2000年のドラフトで3位指名を受け入団。高校時代はパンチ力のある打撃と大人びた風貌から「上州の掛布」と呼ばれた。
2006年にウエスタン・リーグで規定打席不足ながら、不足分の打席を全て凡退として計算してもリーグ最高打率となり、首位打者を獲得。オフのに「これ以上二軍でくすぶって家族に迷惑をかけられない」と一念発起。
2007年は初の開幕一軍を勝ち取り、4月20日の対読売ジャイアンツ戦で延長12回に代打出場し、プロ初安打・初打点となるサヨナラ安打。翌日にはスタメン出場でプロ初本塁打を記録。その後もスタメン出場も多かったが主に代打や代走要員としてほぼシーズン通して一軍に帯同。
2008年は次期正捕手として期待されていたが、3月に右ひじの手術を受けた影響で出遅れ。
2009年は矢野の故障のため、初開幕スタメン出場。事実上正捕手となり、127試合に出場し、打率.262、5本塁打、35打点との成績を残す。しかし、オフにMLBから帰ってきた城島が加入。
2010年はケガのため、出場機会が激減。
2011年以降は外野手となっている。2013年は一旦育成選手となりまた支配下登録選手に戻り、2014年の日本シリーズでは、腰を痛めた新井貴浩に代わって急遽ベンチ入りし、第2戦に代打で出場、武田翔太選手からヒットを放ち、球団史上初の日本シリーズ代打初打席初安打を記録。
狩野恵輔(阪神タイガース)
高校時代は弓道部に所属し、宮城県代表の国体選手に選抜されるほどの腕前。俳優を目指して2000年に上京。日本映画学校俳優科に入学。卒業に当たって、映画や芸能事務所のオーディションなどになかなか合格できず、マセキ芸能社に入社し、改めて芸人の道を目指す。
「ちびまる子ちゃん」の花輪和彦をモデルにした勘違いしたナルシストキャラとしてブレイク。なった。
2009年には「来年には一発屋と呼ばれ、消えていそうな芸人」にランクイン。
芸風は一人芝居でのコントがメイン。持ちネタは「ラーメン・つけ麺・僕イケメン」「赤貝・ミル貝・ナイスガイ」「いーけないんだ、イケメンだ」「スタッフゥー、スタッフゥー」「楽しい・嬉しい・僕セクシー」などのフレーズが有名。
狩野英孝(マセキ芸能社)
1982年にデビューした日本のロックバンド。1993年1月に発売されたシングルはファンからの手紙を元に作られたことで、テレビ番組で放送された曲が有線放送でチャート上昇し、220万枚の大ヒット曲となる。
以降、「-第2章-」「-第3章-」がトップ10入りするヒットとなり、シリーズ累計では300万枚以上を記録している。
世間に広く知られているのは1993年に大ヒットとなった1曲(全13楽章中の「ロード 第1章」)のみ。
ライブ活動中心となり、高橋はタレント活動を開始。バラエティー番組への出演や、討論番組でのコメンテーターとして活躍。
ボーカルの高橋ジョージは2004年ごろからはタレント業(コメンテーターなど)で活動中。
THE虎舞竜 / ロード
ベタな一発屋の法則
一度大人気にはなるものの消えていく人たち。
デビュー戦でノーヒットノーラン。バッターなら初打席でホームランもしくはサヨナラ打。
大活躍の翌年から長いスランプ。
新しいネタを考えようとしているが、結局は今までのネタから離れられない。新ネタがあまり定着しない。一発屋であること自体がネタとなり、それで何年もテレビに出るようになる。
バラードものでヒット。毛色の違う曲を出すと「○○(バラード系のヒット曲の方がよかった」と言われて売れない。なので「○○(バラード系のヒット曲)」と毛色の同じ曲を出すと「同じような曲ばかりでつまらない」と言われてさらに売れない。その曲のイメージが強すぎた。
それでも、幾多の選手、芸能人、歌手がいますが、そのほとんどが人の記憶に残らずに去っていきます。
たとえ、一発屋と言われても、その一発の輝きを見せることが出来る才能。
それこそが、プロでしょう。
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まっくろくろすけ
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