今日、アップした写真は多分、父が外で写した
最後の写真かと思います。
勿論、病院や、お買い物には出ていましたが
写真を写した最後の外出は、この日が最後。
2019年5月12日(日)、新宿御苑カフェラ・ポエム。
この日、父は母の編んだ、お気に入りのセーターを着て
大好きなピザとパスタを美味しそうに食べていました。
とても、お天気も良かったので食後は私と主人、父と母
4人で御苑前を少し、お散歩。
まるで昨日の様に思い出されます。
1月7日(火曜日)、突然の入院となった父。
クリーンルームでは食事も無菌食のみ。
何も他の食べ物を食べさせてあげる事が出来ず・・・
病院食は、ほとんど食べてませんでした。勿論、激痛との
闘いがありましたから食欲が無くなるのは仕方がありません。
病院から許可が出ていたゼリー飲料、
〝朝リンゴ(ヨーグルト風味〟が
父の調子が良い時、美味しそうな顔で頂く唯一の品でした。
時は流れるんですね(ToT)
私も、家に帰り、片付けています。
水害って、水って怖いですね(ToT)
泣いてしまいました。イライラが、募り。
耐えなきゃいけないんですが。
今まで生きてきた中で、一番辛い。
そして、呆然です。
読みずらいコメントをしてしまい
申し訳ありませんでした。
150日が過ぎました。
今でも、まだ・・・信じられません。
多分、仕事で長期、旅に?
そんな思いでいる母と私です。
もう少しだけ
時間を下さい。
皆様、ご自愛下さい。
ありがとう。
ずっと
ずっと
ブログを開いていませんでした。
でも
今回の大雨で胸騒ぎがして。
佳代さんの事が気になり・・・
もしかして?と思いブロウを開きました。
無事で良かった。
本当に良かったです。
ご家族も大丈夫なんですよね。
今は大変で何も考えられないと思いますが
とにかく耐えて下さい!
色々な事があり過ぎて
何を?
どうしたら?
母を残して逝ってしまった父に
毎日、
どうしたらいいの?
と問いかけていました。
心が不安定です。
突然、昔を思い出して泣いてしまったり
これではいかない
と必要以上に明るく振る舞ったり
私も母も心が不安定。
そんな中、
新型コロナで世の中はコロナパニック!
皆様、大丈夫でしょうか。
変わりつつある地球の姿。
変わりつつある私達の生活。
どうぞ、ご自愛下さい。
乗り越えていかなくてはいけません。
いつも本当に温かい言葉で励まして下さり
有難うございます。感謝の気持ちでいっぱいです。
お似合いですね。お母さま、すごいですね。
いま、コロナで大変ですが、
NON さん、ご家族は、大丈夫ですか?
私の街でも、感染がでてしまいました。
医師の方で、他の地域から来られてて。
いつどうなるかわかりませんが、
早く終息しますように。
熊本地震から4年。
NON さん、吉田さんからの温かいお言葉、
皆さんからの温かいお言葉、いまでも
忘れられません。
寂しいお気持ちの募る日々かと思います。
この感染症の流行時期ですから
NON様、お母様の精神的免疫力が落ちないことを
心から祈念するばかりです。
どうかご注意を、お願いいたします。
私が母を天の御国に送ったときも寂しかったです。
子どもにとって、父、母ほどよいものはありません。
素敵な吉田さんのこと、また書いてください。
大切に読ませて頂きます。
母を送った時に、私には『赤毛のアン』の一節が
ストン…と心に落ちたのを思い出しました。
「今、ちょっと遠くに行ってしまっただけなのよ」
・・・という箇所。
吉田さんは、今はもうどこも痛くなくて、
自由に世界の綺麗な景色を観に行くことができて
そして
同時に、いつでも必ず
NON様とお母様の隣にいらっしゃるのです。
少し長いですが、引用しますね。
よかったら「赤毛のアン」も読み返してみてください。
NON様(我が腹心の同志?)の書棚には、あるのでは?
"When Matthew was here he liked to hear you laugh and he liked to know that you found pleasure in the pleasant things around you," said Mrs. Allan gently. "He is just away now; and he likes to know it just the same.
「マシュウが生きていた頃、あなたの笑い声を聞くのが好きだったでしょう?あなたが身のまわりの世界に楽しみを見つけると喜んでいたんじゃなくて?」アラン夫人は穏やかに言った。「マシュウは今、ちょっと遠くに行ってしまっただけなのよ。あなたにはこれまでと同じように楽しんでほしいと思っていなさるわ。」
-村岡花子訳『赤毛のアン』第三十七章。