Entrance for Studies in Finance

insurance and normal distribution

保険と正規分布
 insuranceとassuranceについて,Clarkeは次のように言ってます。この二つの言葉の今は同じように使うけれど、元の意味は。assuranceは死のように不可避のリスクに対して使い、生ずるかどうかわからないリスクについてはinsuranceを使ったと(William M.Clarke, How the City of London Works, 5th ed., 1999, p.27)。またすべての人が同じ時刻に同じ災害に会わないことから、premiumと呼ばれる保険料を支払うことで特定のリスクから自らを守ることが可能になるのだと述べています。
 保険を成り立たせているのは、大数の法則law of large numbersと中心極限定理central limit theoremだとされています。大数の法則によりたくさんの標本を集めるほど、その平均は確率的な平均値に近くなります。また中心極限定理により、同質の確率変数の確率密度関数を多数合計したものは正規分布になります(甲斐良隆・加藤進弘『リスクファイナンス入門』金融財政事情研究会 2004, pp.40-42)。
 このようにリスクの大きさが推定できることで保険ビジネスが成り立つわけです。
損害保険は、リスクプロファイルが類似しているリスク(同質のリスク)をプールし、大数の法則にのっとって運営することで成り立っています(市川雅一「企業のリスクファイナンスと金融機関」『金融財政事情』05年10月17日号, p.38)。「正規分布はリスクマネジメントシステムの中核をなしている。保険ビジネスは正規分布につきる。」「それゆえにこそ・・・保険会社は・・・信頼できる推定値の下に対処できるようになっている。」ピーター・バーンスタイン著 青山護訳『リスク 上編』日経文庫, 2001, pp.242-243.

なぜ保険に加入するのか
 しかし保険がビジネスとして成り立つのは、正規分布から推定されるよりも多くを保険料として私たちが保険会社に支払い、保険会社が利益を得られるからです。なぜわれわれは、多額の保険料を支払っているのでしょうか。
 われわれの支払う保険料が、家が焼失したり、宝石が盗まれるかもしれない統計的オッズ(可能性)を上回っているのはなぜでしょうか。それは確実な小さな節約(保険料を支払わない)よりは、可能性は低くても大きな利得をわれわれが好むからだとケネス・J・アローが1971年刊行のリスクについてのエッセイで考察しているとバーンスタインは紹介しています。ピーター・バーンスタイン著 青山護訳『リスク 下編』日経文庫, 2001, pp.55-56.
 保険料については以下の行動経済学の説明も理由付けになります。
 その行動経済学で、ここでの議論に関わる基本概念は二つ。一つはヒューリステックheuristic。これは人間が行動するとき頼る直感に近い判断を指しています。しかしこの種の判断はしばしば不合理です。ではなぜそうなるのでしょうか。
 それはすべての情報を考慮せず情報を単純にしてたとえば一つの数値にだけ絞って判断する傾向がある(単純化)。与えられた情報で判断をゆがめられることがある(アンカーリング*)。また目の前に情報があっても期待している情報だけを見ようとしたり(選択的観察)、先に与えられた情報に引きずられたり(プライミング効果)、一番最後に与えられた情報の影響を強く受ける傾向がある(初頭効果)。などの理由によります。
*目につきやすい情報(アンカー)によって判断は左右されやすい。
  **比較のフレーム(レファレンスポイント)が変わると判断が変わってくる。 
このような意志決定の議論は、Hertbert A.Simon(1916-2000)により早い段階に展開されています。
 Herbert A.Simon, Administrative Behavior, 4th ed., The Free Press, 1997, pp.45-47, 93-97の古典的説明をみましょう。この本の初版は1947年です。
 Simonが合理性の制約をどう説いているかですが、組織の効率は、決定を行う個人が正確な決定を行う能力上の限界、そして業務を遂行する能力上の限界の制約を受けるとしています。そして技術的熟練度、価値観、職務に関する知識などがこの制約の要因になっているとしています(Simon, op.cit., pp.45-47)。また合理性というのは選択の結果についての完全な知識と予想を必要とするが私たちの知識は常に部分的なものに過ぎない、合理性はすべての可能な選択肢からの選択であることを必要とするが実際の行動ではそのうちのごくわずかが思い浮かぶだけである、などとしています(Simon, op.cit., pp.93-94)。
近代的な表現に置き換えましょう。合理的な(最適な)行動をとるためには、目的関数が分かっていてすべての選択肢の属性・数量・結果が既知でなければならないが、それは不可能です。つまり私たち人間がとりうる合理性というのは限定合理性(bounded rationality)とならざるを得ないのです。
最適化ではなく限定された情報の中での満足化(satisfying)が私たち人間の行動であり、そのとき直感に近いheuristicな判断がしばしば用いられるのです。
もう一つはプロスペクト理論です。これは利益をなるべく早く手に入れたいとする一方、損失についてはできるだけ先送りしたいとする人間の傾向だとされています。
 投資で損切りがなかなかできないのはこの傾向があるからです。背景にあるのは人間の価値関数の形状です。私たちは低い確率の宝くじの当選を期待する一方、確かに交通事故だとか海外での事故などとの遭遇には案外鈍感です。これは自分で調整できると思いこんだリスクを私たちは低く評価する一方、宝くじを買った行為を正当化する心理が働くからです。
 以上のヒューリステックとプロスペクトの2つの理由が関係してきますが、それほど高くない確率の損失に対して保険料を支払うのは、保険金の受け取りというイベントだけが意識されるからでしょう。それは宝くじにみられる小さい確率を過大評価する傾向とも似ているとされています(参照 甲斐良隆・加藤進弘『リスクファイナンス入門』金融財政事情研究会 2004, p.49)。
 なお以上の指摘には皮肉も入っており、リスク管理のために企業が保険にはいることにはもちろん十分な正当性があります。

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally appeared in Nov.19, 2008.
Corrected an reposted in Sept.10, 2009.
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