アーサー・レビットによる投資信託批判
Hiroshi Fukumitsu
アーサーレビットは、アメリカの証券取引委員会委員長を1993年から2001年まで務めた人物。その著書の『ウオール街の大罪』は、米国証券業界の問題を赤裸々に語って注目を集めた。(Arthur Levitt, Take on the Street, 2002.小川敏子訳『ウオール街の大罪』日本経済新聞出版社, 2003年)。その2章はアメリカの投資信託の問題を指摘している。
ここで指摘されている点が、日本でもすべて全く無関係といえるかどうか。
まずフロントランニングが見られるとしている。フロントランニングとは、投信で買う予定の株を運用担当者が事前に自分の口座で購入して私腹を肥やす行為である(小川訳以下同じ p.64)。
つぎにファンドを実態より良くみせかけるテクニックが3つ紹介されている。
一つは、新規公開株をリターンの低いファンドに優先的に割り当てる行為(この割り当てに担当者や運用会社役員が預かることも)(p.64)
お化粧買い 運用期日の最終日に保有証券を大量に買い増して市場を操作すること。(p.64)
そして
私募債の管理の甘さを利用して過大評価した虚偽の価格でファンドの成績を偽装すること。(p.65)
つぎに紹介されるのは宣伝用に成績のよいことを偽装する方法である。
宣伝用に自己資金で小さなファンドを作り人気の高いIPO銘柄を買って高い収益を見せかける。(p.65)
これにつられて顧客はくるわけだ。
失敗したファンドは実績のよいファンドに合併させて、失敗を隠している(透明性に欠けるやり方)(p.76)
過去の実績を宣伝することで(過去の実績は将来の保証にはならないのに)、投資家を欺いている(p.78以下)
なぜ投資信託という商品に問題があるのか。レヴィットの説明はわかりやすい。
そもそも
アクテイブ運用ファンドの大部分はベンチマークほどにはうまく運用されていない(p.62, p.76以下)
投資信託という商品は看板と内容に偽りがあるということであろう。アクテイブと言われれば誰もが高い利回りを期待する。だから高い手数料も払っていいと考える。ところが実績がそうではないということだから。
加えて
ファンドの名称と資産内容は必ずしも一致しない(p.82)
ではなぜ投資信託の成績は悪いのか
運用資産から差し引く形(資産の一定比率を徴収する形)で多額の手数料をとられること
こっそり取られるので運用会社への支払いを可能な限り低くする力が働きにくい。(p.66以下)
(分散投資規制 :5%ルール、総資産の75%については1銘柄5%を下回ることが投資会社法で求められている制約も指摘されている p.78)
そして
必要のない行き過ぎた回転売買が行われている(めまぐるしい入れ替え)(p.72)
回転率が低いほど成績はいいのに、あえてめまぐるしく売買する(p.80)
これらの問題の背景にあるのは
運用会社と証券会社が癒着していること 運用会社は証券会社に売買手数料を落とし、代わりにさまざまな経費(給与 オフィス賃貸料 PC購入費用 調査費用 ソフトウエア料)などを表に出ないソフトダラーとして負担させている その結果、手数料率が割高でも取引証券会社は変更されない(pp.74-75)
運用担当者の法外な報酬(p.75)
投資家はどのように対抗するべきか。レビットはつぎのようにアドバイスする。
証券会社系ファンドを避ける。ノーロードファンドを選ぶ。1日中売買でき経費も低い上場投信も選択肢に。(p.87以下)
現在の年2回の運用報告書に変えて、毎月末の開示が望ましい。投資家はファンドの運用をチェックしやすくなる。(p.83以下)
極めつけのアドバイスは以下だ。
「投資信託を選ぶメリットなんてあるのだろうか、・・・株を選ぶ才覚と時間的な余裕に恵まれた人ならば、投資信託に頼る必要はない。」
(p.85)
アメリカで2003年に問題になった投信ビジネスのありかた
これはパトナム、インベスコなど大手投信が軒並み摘発を受け批判された大事件だった。2003年に摘発。だが司法省との和解は2006年までの時間を要した。つぎの3点をここではあげておく。
投資信託の場合は、取引時間終了後にその日の投資信託の売買を前日終値で決まった値段で応じる行為。時間終了後の取引はルール違反だが、これを特定の顧客とだけ行う。特定の顧客に利益を与え、投信の資産を毀損する行為。これは受託者責任に反するとされた。
相場の動向をみながら売買する行為market timingは違法取引ではない。ここで問題にされたのはmutual funds(アメリカでは会社型で株式の形であるがその株式)を特定の投資家が自身の利益のために短期間に売買することである。投信の取引コストが゛上昇して、投信の長期投資家は本来得られた利益が得られなかった可能性があるとされた。
短期投資家と長期投資家の対立は、アメリカでも問題であることが改めて理解される。
特定の運用会社の投信だけを売る行為
運用会社から販売証券は収益を受けるので、このような行為は顧客との間で利益相反の恐れがあるとされ、購入手数料について開示は十分かも問題にされた。
販売を売るように求めるとき、その証券会社に見返りとして売買注文を行っていないか。→売買手数料が割高なところに注文をだしていれば投信の投資家の利益にならないと議論された。
日本の関心:金融商品が市場に与える影響
日本では、金融商品の仕組みのなかに株式市場にマイナスの影響を与えるものが混じっているのではないかということが、関心をもたれている。日本では、市場の低迷がなによりの関心だからであろうか。
ノックイン型投信
ここで問題にしている投信についてはノックイン型投信が話題である。2008年1月末現在で195本。純資産残高は1兆2000億円弱とされる。
株価(株価指数)が期間中に一定以上に下がらないという条件で元本償還と高利回りが保証された投信。リスク限定型投信(リスク軽減型投信)とも呼ばれる。ノックイン価格を下回るとあとは株価指数に償還額は連動するというもの。
問題は2つある。一つはリスク限定あるいはリスク軽減の意味が顧客にきちんと伝わっているか。顧客にリスクフリーとの印象(余程でなければ元本割れしないなど)をあたえていないかということ。
そしてもう一つの問題は、この投信の仕組みのなかに相場が下がっているときに売り圧力を高める要素があるとされる問題である。この投信では、運用会社側は先物かコールオプションを買って、相場の上昇局面では先物・オプションで値上がりに応じて利益が出て報酬をまかなう。ところが、相場の下落が定まると買った先物などが売りに出されて相場の押し下げ圧力になるというのである。
日本ではEB債と株価指数連動債という悪い先例もある
ところで証券会社が自分の利益のために顧客に売った証券への利回りを免れるために、株価を下げたりしたことがある。日本では他社株転換可能債(EB債:exhangeable bonds)をめぐって2000年前後に証券取引等監視委員会による多くの摘発例がある。
この場合もノックイン型の他社株転換可能債は、問題の株価がノックイン価格を下回らない限りは、高い利回りと現金償還。上乗せの利回りはプットオプションを売っているからと説明された。下回ると問題の株で償還というもの。
ただこのような仕組みそのものの中に顧客との間で利益相反を孕む点があった。理屈としてはこの仕組み債を仕掛ける側は、このプットオプションを売っているのであれば損得はないはず。しかしさらに利益を上げるためにはリスクを自ら保有して支払を免れた方がベター。
そこで問題になるのは、ノックイン投信にもこのような側面があるかないか。
もちろんノックイン型の商品が、低金利下で高い利回りを可能にする仕掛けだというプラス面は認めつつ、販売する側と顧客との間に利害が対立する危うさを私は感じるのである。
なおこのほか、同様の商品性で問題になっているものには、転換社債における転換価格の下方修正条項。優先株における普通株への転換価格の下方修正条項の問題もある。これらの投資商品の場合は、投資家の側が株価を下げてより有利な条件で普通株に転換社債や優先株を転換しようとする。ノックイン型投信は、ここで指摘したほかの商品同様に、さまざまな思惑の対象になりやすいという意味でリスクの高い商品だと考えられる。
2008年3月18日に日経平均は1万2000円台の大台を割り込んだ。1万2000円の水準をノックイン価格としているものが多いと考えられることから影響の拡大が心配された。
参考
吉元佳生「仕組み債を知る 株価や為替に連動 相場下落時には元本損失も」『エコノミスト』2012年3月6日, pp.46-47.はEB債、日経平均連動債、PRDC債(パワーリバースデュカレンシー債:円安・小幅な円高では高い利子、大幅な円高で利子が減るかゼロになる)を取り上げ、ノックインと早期償還条項の説明を特記している。運用が成功した場合は早期償還、しないときは満期(30年など)までと実質「塩漬け」になるというもので、損失処理を先送りする結果になる。仕組み債とは、元本を担保に博打のサイコロを満期まで繰り替えすものとの指摘(「仕組み債残酷物語」『エコノミスト』2012年3月6日, pp.44-45)は正しい。問題は、この問題になおメスが入らないことだ。
福光寛「顧客と金融機関の利害に対立」『金融排除論』同文舘出版, 2001年11月, pp.75-91. ここではEB債と株価指数連動型投信(インデックスファンド)の問題が取り上げられ説明されている。顧客と金融機関の間の利害の対立が昔から繰り返し指摘されていることが確認できよう。
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally written in Aug.30, 2008
Corrected and reposted in Mar.6, 2012