が「伊藤さやか、好きだったんだよね~」
という話をしたら、
「俺も好きだった~。『陽あたり良好!』の時可愛かったよね~。」
と言われたのですが、
実は「陽あたり良好!」はほとんど見ておらず、
たぶん再放送でちょっと見た程度で、
あまり記憶に残っていないんですよね~。
また、以前バイト先で知り合った同年代の人との会話の中で、
お互いに伊藤さやかさんが好きだったという話題になったのです。
ところが彼の場合は、ひらがなの名前がカタカナ表記に変わった後の
伊藤サヤカさんが好きだったようで、
アルバムでいうと「My Generation」「陽のあたる場所」という
1985年にビクターからTDKへ移籍した後。
もうすでに、その頃僕はファンではなかったので、
全然話がかみ合わなかったわけなんです。
ということで、じゃあ伊藤さやかさんを好きだった期間って
いったいいつだったのかなぁと思いまして、
ちょっとネットで調べながら分析(←大げさ!)してみました。
まず、伊藤さやかさんを好きになったのは、
1982年(度)、小学校6年生の頃だったことは確かです。
父の故郷である長野の叔父さん宅でのある出来事がきっかけだったのです。
叔父さん宅には、僕と同じ年のいとこの女の子とそのお姉さんと、
僕の妹と同い年の女の子との三姉妹がおり、
同年代なので、いつも会えば好きな芸能人の話をしたり、
一緒にレコードを聞いたりしたわけです。
その日、いとこが持っていたレコードの中に、
伊藤さやかさんの「天使と悪魔」のシングルがあり、
そのジャケットを見たとたんに、
ウワッ、カワイイ!と思ったわけなんです。
すでに、伊藤さやかさんの存在は知っていましたが、
それまでは、とくに惹かれることはなかったわけです。
確かその日は年末で、その後元旦を迎え、
その年(1983年)の初夢に、
あのジャケットと全く同じ伊藤さやかさんが登場したのです。
やっぱり、夢に出てこられたりしたら
好きになってしまいますよね~。
それがきっかけとなり、ファンになってしまったというわけです。
そのジャケットがコレ↓
ただ、ここで少し疑問が・・・。
伊藤さやかさんのレコードデビューは、
1982年5月21日「天使と悪魔(ナンパされたい編)」
ですから、僕が初夢を見たのは1983年1月1日であったわけです。
でも、おかしいんですよね~。
伊藤さやかさんといえば、
1982年10月17日にスタートした
「さすがの猿飛」という
アニメの主題歌を歌っていることでも有名ですよね。
その「さすがの猿飛」の1982年11月28日に放送された
第7話「アイドルをねらえ」の中でアイドル「早田亜紀」の声を
伊藤さやかさんが務めていたのですが、
当時はビデオなんてなかったので、
とりあえず「さすがの猿飛」の漫画本を購入し、
この第7話を伊藤さやかさんをイメージしながら読み返した記憶があるので、
なんか、1983年元旦より以前から好きだったのではないかなぁ?
とも思うんですよね~。
まぁ、それはそれとして、
先にも触れましたとおり、
「陽あたり良好!」はリアルタイムでは見ていなかったので、
たぶん、陽あたり良好!が放映されていた
1982年3月21日~9月19日の時点では、
全く意識していなかったんだと思います。
もっとも、このドラマの放送時間には、
テレ朝にて「西部警察」が放映されていましたから、
裏番組にどんな番組がやっているのかなぁ?
などという発想すら全く起こらなかったんでしょうね。。。
で、話は戻りまして1983年1月1日からファンになったということで、
それから前回のブログにも書いた通り、
まず、近所の「忠実屋」というスーパーというかGMS?というのがあり、
後にダイエーに買収されてしまいましたが、
学生時代にはバイトもしたことがあるのですが。。。
オッと、また話が脱線した。
その「忠実屋」の1Fにレコードショップが入っており、
そこで伊藤さやかさんのアルバムのカセットテープを購入したわけです。
ファーストアルバムの「ナ・ン・パ・・・して!」と、
セカンドアルバムの「ヨロシク◇されたい」で、
※アルバムタイトルの"◇"の部分はハートマークです。
確か最初に「ヨロシク◇されたい」を買って、
すぐに「ナ・ン・パ・・・して!」も購入しました。
たぶん、お年玉貰いたてで懐も潤っていたんでしょうね。
カセットで買ったのは、当時家にあったレコードプレーヤーが古くて
まともに使えなかったためで、中学になってから
自分でラジカセ(SONY CSF-7000)を買い、
その後レコードプレーヤーも購入しましたけど。
イヤっ!そういう話じゃなくって・・・。
で、1983年1~3月に話を戻して。
この間の伊藤さやかさんに関係する出来事として、
覚えていることをいくつか・・・。
まず、その頃伊藤さやかさんは「アップルシティ500」
という番組に出演していました。
月~金の17時から毎日やっていたのですが、
確か伊藤さやかさんは木曜日のレギュラーだったと思います。
ところが、僕はその頃中学を目前に、
なんとか泳げるようになっておかなければ、
ということからスイミングに通っており・・・。
結果的には泳げないまま中学へいくことになったのですが。
その、スイミングが木曜日の夕方にあり、
ちょうど「アップルシティ500」の時間に重なっており、
また当時、我が家にはビデオもなかったことから、
伊藤さやかさんを見ることが出来ないという悲しい状況にあったわけです。
この間の、1983年2月21日には、
新曲「理由なき反抗」も発売されたのですが、
レコードプレーヤーが無いに等しく、
アルバム発売を待ち、カセットにて購入しなければ、
まともに新曲も聴けなかったのです。
また、こんな出来事もありました。
ある時、学校のクラス内で班ごとにわかれ、
劇をやることがあったのです。
僕の班では、僕の原作・脚本・監督、そして隕石役で劇を行ったのです。
いやっ、ちょっと盛ってるかもしれません。
ストーリーはみんなで考えたのかもしれません。
まぁ、内容は宇宙船が隕石に衝突しながらも、
無事にどっかの星に辿り着くとかいう、
すごい単純でつまらない話だったと思うのですが・・・。
その劇のエンディングに、
僕は伊藤さやかさんの
「星をながめて…(恋の因数分解×ても÷ても空中分解)」推薦したのです。
この提案に対して、M君はYMOの「ライディーン」がいいと言いだし、
では、ということで近所の貸しレコ(友&愛)に借りに行ったわけです。
ところが、18歳未満は会員になれないか、
保険証が必要だか、理由は忘れましたが、
とにかく借りることが出来なかったわけなんです。
残念な表情を浮かべつつも、
心では「やったー!」と喜んでいたわけです。
ということで、劇の当日は我が家にあった
マイクミキシング機能のついたシャープの大きなラジカセを
M君の力を借り学校まで運んだのです。
というのも僕は「星をながめて」の
エンディング(アウトロ)部分が好きだったので、
劇の終了間際に、歌の2番から曲を流し
歌詞が終わりアウトロの部分で、
マイクをミキシングして、
挨拶をする予定だったのです。
しかし、この時に限りミキシングがうまくいかず、
仕方なく曲を止めて、
バックの曲無しでの挨拶となってしまい
悔しい思いをしたのです。
そして、タイトルに記しましたが、
僕の人生の中で、
最初で最後(←最後かはまだわかんないかぁ)となる
ファンレターを書き、
「オ・ネ・ガ・イ スーパーコンピューター」
にも歌われている「ヒラタオフィス」へと送ったわけです。
・・・。
しかし、お返事を頂戴することはありませんでした。
たぶん、スーパーコンピューターがバグっちゃったんだろうなぁ?
長々と書いてきましたが、
残念なことばかりでしたね・・・。
では、伊藤さやかさんをいつまで好きだったのかについてですが、
当時、ブレイク直前のTHEアルフィーの
「気分はオールマイティー」という
深夜のラジオ番組に出演されており、
よく聞いていたのです。
で、その番組について調べてみると、
1983年の4月より放送が始まっていますので、
中学に入学後も、引き続きファンだったようです。
ちなみに、この頃THEアルフィーは
「暁のパラダイスロード」という歌を歌っていたのですが、
これが結構イイ歌でした。
で、その後「メリーアン」で大ブレイクするわけです。
話を戻しまして、
その中学1年の夏休みに、
横浜に住む友人宅へ泊まりがけで遊びに行き、
その際、伊勢佐木町にあったミニカーショップで、
アウディのミニカーを購入しているのです。
というのも、伊藤さやかさんが雑誌か何かで、
好きな車は「アウディ」みたいなことを言っていたためで、
それまでは全く興味のなかった「アウディ」に、
惹かれたわけです。
アウディのミニカーを購入したのは、
これまた、最初で最後でしたけどね・・・。
で、この後
父が会社の同僚から
中森明菜さんの「ファンタジー」をダビングしてもらったカセットを聴き、
一気に中森明菜さんに気持ちが傾いてしまったのです。
「エトランゼ」を購入した後に、
予約をして12月に「メモワール」を買っているので、
1983年の秋頃には、すでに明菜さんのファンになっていたのでしょうね。
っていうか、短いなぁこんなもんだったのかぁ~?
伊藤さやかさんのファンだった期間って・・・。
でも、前回のブログに書いた通り、
高校生の時に、
「ナ・ン・パ・・・して!」と、
「ヨロシク◇されたい」のLPレコードを
滝山団地の中にあったレコードショップで見つけ購入。
さらに、2000年代に入り、
神保町にあるお店で、
復刻版CDを発見し購入してますし、
この2枚のアルバムは、
今でも頻繁に聴いていますね。
それは、中森明菜さん以上にです。
ですから、ある意味、今もファンということかも。。。
ということで、
アルバムのジャケット写真をご覧ください。
まずは、全体写真↑
そして、
↑LPのジャケットのみ。
↑裏面。
↑「ヨロシク◇されたい」は、
電話ボックスの扉が開閉?出来るようになっているようです。
↑左が本当のジャケット裏面なのかな?
扉は歌詞カードと一体型になっています。
そうそう、「天使と悪魔」のEPは、
十数年前にいとこからただで戴いてきたものです。
で、このB面に先述の「オ・ネ・ガ・イ スーパーコンピューター」
が収録されているのですが、
これをきっかけに、
ボロボロになっていたカセットテープは処分してしまったんですよね。
というのも、カセット版の「ナ・ン・パ・・・して!」には、
レコード盤にはない「オ・ネ・ガ・イ スーパーコンピューター」が、
収録されていたので、LP購入後もそのまま持っていたのです。
でも、今となっては勿体ないことをしたかもと思っています。
なぜなら、とくに「ナ・ン・パ・・・して!」の方なのですが、
カセットケースが独特で、
ブルーの丸みを帯びたプラスチックケースで、
カセットテープを横からスライドさせて収めるようになっており、
言うなれば、車のカセットデッキの入れ方に似たカセットケースだったのです。
さらに、アルバムタイトルが書かれたステッカーが付属していて、
カセットケースの表面にあるへこみ部分に、
そのステッカーを貼れるようになっていたのです。
という珍しさもあって、
ちょっと勿体なかったかなぁ。。。
★今日の一曲★
Maybe Tomorrow(I will love again)
♪迷ったんですが、
前回、一番好きな曲として
「そよかぜの誘惑」
を選んだので、まぁそれは外して考えるとして。
で、たぶん小6当時一番好きだった曲で、
今でもベスト3に入るであろう曲が
原田真二さん作曲の「1,000,000回 I Love You」で、
これはかなりの傑作だと思うのです。
以前2chか、どっかのブログか何かで、
この曲をガンガンにかけながら高速をブッ飛ばす・・・
みたいなことを書いていた人がありましたが、
まさに、そんな気持ちにさせる曲ですね。
でも、前回「ナ・ン・パ・・・して!」から
選んだという経緯もありますから、
この曲にしました。
曲の出足を聴くと、
なぜか「タイガー・ジェット・シン」を
思い出してしまうのですが・・・。
佐藤隆さん作曲で、
メロディラインのとても綺麗な曲です。
勿論これも、ベスト3に入りますね。
ベスト5クラスになると、
「星をながめて・・・(恋の因数分解×ても÷ても空中分解)」
「恋って、ビョーキ!?」かな。
ベスト10だと
「GO!GO!POP-TOWN」
「Aカップからのメッセージ」
「年下のあのコ」
「夏+海=恋」
「愛し淋し街角ローラー」
ってとこでしょうか。
って、シングル曲は入ってないじゃないですかぁ。。。
と思われるでしょうが、
アルバム収録曲は、
全然いいですよ。
っていうか、何でアルバムに入っているような曲を
シングルにしなかったのだろうか?
そうしたら少し伊藤さやかさんのイメージも
違っていたと思うのですが。
声も歌唱力も抜群ですしね。
まぁ伊藤さやかさんご本人は、
もっとハードな歌が歌いたかったのでしょうけれどね。。。♪