Entrance for Studies in Finance

有事モードから平時モードへの転換

 有事モードの企業財務とは、手元資金厚めを優先する財務戦略を指す。短期借入増やすケースもある。長期資金調達環境の悪化あるいは悪化の可能性が問題で、資金流出を避けてともかく現預金を積み増し 守りの財務に徹することを意味する。
 守りの財務の方法は、財務リストラと呼ばれる一連の経営手法にある。その中心にあるのが資産リストラであり、その重要な手法にアウトソースがある。
 有事モードの場合、企業はやむをえず、手元資金を高めて、内部資金でのやり繰りに務める。有事モードが解消されると、まずはこの手元資金の積み上げを解消する行動が現れる。前提になるのは資金調達環境の正常化である。

 手元資金の積み上げのつぎに期待されるのは、部分的に長期資金調達に移る企業が現れ始まることである。
 しかしどうも2008年9月の金融危機(リーマンショック)以降、企業は平時モードにもどっても無借金経営を依然として目標にしている(外部金融、つまりアウトソースに依存しない)との指摘がある。
 有事モードの典型とされるのは、起債環境の悪化のなかで、CP 短期借入の増加した2007年後半から2009年前半まで。とくに顕著なのは2008年9月リーマンショック以降2008年末までとされる。

 有事モードの収束は、手元資金の積み上げを最優先する事態の終わりを意味する。収束して平時モードに移行することで、企業は手元資金の資金繰り以外の問題に目配りを始める。
平時に移行するなかで、最初に考慮されるのは、利益の確保であり、財務の安定性確保である。
 おそらくはであるが、有事になるなかで売上が急減している。その状態で利益を確保し、将来の借入などに備えた安定した財務状態の確保が課題になる。具体的には有利子負債の削減、負債資本倍率引き下げ(例 1倍以下)、自己資本比率改善など。

 ところ平時に至っても、借り入れてまでは拡張しない。あるいは、借入は常に返済できる範囲にある企業(実質無借金企業)がどうも増えているようだ。

FCF仮説のとらえ方
 これはfree cash(=営業CF-投資CF)を多くもった経営者はそれを浪費しがちであるので、それは株主に還元されるべきだ(これは配当や自社株買いで余剰資金を減らすことを意味する)という、アメリカのファイナンスの仮説(free cash flow hypothesis)では説明できない事態だ。
 この仮説には、その発展形があり、それはfree cashが余っている状態よりも、レバレッジを高めて自己資本利益率(ROE)をできるだけ上げる状態がむしろ望ましいとするもの
 果たしてこのモデルが今後も続くかどうかは分からない。ただ確実であることはフリーキャッシュフロー仮説(自ら自由にできるFCFを得た経営者はそれを浪費しがちであるから、効率的に投資する先がないばあい、FCFは株主に還元されるべきだとの考え方)では、こうした無借金経営に走る企業行動を合理的なものとして説明できないことだ。
 (大村敬一さんはFCF仮説を経営者の立場と株主の立場とに分けて、それぞれの視点から2重に説明している。株主の方からいえば、FCを少なくするほどエージェンシーコストが節約されて企業価値が高まるし、外部ファイナンスを増加させれば、それだけ外部監視が強まり、経営者の勝手な行動の抑制につながり、企業価値は高まる。他方、経営者は、裁量権を高めるためだけでなく、情報の非対称性がある場合、本来採択されるべき投資プロジェクトが過小評価され実現しない(あるいは株式や社債の価格が過小評価され必要な資金が調達できない、あるいは調達コストが高くなる)といった問題を回避するためにも、利益還元を低めて内部留保を高く持つ傾向をもつと説明する。参照, 大村敬一『ファイナンス論』有斐閣, 2010年, pp.296-297.FCF仮説は、株主の立場、あるいは主張だけを説明するものだと思っていたが、このように経営者のFCFを増やそうとする行動の説明にも使うこともできる。)
 今から30年近く前になってしまったが、わたし自身の学生時代に、利益率の高い大企業は内部金融internal financeへの依存度を高めるという考え方があった(そしてさらに余剰となった資金が銀行の外にオープンマーケットを発展させると考えられた)。
 それから先ほど述べたようなfree cashを否定してレバレッジを重視する企業金融論の時代が長く続いた。
 それだけに実質無借金経営、手元のfree cashの厚みを重視する企業金融論の近年の傾向(そこではFCFを積み上げる経営者の行動が受け入れられる)は(企業の本音はもともとこちらだったと思えるが)、大変注目されるのである。

 移行期には利益確保も強く意識される。しかし結果として利益の減退が生じるのは、事業環境の変化に企業が対応する(リストラや事業転換など)には時間がかかる。つまり収益率(自己資本利益率 総資産利益率 売上高利益率)、資産効率(総資産利益率)の改善はやや遅れる。それもあって転換期には、利益率は減少、しかし自己資本比率の改善など財務比率の改善の数値まず並ぶ。

平時転換時の資産リストラ
 売上の減少に対して利益を確保する観点から、固定費の圧縮に取り組む。有事モードから継承されるものが多い。
 資産回転率低下 → 資産リストラ余地
 事業の選択と集中の継続 → 事業別に投資効率ROIを測定 採算管理・投資効率
 アウトソース 自前工場持たない一つの方法(自前主義)
 顧客の近くで生産 物流費圧縮
 自動溶接機 人員配置見直しなど生産合理化により 生産量増やす 残業なくす

平時モードへの転換時の経費抑制
 投資抑制 経費抑制続く

転換時には資金効率、財務比率などへの目配りの回復など財務面の特徴顕著
 平時モードへの移行期:財務内容改善を優先 財務安定化が最優先 
 コストをかけてまで手元資金を余分に持つ必要はない 手元資金を適正水準まで減らす
純現金収支のプラスで負債返済 2009年後半以降
 明確な特徴としては負債圧縮 → 資産効率改善への目配りが始まった段階を指す
 財務比率改善が改善している
 自己資本比率の改善している 公募増資や株価回復も関係
 DEレシオ(負債資本倍率)下がっている
 負債は長期化・安定化 短期資金の長期化 社債発行で短期負債比率下げる 長期資金調達環境の改善 普通社債 転換社債 公募増資の増加 CPの減少 なお2009年後半以降野調達環境改善を利用 長期金利上昇懸念もあり早めに起債。
 まとめると守りの姿勢は続くが、バランシシート改善に意識はシフト 負債構成の長期化 資金調達コスト抑制に目配り

転換期:コスト削減意識強い
  在庫管理 在庫削減には意外に生産調整の持続が効果あり
  設計開発の内製化で外注費節約
  ライン生産設計方法見直し
  日常経費もトップ決済
  残業抑制
  出張抑制
  アウトサービスの利用(オフィス、会議室、倉庫・物流センターなど物流施設、車)
 棚卸資産(在庫)減らす 在庫評価減や値引き販売抑える効果 

転換期:投資・支出の拡大に取り組む企業もある
 財務リストラの問題 人件費リストラ 従業員のモチベーション低下。有能な社員の離職。人件費を戻し従業員のやる気を引き出す企業も。
 逆張り投資
 財務リストラの問題 設備投資年齢上がる 投資を控える時間が長くなると設備投資年齢の高齢化が進む。投資が活発だと若返りが進む。2006年第2四半期から始まった若返リ2009年第二四半期ででとまり高齢化が始まったとされる(第一生命経済研究所が内閣府の民間企業資本ストック統計から試算)。

平時モード移行後:無借金企業が企業の財務戦略の目標に
 しかし平時モードで借入拡大に戻るかについて、戻らないで無借金経営が目標になるという考えかたが強くなっている。
 借金つまりレバレッジを利かした経営という米国流財務論が否定されている。
 金融市場の混乱時に格付け低下企業なかに、資金調達で苦境に立った経験から、増えた営業CFで有利子負債軽減へ向かい、さらに実質無借金経営(=手元資金>有利子負債 なお手元資金ー有利子負債=ネットキャッシュ)になるものが増えている。これは生産のところでのコスト優先から、自前主義の放棄、アウトソースへの依存へ進むのと対称的である。
 無借金経営ということはお金の面で外部に頼らない、財務基盤が強固であることを意味するからだ。
 ネットキャッシュの大きい企業に対しては、資本効率に問題がある可能性、がアメリカ流のテキストの受け売りから持ち出された(このような主張は証券会社のアナリストが出しているが、何か具体的な根拠があるわけはない)。他方で、配当や自社株買いの余力がある証拠(端的に借金の返済、有利子負債の減額にあていることもある)ともされた(市場はアナリストの意見は信用せず、こちらの見解をとった)。
 金融危機をへて、ネットキャッシュ企業への評価は、経営環境が悪化した状況でも、投資余力があるとして、肯定的評価が多くなっているのではないか。また時価総額に比べてネットキャッシュの比率が高い企業は、それだけ株価が割安だという肯定評価も出されている。

M&A資金としての手元資金
なお医薬品やIT企業では手元資金(現金 短期有価証券)を活用した企業買収、設備投資が実際頻発している。手元資金は投資余力、体力などともいわれる。手元資金の厚みがあれば、株価下落・円高を投資の機会として生かすこともできる。
 
 
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.

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