「下手くそ」、「不器用」、「センスがまるでない」。そして「プロで生きていくのは厳しい」・・・。
プロ入り時に、こんなことを言われていた酷評を受けていた二人の選手がいます。
ひとりはイングランド・プレミアリーグで昨シーズン制覇を果たしたレスター・シティに所属する岡崎慎司選手。もうひとりは、今年25年ぶりのセ・リーグ優勝に貢献し、MVPを獲得した広島東洋カープの新井貴浩選手です。
岡崎選手が所属するレスターの昨シーズンのプレミアリーグ優勝は世界中のサッカーファンから「奇跡」と受け止められました。世界最高峰のサッカーリーグの一つに数えられるプレミアリーグは、各国のスター選手をかき集めるビッグクラブでなければ優勝出来ないと言われてきました。そのビッグクラブとは、年俸総額が300億円を超えるチェルシー、マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、アーセナルの4クラブです。ところがレスターの年俸総額は、その4分の1の約75億円(プレミアリーグ20クラブ中17位)。一昨シーズンはリーグ14位でなんとか1部残留したものの、毎シーズンのように降格候補とされていました。そんな弱小クラブが優勝したのですから、まさに奇跡でありサプライズなのです。
そして、そのチームで岡崎選手はレギュラーFWとしてプレーしたのですから、すごいの一言しか言いようがありません。プレミアリーグでは中田英寿さん、稲本潤一さん、川口能活さん、香川真司選手など10人の日本人選手がプレーしていましたが、岡崎選手「最もプレミアで成功した日本選手」と評価されるようになりました。しかし、今シーズンは出場機会が激減し、チームも14位と低迷してしまっています。
岡崎選手の中学時代は兵庫県選抜に選ばれるくらいのレベルの高い選手でしたが、名門の滝川二高のセレクションを受けようとしたところ、中学の指導者から止められたそうです。その理由は「通用しない」と思われていたのです。ですが、初志貫徹して入学。一年生からレギュラーになり、全国高校選手権でベスト4、二年生時も同大会でベスト4に入ります。主将として臨んだ三年生時の同大会は二回戦敗退に終ってしまいますが、清水エスパルスから誘いを受け入団しました。
しかし、当時エスパルスの長谷川健太監督の評価は「FW8人中8番目」というもの。テクニックに劣り、FWとしては致命的な足が遅い弱点があったからでした。テクニックは練習で向上させることは出来るものの、走力は身体能力の部分が大きいですから。でも、岡崎選手は諦めませんでした。チームのフィジカルコーチに就任した短距離走者OB杉本龍勇さん(1992年バルセロナオリンピック100m代表)に師事し、走法を改造。サッカーでは50mを相手と競うことはほとんどなく、最初の数メートルのスピードが問われることが多いため、そこで勝てばいいと、スタートダッシュに磨きをかけて弱点を克服。そうすることで3年目には出場機会も増え、4年目には10ゴールを記録してエースFWに成長、日本代表に招集されるようになりました。
この時の代表監督は岡田武史さん。「上手くはないけど、とにかく攻撃でも守備でも頑張るところ、前に行こうとする姿勢がチームに必要」という評価で、以後、代表に定着するようになり、2010年南アフリカワールドカップ、2014年ブラジルワールドカップなど国際Aマッチ100試合に出場し、48ゴールを記録しています。
一方、新井選手。広島・広島工業高の一年時に野球部は甲子園に出場していますが、この時はベンチに入れず、三年生時は四番で主将も務めたものの県予選敗退しています。野球を諦め切れなかった新井選手は東都大学の名門、駒沢大学に進学するものの、ここでも芽が出ず、ようやく試合に出られるようになったのは三年生、レギュラーになったのは四年生時。この最後の秋のリーグ戦で打点王とベストナインになる活躍しましたが、この程度の実績ではプロからは注目されません。そこで新井選手は駒大の先輩で広島で活躍していた野村謙二郎さんの自宅に押しかけ、自分の売りであるスイングを見てもらいました。また、やはり駒大OBでカープのヘッドコーチを務めていた大下剛史さんにも頼み込み、ドラフト6位指名を勝ち取ったそうです。
そんな経緯でのプロ入りでしたので、技術はプロのレベルに達していません。守備は捕るのも投げるのも下手、走塁もダメ。バッティングは当たれば飛ぶが粗い・・・ということで「新井」ではなく「粗い」と言われていました。当時の監督だった達川光男さんは「5年でいなくなるだろう」と思っていたそうです。
だけど、新井選手には強みがありました。自分の下手さ加減を自覚し、それを埋めるには他の選手の3倍は練習する気持ちと、そんな猛練習をしても壊れない頑丈な身体です。そんな努力の結果、試合に出場出来るようになり、1年目にホームラン7本、2年目には16本と長打力を見せ、3年目にレギュラー定着。18目年に2000本安打に達し、今年、優勝とMVPを手にしました。
このふたりに共通するのが、プロ入り直後は周囲から「期待されていなかった」ことです。
サッカーにしても野球にしても、プロになること自体が大変なことであり、そこへ行くことが出来たのには、素質はあったからだとは思います。でも、プロの世界はその技術を持ったトップの人が集まってくる場所で、その中に入ると実力は見劣りするものだったのです。
でも、岡崎選手と新井選手には多くの共通点があります。
「下手だ」といわれてもへこたれない気持ち。
その足りない部分を埋めるために「努力を続けられる」こと。
アドバイスを「素直に聞ける姿勢」です。
こうした愚直な姿は自然と周囲から応援を呼び起こします。
「自分がうまいと思ったことは一度もないんで練習するしかないんです。ただ、どんなに高く見える壁でも、乗り越えられない壁はない。もし僕に一つだけ才能があるとしたら、それは、何があっても絶対にあきらめないという才能だと思っています」(岡崎選手)
「心技体という言葉があるが、技や体よりも心がすべてを支えている。気持ちを強く持ち、前向きになれば、補っていけるものはたくさんある」(新井選手)