2018年9月29日、中日ドラゴンズの浅尾拓也選手が現役を引退しました。
2007年に中日ドラゴンズに入団し、「セットアッパー」としてチームの黄金期を支えてくれました。記録よりも記憶に残る選手でした。未だにファンから惜しむ声が上がる中、浅尾選手が数年前に、当時入院中だったファンに宛てたという「ある手紙」が話題を呼びました。
彼女が浅尾選手に手紙を出したのは、2012年12月ごろだったそうです。
当時、彼女は中学生です。小学生の頃から突然の不整脈に襲われる「発作性上室性頻拍」という症状を抱えていました。
病名が判明するのに、約2年。1度目の手術後に残念ながら再発し、2度目の手術に踏み切ろうとしている時でした。
その頃の彼女は、体育の授業や運動会への参加はもちろん、友だちと走り回ることさえも怖くて、何にも踏み出すことができない人間でした。
心電計をつけて学校に通っていたため、クラスメートに不審がられたり、部活動で仲間外れにされたりすることもありました。
お父さんが見ていたプロ野球のテレビ中継で、浅尾選手を知ったのは、そんな時期でした。
たくさんの声援やプレッシャーの中、マウンドに立つ浅尾選手を見て、こんなに強い人がいるのかと心を打たれました。
浅尾選手への手紙には、心臓が弱く入院中なこと、今までスポーツや体育の授業など大好きだったことをたくさん我慢してきたこと、友達が離れていく不安や、浅尾選手の登板から勇気をもらったことを書きました。
浅尾選手からお返事の手紙が届いたのは、翌年の2月ごろです。ちょうど手術の直前でした。手紙には直筆で、このように書いてありました。
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奈夏子さんへ
初めまして、浅尾です。お手紙ありがとうございます。
もしかしたら もう手術終えているかもしれませんが、その後の具合はどうですか?
奈夏子さんの手紙を読み、普段はあまり返事をする事は少ないのですが、応援して頂いてる事の感謝の気持ちと、前向きに病気と闘っている奈夏子さんの強い心に感動した事を伝えたくお手紙させて頂きました。
体調が良くなり、まだ野球に興味を持って頂けているのなら ぜひ球場に試合を見に来て下さい。
自分達も全力プレーでお応え出来る様、一生懸命頑張ります。
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お母さんから浅尾選手の手紙を渡された時、何が起きたのかわからず、思わず崩れ落ちたそうです。封を開ける前から号泣して、仕事中のお父さんに電話をかたそうです。
浅尾選手と出会うまで、彼女は野球のルールも球団の数も知りませんでした。
いま彼女は21歳になり、接客業の仕事をして働いています。12球団に所属する数々の選手を知り、魅了され、野球を心から楽しんでいるそうです。
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「私に野球を教えてくれてありがとう」
浅尾拓也
今シーズン限りで現役引退.
私に野球を教えてくれて
ありがとう。
中学生の時に
病室で書いたお手紙に
キャンプ中ながら
すぐにお返事がきたことは
ほんとに一生の思い出だし宝物。
ありがとう浅尾選手。
お疲れ様でした。
最高のセットアッパー。#浅尾拓也
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よく、プロ野球選手は「自分たちは野球しかできない。そのプレーを観てもらって、元気になって欲しい」と言ったりすることがありますが、まさしく、彼女を勇気づけたのは、間違いなく浅尾選手のおかげです。
彼女にとっては、浅尾選手は、いつまでもヒーローであり続けると思います。