トーマス・ジョイナー(宮家あゆみ訳),2024,男はなぜ孤独死するのか──男たちの成功の代償,晶文社.(10.31.24)
男性は女性に比べて自殺する率が高い。その一つの要因に、男性が孤独になりやすい性質を持つことがあげられる。では、なぜ男性は孤独に陥るのか? 男性が孤独による死のリスクから逃れるにはどうすればよいのか? 自分の父親を自殺で亡くした経験を持ち、自殺問題についての第一人者が、豊富な臨床データと心理学のエビデンスに基づき、孤独死を避けるための具体的な処方箋を提示する実用書。
孤独を引き起こす3つの要因を自覚せよ!
1.男は対人スキルを学習しないまま大人になる
2.男は自立を重んじプライドが高く、人の手を借りるのが苦手
3.男は家族や友人よりも仕事、地位、お金を優先する
→ゆえに孤独死する確率が高くなる。
本書の解決策をいまから実践してみてください!
手段主義──あらゆる行為はカネと権力を獲得するための手段であるべきであり、親しい他者との関係性、感情の表出は無益、無駄なことであるという考え──に囚われた男は、自殺と健康上のリスクをかかえており、早死する傾向が強い。
ジョイナーは、疫学と心理学実験、心理カウンセリングの知見を駆使して、男であることの病理を突き止めていく。
中高年男性がもちがちな謎の過剰な自尊感情、自信は、どうやら万国共通のもののようだ。
ここでもまた、証拠は圧倒的だ。約3500人を対象にした研究では、女性よりも男性の方がナルシストであることが報告されている。これだけなら、過去の研究結果を繰り返すだけの当然の結果だが、今回の特別の研究で興味深かったのは、このパターンが生涯を通じて(参加者の年齢は8歳から83歳まで)、そして世界的にも(南極大陸を除くすべての大陸から参加者を集めた)維持される傾向であったということだ。以前の研究では、「ポジティブ幻想」、すなわち他人が見るよりも、あるいは事実の結果よりも、自分をより好ましく見る傾向について調査した。身体的魅力と知能に関する幻想を評価したところ、いずれも、女性よりも男性の方がポジティブ幻想を抱きやすいことがわかった。さらに、この性差は、男性が女性よりもナルシシズムを多く報告したことに大きく起因していた。
(p.101)
しかし、誇大な自尊心、ナルシシズムは、現実社会でいともたやすく打ち砕かれてしまう。
誇大な自己理想から、極端に卑下されたネガティブな自己イメージへの転落は、否定的なフィードバックのループを惹起する。
その悪循環の行き着く先は、自死、である。
自己証明の視点は、驚くような文脈でも確認されている。例えば、神経性過食症にかかっている人のジレンマについて見てみよう。神経性過食症は、過食や意図的な嘔吐(自己誘発性嘔吐など)のエピソードを特徴とする摂食障害である。また、この症候群には、体型、体重、外見に対する大きな不満が含まれている。この現象は、男性よりも女性に、圧倒的に多く見られるが、それでも、自己証明欲求の潜在的な影響を垣間見ることができる。自己証明の視点から見ると、過食症の人は自己証明欲求を満たすために、自己の肉体についての否定的な見解(どう考えても彼らにとってかなり苦痛だ)が定着し、永久に続くように人との会話を構成するという、興味深い可能性が示唆されている。
実際、この可能性を裏付ける証拠がある。過食症の大学生は、当然ながら、身体的外見に否定的なフィードバックを受けるのは非常に苦痛であると報告している。しかし、フィードバックに対する自分の好みを示す機会が与えられると、体型や体重、外見に対する否定的な評価を強く好んでいることがわかった。ある時点でそうした否定的なフィードバックを好むと意思表示した人ほど、数週間後に過食症状が悪化していた。これは、過食症の人たちが、自己確証〔日頃から思っている自己概念を確証、確認してくれるような社会的現実を求めること〕という基本的な欲求を満たすため、自分が恐れている反応を自ら求め、症状を悪化させてしまうという、かなり難解な状況を示している。過食症になると、自分自身の身体に対する否定的なフィードバックを求めるようになり、それが過食症の悪化につながり、さらに否定的なフィードバックへの関心が高まるというサイクルが確立される。自己証明の原則を理解していない患者や臨床医にとって、かなり混乱した状況だ。自己の肉体に関する否定的なフィードバックに対する嫌悪感が立証されているなか、まさに同じフィードバックに向けられた嗜好性が併存する状態は、自己証明理論以外の方法で、どう説明したら良いのだろうか。内面の矛盾や葛藤について漠然と言及したとしても、自己証明の概念ほどには言い当てることはできない。
過食症の人と同様、児童精神科の入院患者も同じだ。1997年に『異常心理学ジャーナル(Journal of Abnormal Psychology)』誌に掲載された児童精神科に入院している72人の患者に関する研究によると、青少年は、自分に関する否定的なフィードバックに興味を示すほど、より落ち込んでおり、自分をよく知る仲間から嫌われる可能性が高いことがわかった。1995年に同じ雑誌に掲載された、大学生を対象とした論文でも、非常によく似た結果が得られている。
過食症の人と同様に、児童精神科の入院患者と同様に、そして大学生と同様に・・・・・・ニワトリも同じだ。そう、ニワトリもだ。マイケル・シェイボンは、前出の著書『アマチュアのための男らしさ』の中で、「放し飼い」のニワトリの行動に関するエピソードを紹介している。ニワトリたちは、数週間は鶏小屋で飼育され、その後は、自由に動き回ることができる。というよりは、「動き回る範囲を自由に決められる」と言った方が正確だろう。なぜなら、彼らは自由に動き回るわけではないからだ。解放されたニワトリたちは、多くは飼育されていた建物の端に行き、しばらく外の空気や草を観察するが、ほとんどすべてが狭い小屋に帰ってくる。
ニワトリがそうした行動をとるのは、おそらく自分たちが生きてきた中で唯一知っている環境の安全、安心、慣れ親しみを好むからだろう。新鮮な空気、緑の草、自由は、ニワトリにとって魅力的なものだと思われるだろうが、同時に鶏小屋の継続性や快適さも魅力的なのだ。自己証明理論によれば、人の自己確証欲求の根底には、同じ動機があるとされている。人は安定した自己概念を(たとえ否定的なものであっても)好むが、それは安定が、世界全体に対する統制や結束、予測可能性の感覚を提供してくれるからだ。僕たちの神経系は、それ自体にとって望ましく、また僕たちにとっても望ましいものと思えるように設計されているようだ。ある人々には、残念ながら、自己評価の低さを感じ続けることが、自分の鶏小屋になる。鶏小屋は、慣れ親しんでいて快適で、魅力的な代替品よりも好まれる。代替品には、まさに継続性や安定性を犠牲にすることが求められるからだ。
(pp.122-124)
他者を、社会経済的地位、学歴、財力、外見等によって値踏みし、付き合い方を変える心性卑しい者がいるが、彼ら、彼女らは、愚かな物質主義者である。
外的基準による他者評価が、自己に向かうとき、よほど鈍感なものでない限り、絶望的なまでに貧しいリアルな自己と対峙せざるをえなくなるだろう。
物質主義は、単にモノやお金にこだわることだけを指すのではないことを強調しておきたい。実際、心理学者は物質主義の定義を広げ、地位や身体的魅力に過度にこだわることも含まれるとしている。このように物質主義を広く定義すると、外発的動機づけと内発的動機づけのどちらが重要か、つまり、外的基準を満たすために物事を追求するか、あるいは外的基準に関係なく、自分自身のために、内的に導かれた目標を満たすために物事を追求するかということが、基本的な物差しとなる。外発的動機づけは、地位やお金、外見などに焦点を当てたものであり、長期的にはネガティブな結果をもたらす。一方、内発的動機づけは、仲間意識やコミュニティ、不完全な自分を受け入れることに焦点を当てたものであり、より高い満足感をもたらす傾向がある。重要なことは、この研究が、お金や、地位や、外見に焦点を当てる道が常に失敗するという結論には至らないということだ。外発的な目標を重視し、内発的な目標を軽視することが、ネガティブな結果を生むプロセスであり、それが女性よりも男性に多く見られることを示しているにすぎない。
(pp.159-160)
そして、ネガティブな自己評価が、前述した否定的なフィードバックのループにはまれば、そこには「生きるに値しない矮小な自己」しか残らない。
自滅に至る地獄、である。
本書は、自己を否定し破壊するところまでに行き着く「男らしさ」の病理を、説得力ある筆致で描き出している。
目次
第1部 問題点
孤独な性―孤独は、すべてを手にしていることから始まる
第2部 原因と結果
原因―甘やかされること
原因―自治の自由を踏みにじるな 独立の危機 ほか
第3部 解決策
解決策―自然を愛し、健康を取り戻す
解決策―他者とつながる現実的な方法
第4部 結論
性差別、普遍性について、そして未来