2017年の「小学生のなりたい職業(日本FP協会)」の第10位に「研究者・科学者」があります。「研究者・科学者」は小学生の目には「サッカー選手」と同じように、将来なりたい職業として人気があるようです。確かに頭がよさそうで、かっこいいと思われるのかもしれません。近年、日本人がノーベル賞を受賞すればニュースで大きく取り上げられますから、そのたびに強烈によいイメージが印象に残るのでしょう。
一つのテーマを深く掘り下げて、人類の未知のテーマを自分が一番乗りで解き明かし、自分の発明が社会の役に立つてば、これほど幸せな仕事はないと思います。さらに、それに自分の名前がついたりしますと、それこそ歴史に名を残すことになります。でも、そこまで大成功でなくても、知的探求に没頭すること自体は面白いことでしょう。
研究者は何を研究するかについて、かなりの程度、自分の裁量で決めることができます。仕事の内容を自分で決められるというのは、普通は自営業でなければ無理な自由ですが、研究者なら会社員的な安定した雇用にありながら自営業的な自由を得ることもできます。
ただ、企業での研究開発職では自由なテーマを得られるかどうかは微妙です。また、企業での研究者は、すでに事業化されていたり、もうすぐ事業化できそうなテーマの研究をして、社内の技術レベルを他社に負けないよう保つこともあります。それだけでは、将来性がありませんので、企業は大学と共同研究を結んで、次のテーマの基礎研究もやっています。
研究者の価値は「考え方が柔軟であること」にあります。そのため企業は研究者にいろいろな体験をさせて、その能力を高めようとするのです。常に成長し続けることが求められます。この点も、研究者にとっては楽しいことでしょう。
さて、前置きが長くなりましたが、ここ数日前からシアトル・マリナーズのイチロー選手の去就が噂されていました。
噂が飛び交う中で5月1日(現地時間)にマリナーズ戦を中継する地元放送局のキャスターが「このホームスタンドが終わったら、引退を発表するつもりのようだ」と話したと報じられました。ところが、翌2日にキャスターは「そんなことは言っていない」と否定し、「(発言の)引用の仕方がおかしい。飛躍しすぎている」と述べ、「イチローはマリナーズで、引退したいようだとは話した」と振り返り、それがなぜ週末なのかと首をひねったそうです。その後、キャスターは打撃練習に向かうイチローのところに歩み寄って事情を説明したそうですが、そのときにイチロー選手は笑い声をあげていたそうです。
ところが、それから24時間も経たないうちに事態は急転となり、3日にイチロー選手がロースターを外れ、「会長付の特別補佐に就任した」とマリナーズから発表されました。
引退ではないものの、今季はプレーすることはないというものであり、来季はマリナーズでプレーするかもしれない、といった理解できるような、できないような異例な内容です。あえて例えるのでしたら、前任の社長を解任し、代表権のない相談役へと追いやったような感じでしょうか。
正直、この落としどころは、「引退させたいマリナーズ」と「引退したくないイチロー選手」という構図での双方にとっての苦渋の判断だというものだと思えます。それは、記者会見の中でイチロー選手が、「この日が来るときは、僕はやめるときだと思ってました。その覚悟はありました」と話し、「こういう提案がチームの方からあって、このチームがこの形を望んでいるのであれば、それが一番の彼らの助けになるということであれば、喜んで受けようと」と一連の経緯を明かしていることからもわかります。
今季はもうプレーできないものの、マリナーズは来年以降の復帰の道を閉ざすことはありませんでした。でも、マリナーズが来年、契約してくれる保証はありません。ただ、「それがあることで明確に……遠いですけど、目標を持っていられるっていうのは、大きなことです」とイチロー選手は前を向いています。
それでも、いくら一流アスリートのイチロー選手であっても、というよりも一流アスリートのイチロー選手であるからこそ、今季の残り試合に出場しないで選手として身体作りはしておくと言っても、間がそれだけ空いたら現役選手としては厳しいということになると思います。
イチロー選手は、「僕は野球の研究者でいたい。自分が今、44歳でアスリートとしてこの先どうなっていくのか見てみたい。プレーしていなかったとしも、毎日鍛錬を重ねることで、どうなれるのか見てみたいという興味が大きいので。それは変わらないと思う」と自分のモチベーションを維持しようとしています。
現代は、何か問題があればインターネットで簡単に答えが見つかることがあります。こういう問題は、すでに回答を過去から蓄積してきたものであって、こういった表面的な知識にいくら詳しくなっても、得るものはそれほどないでしょう。
しかし、世の中には「この技術はまだ実現していない」「この現象はまだ解明されていない」といったテーマはたくさんあります。それらはインターネットでいくら調べても答えは見つかりません。他人に聞いてもわかりません。
自分で調べて、考え、やってみる。「私はあのテーマを解かねばならない」という使命感を持ち続けるのが、研究者なのでしょう。