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本と音楽とねこと

娼婦の本棚

鈴木涼美,2022,娼婦の本棚,中央公論新社.(5.30.24)

 読点が続く長い文章は読みにくいが、「女であること」の困難をこれほど雄弁に解き明かすことができる文筆家はいるまい。
 もし、わたしが若い女であれば、痺れるほどに共感しながら読んだにちがいない。

 鈴木さんは、「娼婦」と「エリート」女性、その双方に憧れ、実際にその両極で生き、揺らいできた。

 女にとって、性愛は、承認欲求を充たすお手軽な手段となる。

 結局私は、そのあたりの時期から長らく、ヤレそうな若いおねえちゃんとして振る舞い、そのヤレそうな匂いに集まってくる男たちを、スキー合宿で次々愛の告白をしてくる男のコたちと同質なものに見立てて仮初めの満足を得るという行為から自由にはなれませんでした。セックスをすれば自分が少なくとも男を勃たせる女だと思い込むことができるし、自分と自分のセックスを同一視すれば、セックスに群がる男を自分に群がる男だと見紛うことができる。そこに値段をつければさらに自分の価値は可視化されて、胸に溜まった小さな落胆を無かったことにできる気がしました。それくらい思春期のセックスというのは多くの意味をはらむ、単なる快楽でも愛の行為でも肌の摩擦でもない超万能な劇薬なのだとも思います。
 ただし、私はセックスやセックスを通して自分に送られる男の目線や言葉というものによって万能感を味わいながら、同時にこれが仮初めの救いでしかないような予感も持っていました。セックスをすることで生まれる私の価値なんていうものは、自分が一生寄りかかるにはあまりに頼りない、どこかで崩れて跡形もなく消えそうな、偽物のような気もして、かといってそれほど劇的に自尊心を救ってくれる快楽を捨てる気にもならず、訝しみながら握りしめていたような気もします。そして、そういった感覚も含めて、思春期の私にそこはかとなくあった様々な気分を育てたものの一つに、中学から高校にかけて夢中になって読んだ山田詠美の小説たちがあります。
(pp.87-88)

 しばしば、話題となる「一卵性母娘」関係、あるいはそれをこじらせた、母に対する娘の強烈な、からだをはった面当て、抵抗。

 私の母は重要な仕事をいくつもして、多くの人に美しい若いと褒められ、家を守り、六六歳で死ぬまで勉学を怠らない人でした。留学帰りの美人で、勉強熱心、仕事熱心のキャリアウーマンで、父の友人たちにも人気でしたが、おかしな価値観もたくさん持っていました。リベラルで立派な思想を掲げるわりには専業主婦を軽蔑し、売春婦を軽蔑し、セレブ妻やホステスも軽蔑していました。教育環境や経済的に恵まれていた自分の生育環境を棚に上げて、男の庇護の下にいる学のない女たちを自分とは別の生き物のように扱っていました。家政婦にも「先生」と呼ばせるような人でした。私はそんな母の矛盾を身近に観察して育ち、母の価値観を否定したくて身体を安値で売り飛ばし、男の金で贅沢するようになりました。初めて性をお金に換えた時、母に復讐したような気持ちの高揚があったのを覚えています。
(pp.156-157)

 鈴木さんはじあたまが良い人だから、「娼婦」と「エリート」の掛け持ちができた。

 凡人にはとてもとてもまねできるものではない。

 そして、わたしも、鈴木さんと同じように、自分が生かされている世界に対する違和感を表す、痺れるような一文に付箋を貼るべく、本を読み続ける。

ギャルから慶応合格、AV女優から日経記者 鈴木涼美の「夜と昼」

「この本は、これから身体を売ったり、嘘をついたり、悪い人に出会ったりするかもしれない、まさにアドレッセンスというものの中を突き進んでいく若いオンナノコたちに向けて書きました。私が私の青春を生き抜くために貪った本の中から、特に印象的なものを選び、私が付箋を貼っていたような痺れる一文をなるべくたくさん紹介しています。母がさりげなくそうしてくれたように、若さを持て余した誰かの本棚に忍び込ませることができたらいい。それがどこか何かのタイミングで、新しい読書に繋がったらもっといいし、朝まで生き延びる暇つぶしになったらいいし、暗い夜を逞しく歩いていくオンナノコたちにとって、浮き具になったり電灯になったり地図になったりすることもあるかもしれない、そんな風に思っています。」
(「はじめに 時に夜があまりに暗く、字を照らす光がなくても」本文より)

キャバクラやアダルトビデオなど、夜に深く迷い込んで生きていた頃、闇に落ちきることなく、この世界に繋ぎ止めてくれたものがあったとしたらそれは、付箋を貼った本に刻まれた言葉だった―。母親が読んでくれた絵本の記憶から始まり、多感な中高生の頃に出会った本、大学生からオトナになる頃に手に取った本など、自らを形作った20冊について綴る読書エッセイ。

目次
はじめに 時に夜があまりに暗く、字を照らす光がなくても
第1章 女は無意味に旅に出る
第2章 セックスなんかで分かるもの
第3章 女ではない奇怪な生き物
第4章 信じられる神がいなくとも
第5章 言葉を身体に貼り付けて
第6章 荒唐無稽な夜を生き抜く
おわりに それでも「絶望的に期待する」

鈴木涼美[スズキスズミ]
1983年東京都生まれ。作家。慶應義塾大学環境情報学部在学中にAVデビュー。その後はキャバクラなどに勤務しながら東京大学大学院社会情報学修士課程修了。修士論文は後に『「AV女優」の社会学』として書籍化。日本経済新聞社記者を経てフリーの文筆業に。書評・映画評から恋愛エッセイまで幅広く執筆。


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