『どん底の人びと』のような、切迫感、悲壮感はない。
ジャック・ロンドンは逃げ場を用意したうえでスラムに潜入したわけだが、ジョージ・オーウェルはそんな逃げ場もなく、文字どおりすってんてんで浮浪者生活をおくる。それなのに、描写がやけにコミカルなのだ。
とくに、パリの一流ホテルと怪しげなレストランで皿洗いをしていたときの叙述が、スピード感があって読ませる。
これは、「人間悲劇」なのか、「人間喜劇」なのか。そんなふうに読み手を当惑すべく本書を書いたのだとすれば、オーウェルはさすがと言わねばならないだろう。
インド帝国の警察官としてビルマに勤務したあとオーウェル(1903‐50)は1927年から3年にわたって自らに窮乏生活を課す。その体験をもとにパリ貧民街のさまざまな人間模様やロンドンの浮浪者の世界を描いたのがこのデビュー作である。人間らしさとは何かと生涯問いつづけた作家の出発にふさわしいルポルタージュ文学の傑作。
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