こんなに良い本をなぜ本棚に眠らせておいたのか、無為に過ごした日々を後悔する毎日なのであるが、本書を読んでも、ガーンとあたまを殴られたかのような衝撃を受けた。まるで、バルザックがよみがえり、安達正勝の筆を借りて、その未完のフランス社会史を書き上げるべく、数々の悲劇を気宇壮大な人間喜劇としてしたてあげるかのごとく!
いや、断片的なトピックとしては知ってた。わたしの子ども時代のいちばんのお気に入りは、フランス革命に関するもので、とくに、ルイ16世とマリー・アントワネットが断頭台でクビを切り落とされる場面では、息をのんだものである。また、フランス革命時の、幾多の混乱、とくに、「国民公会」における「ジロンド派」と「ジャコバン派を含む山岳派」の対立、ジャコバン派の勝利とロベスピエールの高らかなルイ16世への死刑「宣告」。しかし、そのジャコバン派も粛清され(ロベスピエールも断頭台で斬首)、おびただしい数の人々が断頭台の露と消えてなくなっていったこと。「フランス革命」が「自由と平等の革命」だって?笑止!そうだ、ルイ15世の暗殺未遂で八つ裂きの刑に処せられたダミアン、いたいた、なにかの本で読んだ。それが本書で再現されている。こんな具合だ。
まず、ダミアンの右腕が鉄の棒に固定された。ガブリエル・サンソンが焜炉の火を近づけ、ダミアンの右腕を焼きにかかった。神のごとき国王陛下を傷つけるという大それた罪を犯した右腕をまず罰するのである。腕に火をかけられたダミアンは恐ろしい叫び声をあげて身をよじったが、最初の苦痛が去ったあとは、歯をガチガチ言わせながら自分の右腕が燃えるのをじっと眺めていた。
次にガブリエルの助手が鉄製のやっとこでダミアンの体の数ヵ所を引きちぎり、それぞれの傷口に順々に、沸騰した油、燃える松ヤニ、ドロドロになった硫黄、溶けた鉛を注ぎ込んだ。(p.100)
ダミアンは、この後、四頭の馬に八つ裂きにされるのだが、なかなか手足がちぎれず、死刑執行人は、ダミアンの脇の下と股のつけ根に鉈で切り込みを入れ、やっとダミアンはバラバラになり果てた。その一部始終を、カサノヴァ(ブライアン・フェリー!)が目撃していた。性行為にふける貴婦人、間男とともに。
えぐい?いやいや、ヨーロッパや東アジアの歴史、そして幾多の戦争、紛争の記録には、もっともっとえぐいのがたくさんある。若いとき、『死者が語る戦争』を吐き気をもよおしつつなんど読んだことか。だから~、だからね!ダミアンの処刑を家窓から眺める見物人のなかに、部屋を同じくする貴婦人と腰ふる間男、そしてカサノヴァがいたことが、笑えるわけよ。
同様の喜劇は本書に何か所もある。自らの首が切り落とされることなんか想像だにしないルイ16世が、「死刑執行人サンソン」ことシャルル=アンリ・サンソン等に、ギロチンの刃は、半円状ではなく、斜めにしてエッジをきかせた方がスパッと首が切れるんじゃね?という提案するくだり。悲しいけれどなんかおかしいだろ。シャルル=アンリ・サンソン等世襲の死刑執行人たちは、忌み嫌われる被差別身分であると同時に、優秀な「医師」でもあり、病に苦しむ幾多の人々の命を救ってきたこととか、シャルル=アンリの曾爺さん、シャルル・サンソン・ド・ロンヴァルがそもそも死刑執行人となったのも、その者を父にもつ女の子と恋に落ちたからであることとか、ああ、もうおなかいっぱい。さすが、バルザックの『サンソン回想録』が底本の柱となっているだけのことはある。
さてもさても、悲劇がこれでもかというくらい繰り出され、その合間に思わず哄笑がもれるくだりがあって、そしてそして!人間というのは、むかしから全然進歩してなくって、めっちゃ下賤、残酷、冷酷な生きものであるということ、そのどうしようもなさの合間にたまあに善きこと、喜ばしきものがあってだな、それがあるうちは生きてる価値はあるんだぞ!ということでちゃんちゃん。
めっちゃおすすめの一冊です!
目次
序章 呪われた一族
第1章 国王陛下ルイ十六世に拝謁
第2章 ギロチン誕生の物語
第3章 神々は渇く
第4章 前国王ルイ・カペーの処刑
終章 その日は来たらず
敬虔なカトリック教徒であり、国王を崇敬し、王妃を敬愛していたシャルル‐アンリ・サンソン。彼は、代々にわたってパリの死刑執行人を務めたサンソン家四代目の当主であった。そして、サンソンが歴史に名を残すことになったのは、他ならぬその国王と王妃を処刑したことによってだった。本書は、差別と闘いながらも、処刑において人道的配慮を心がけ、死刑の是非を自問しつつ、フランス革命という世界史的激動の時代を生きた男の数奇な生涯を描くものであり、当時の処刑の実際からギロチンの発明まで、驚くべきエピソードの連続は、まさにフランス革命の裏面史といえる。
シャルル=アンリ・サンソン
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