えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に2話・もがれた翼

2019-09-24 18:19:14 | 書き物
それから何回かスーツの二人連れを、ライブの客席で見た。
でも、ただそれだけで何か私たちに言ってきた訳じゃない。
変わった動きが無いから、高梨さんもあれから何も言って来なかった。
私も高梨さんも、姿を見せなくなったスーツの二人連れを、だんだんと忘れていったのだ。



そうして半年くらいたったある日。
ライブの前に、次のレコーディングに向けての打ち合わせがあった。
私たちはもう、インディーズからアルバムを1枚出している。
それから1年ほどたって、そろそろどうか、ってことになったのだ。
普段はお客さんが立つ場所に、パイプ椅子を置いて、メンバー全員が集まった。
私はクリアファイルに入った譜面を出して、皆に配った。
私たちのバンドの曲…
作曲は私、作詞はほぼ達也、そして編曲はみんなで。
バンドとしてオリジナル曲をやるようになってから、ずっとこの形でやって来た。
公式なクレジットは、作・編曲がウイングスになってる。
みんなで編曲もしてるし、作曲のクレジットもみんなにしてって、頼み込んだのは私。
達也には最初、反対されたけど。


打ち合わせは、私が出した曲にみんなが各々の楽器で色づけしていく。
そして、達也が歌詞をつけて行くというもの。
いつものように、ドラムとベースのリズムを決めて、ギターの流れのアイデアを出し合って。
何曲か形が出来たところで、その日は時間が来てしまった。
確かに形は出来た。
でも、いつもより達也がのめり込んでいない気がして…
達也の心だけ、どこかへ飛んでしまってるみたいだった。
「達也」
この後のライブのため、楽屋に向かう達也を呼び止めた。
どうしたのか、何かあったのか聞きたくて…
「ねえ、何かあった?何を考えてるの?」
私を見下ろす達也は、少し迷った顔をした。
でも、口から出た言葉は…
「何にもないよ。洋子は相変わらず心配性だな。じゃ、後で」
頭をポンポンと叩いて、楽屋に入ってしまった。
「なんで言ってくれないかな…」
気になるけれど、これからライブ。
切り替えないと。


ライブが始まるとどこかへ遠くに飛んでいった達也が、戻って来た。
バンドのグルーヴがお客を煽って、達也の声が地面を蹴って飛び立つように響き渡った。
達也の後ろでキーボードを弾く。
その時、達也の声に持ち上げられて私もふわっと飛んでるみたいだった。
達也は声という翼があるけど、今だけ私にも翼が出来て空へ飛び立たせてくれる。
客側からの歓声に包まれて、浮遊感が気持ちいい。
初めてではないけれど、滅多にないこんな瞬間。
そうそうない感覚に包まれて、私は心に決めた。
達也の翼があるからこそ、私の翼でも飛びたてるんだ。
達也が抜けることになったら、私はバンドを…音楽をやめよう。
達也からも離れよう。
達也が目指す世界には、きっと私のいる場所はない。
側にいたくてもいられなくなる。
これから別の世界に飛び立つ達也に、しがみつきたくない。
でも、そんな簡単に達也から離れる…別れることが出来るの?




その晩、達也は行く所があると行って、アパートには帰らなかった。
朝、起きても戻って来てない。
やっぱり、何かあったんだ。
打ち合わせの時の達也を思い出した。
その日はライブのない日。
私はのろのろと支度をして、出掛けた。
1人でじっとしていてもしようがない。
アパートの最寄りの駅から、繁華街のある大きな駅に向かった。
そこには、私たちのCDを置いてくれているショップが何軒かある。
それと、大きなCDショップもあって、休みの時たまに達也とショップを廻ったりする。
駅から1番遠いショップまで、ぶらぶらと歩いた。
駅からしばらく行くと、大きな公園があってそこの遊歩道に入る。
公園で遊んでる人を眺めながら歩くと、ショップまでの近道なのだ。
もうすぐ遊歩道が終わるタイミングで、前を向いた。
公園の出口の脇、大きな木の下に見覚えのある姿。
「…達也」
まさか、ここにいるなんて。
ゆっくりと近づくと、達也も私を見て目を見開いた。
「洋子…なんで」
「それは、私のセリフ」
達也の脇に行くと、私をチラッと見てから左腕が伸びてくる。
ぎゅっと手を繋がれたら、しばらく何も言えないでいた。
「…何も、聞かないの?」
「何を聞いたらいいのか、分からないもの」
達也に手を引かれて、遊歩道をさらに歩いてから木陰のベンチに座った。
日差しがきついからか、陰になったベンチも熱くなってる。
遊具で遊ぶ子供の声、はしゃぐ女の子たちの矯声をしばらく聞いていた。
それがふっと途切れた頃に、達也が口を開いた。
「半年くらい前に、声をかけてもらったんだ。ソロ活動をしてみないかって」
「半年前…」
あのスーツの人たち。
やっぱり、達也に声を掛けた事務所の人たちだったの…
「洋子、気づいてたよな。たぶん、みんなも」
「うん。なんだか客席に浮いた人たちがいるなあって思ってた。高梨さんは、あれは芸能事務所の人じゃないかって」
「高梨さんが…」
「それこそ、半年くらい前のことだよ…達也、もう決めてるんでしょ」
「うん…相談しなくてごめん」
「私に相談したって、やりたかったらやるんでしょ。前からの夢だもの」
「洋子…でも、そうしたら洋子といられるかどうか…」
「分かってるよ。大手の事務所でソロミュージシャンとして売り出されるってどういうことなのか。きっと、私といない方がいいよね」
「…それは…」
「無理だよ。たぶん私は邪魔になる」
「邪魔なんて言うなよ…」
「…達也だって分かってるくせに」
「…ごめん。洋子にそんなこと言わせて。でも、俺ソロでやってみたいんだ」
もう、決めてる、意思の強い瞳。…
私と離れることになっても、夢を追いかけたいんだよね。
「達也が夢を叶えようとするのを、ただ一緒にいたいからって止めるなんて出来ないよ…でも…達也が抜けたら、私バンドは止める」
俯いていた達也が顔を上げて私を見た。
その目が何か訴えているようで、目を逸らせなくて。
口にした言葉は意外なことだった。
「洋子、バンドは続けて欲しいんだ」
「続けるって…そもそも私だけじゃなくてみんなも考えると思うよ、ボーカルがいなくなるんだから。それとも、誰かボーカルを入れてって言うこと?」
「そうじゃなくて…洋子が」
「え?私?」
「言ったことなかったけど、洋子の曲は洋子の声が1番合うと思うんだ」
「私の声って…私がメインボーカルなんて無理だよ」
「無理なんかじゃない。いますぐじゃなくていいから、考えて」
ライブで歌ってはいるけど、コーラスが多いのに…メインボーカルなんて荷が重過ぎる。
それきり黙ってしまった達也を横目で見た。

最後に言われたことを、まさかバンドメンバーからも言われるなんて、この時は考えてもいなかった。