Robin Hood trailer 2
Robin Hood film wikipedea
Robin Hood wikipedea
Robin HoodとJohn王(King John 1167-1216)との関係。フランスと入り組んだ統治関係にあった12世紀当時のイギリスのこと(そもそも1066年にノルマン公ウイリアムがイングランドに侵攻してこれを征服。その結果、イングランド王はイングランドだけでなくフランス北部のノルマンディ一帯を支配する存在となる。ノルマン朝1066-1154。このノルマン朝を平和裏に継いだのはプランタジネット朝1154-1399。しかしフランスに広大な領地をもつものがイングランド王となる状態が続き、イングランド王はフランスでの領地争いにも深くコミットすることになる。その中で兄のリチャード王が戦死して、極めて不利な状況で即位したのがジョン王である。しかしジョン王は失政もあり民心を得られなかったようだ)。Magna Cartaマグナカルタ憲章(1215)の成立のことなど、史実と伝説を巧みに組み合わせた映画であることが伺える。映画ではPhillip2世(1165-1223)がドーバ海峡を渡って、イングランド侵攻を試み、それをRobin Hoodらが打ち破るところが山場になるが、このあたりは創作かもしれない。1216年にPhillipの息子LouisがJohn王に抵抗する北部の諸侯の招きもあってイングランドに上陸して一時ロンドンも手中に収める。ところがこれに抵抗する集団もあり、この侵攻はノルマン侵攻の再来とならなかったとされる(1216年のフランス軍の侵攻について)。
最新の画像もっと見る
最近の「Cinema Reviews」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事