えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に1話・予感

2019-09-23 19:28:54 | 書き物
プロローグ


深い深い穴の中に落ちていく夢を見ていた。
すごい勢いで落下しながら、必死になって背中を探る。
おかしいな、私の翼はどこに行ったの。
私は翔べるはず。
私は翔べるはずなのに。
急激に近づく地の底。
ぶつかる!っと叫んだ瞬間に目が覚めた。
夢か。
いや、なぜか夢だってことはわかってた。
わかってたのに、落下していくスピードがものすごくリアルだった…


くるまっていた布団を少しずらすと、冷たい空気に半袖の腕が粟立った。
急いで枕元で丸まっているパーカーを羽織る。
スマホからケーブルを抜いて時計を見ると、もうすぐお昼だった。
ずいぶん寝たなあ…
寝たのが明け方だったから、しようがないか。
半身を起こして、部屋を見渡した。
まとめられた荷物、家具もほとんどない殺風景な部屋。
布団もフローリングに直に敷いてある。
今は年末、あと数日で年を越す。
年を越したら、この部屋を出るのだ。
昨日の夜は私たちのバンド、ウイングスの年末ラストライブだった。
昨日で達也はバンドから去り、一緒に暮らしてた部屋からも出て行った。
こうなることは、なんとなく判ってた気がする。
高校の時から、達也は有名なミュージシャンになりたいって言ってた。
その夢を叶えるために、人一倍頑張ってたんだ。
バンドとしてインディーズからアルバムを出して、そのうちメジャーにってよく言ってた。
でも、実現したのはバンドとしてじゃなくて、ソロミュージシャンとして。
それが叶うきっかけは、1年前に撮られた一枚の写真だった。


1話







いつものように、ライブハウスでのライブを終えて、楽屋に戻ろうとした時だった。
「洋子ちゃん」
急に後ろから声が聞こえて、振り向くとすぐ後ろにベースの高梨さんがいた。
「やだ、脅かさないで下さいよー。急に後ろにいるんだから」
「ごめん、ごめん。洋子ちゃん、ちょっといい?」
「…?なんですか」
楽屋の手前に、自販機が置かれた休憩スペースがある。
そこのベンチに促され、高梨さんと並んで座った。
人が出て来てざわざわしてる場所。
なのに、高梨さんはいつもよりさらに声を落とした。
「今日、後ろの方に見慣れない人たちがいたの、気づいた?」
「見慣れない人たち、ですか?…もしかして、スーツの二人連れ?」
「そう、それ。気づいてたんだ」
「んー、まあ…」
ステージに出て、パッと目に入って、あ、珍しいなって思っただけで。
…まあ、確かにただ立ってじっと見てるだけで、不思議ではあったけど。
「あの人たち、何なんですか?確かに、ライブのお客さんには見えなかったけど」
「たぶんだけど…芸能事務所の人じゃないかな」
「…それって…」
「俺たちを見に来たってことかも」
芸能事務所の人が見に来たって。
よく言うスカウトってこと?
一応インディーズからCD出してるけど、まだまだ知名度が低いのは私たちだって分かってる。
それがどうして?
「それか、達也だけを見に来た。って、そっちの方がありそうな話だな」
「達也、だけを…」
私も、達也目当てなのかもってすぐ考えた。
半年くらい前に、達也が雑誌のストリートスナップに載った。
繁華街を歩いていて、たまたま声を掛けられて。
バンドマンだと紹介されてから、ライブハウスのお客さんが増えた。
純粋に、どんなバンドか興味があって来てくれたお客さんもいた。
でも、ほとんどが達也目当て。
雑誌に載った達也は、シンプルなTシャツとジーパン姿。
でも、睫毛が濃くて意思の強そうな瞳、少し薄くて赤みの強い唇。
達也はいつだって女性を惹き付けた。
それでも、学生の時からプロ志向だった達也は、すごく喜んでたと思う。
だって、「いくら曲を作って歌っても、聴いて貰えなきゃ意味がない」
って言ってたから…



もし、芸能事務所の人なら達也の希望じゃないか。
もしかして、バンドを抜けたがっている?
でもそんなこと…達也は何かしら言ってくれるはず。
「一応俺たち、バンドだよな」
高梨さんがボソッと言う。
私が責められてる訳でもないのに、申し訳なくなった。
「まあ、そのうちどういうことなのか、ハッキリするだろ」
高梨さんが話を終わらせたから、私もモヤモヤを残したまま、立ち上がった。
「でも、他のメンバーには言わないことにしよう。気づいてるかもしれないけど…ね」
「…はい」
「じゃ、お疲れ。また来週な」
「お疲れさまでした」


楽屋でTシャツだけ着替えて、時間を見計らって外に出た。
関係者出口から出る時間は、メンバーで決まっているからだ。
…ていうよりも、達也と他のメンバーか。
達也は先に出て、出待ちしてる女の子たちと喋ったり、何か貰ったり。
一通り済んで達也が去って女の子たちがいなくなってから、私たちが出る。
特に私は、絶対に達也と同時に出るなと言われてた。
マネージャーは、少しでもトラブルを防ぎたいって言う。
だから、メンバーはみんな従って来た。
外に出たら、達也にキャーキャー言う女の子たちはいなくて、人もまばら。
残っててくれた以前からのバンドのファンの人と言葉を交わしてから、ライブハウスから離れた。
100メーターくらい歩くと、通りから1本入った道にコンビニがある。
そこの雑誌売り場に、達也がいた。
「おっ来たか」
「お待たせ」
コンビニで夕御飯を買って、歩いて20分のアパートに帰る。
その間、ずっと手を繋いでくっついて歩く。
付き合い始めてからもうだいぶたつけど、達也のまわりにはずっとファンの子たちがいた。
そんな達也に人目を気にしないでくっつけるこの時間が、私は好きだった。



ライブがあった日は、だいたい寝るのは2時や3時になってしまう。
今夜も、だらだらとご飯を食べてお風呂に入ったら、そんな時間。
高梨さんから聞いた話を達也に聞きたくて、帰ってからずっと様子を窺ってた。
けれど、今夜の達也は疲れてるのか口数が少ない。
お風呂を出たら聞こうと思ったのに、すぐに横になってしまった。
どうしようか迷う私を手をヒラヒラさせて呼ぶ。
近寄ると、腕を引っ張られて胸の中に抱え込まれた。
「…今日は疲れた…お休み」
「お休み」
しばらくじっとしてたら、もう寝息が聞こえた。
見上げると、きれいな顎のライン。
閉じた瞼から長い睫毛がのびていて、うっすらと頬に影を作った。
なんて整った顔なんだろう…
そっと指を伸ばして、薄い唇をなぞった。
この瞳が、この唇が、あの高くて艶のある声が、女の子たちを蕩けさせるんだ。
達也に夢中になってるお客さんをステージから見て、時々考えてしまう。
…達也はなんで、私を好きになってくれたんだろう。
もしかしてこれは夢なんじゃないかって思う。
朝起きて、達也の顔を見ると本当なんだって、ホッとする。
もし、達也がバンドを抜けることになったら。
私はどうするんだろう。
どうしたらいいんだろう…









































新作のお知らせ

2019-09-23 19:23:38 | 書き物
春先から書いていたお話が、ようやく出来上がりました。
バンドをやっている女の子の成長のお話です。
今日から1話ずつUPします。
もう三連休も終わってしまいますが、時間のある時やちょっと何か読みたくなった時に読んでもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。